第5話 反撃①

「どっちもムービーでござるよ」


 一部始終を携帯で録画していたのは、俺の友人である八雲やくも早乙女さおとめだった。


「は、はあっ? 録画とか女々しすぎでしょ」

「ひ、一人じゃ何もできねえ陰キャらしいやり方だなぁ!」

「そ、それな。きしょすぎじゃん」

「せ、正々堂々かかってこれないとかダサすぎるだろっ」

「く、口調も気持ち悪りぃし!」

「そ、そんなんだからカースト底辺なんだよっ」


 口々にののしってくるが、えてしてどもっていた。

 声震えてんぞって鼻で笑ってやりたいが、これ以上刺激すればどうなるかわからないのでやめておく。


「なんとでも言え。お前たちの暴言の数々と俺に殴りかかろうとした証拠は抑えた。今後もしお前らが変なことをしているのを見たら、学校と教育委員会に提出するからな」

「……チッ。行こうぜ」

「あぁ。マジで冷めたわ」

「もう放っておこうぜ、こんなつまんねー奴ら」

「だな。ウチらまでつまんなくなる」

「ウイルスじゃん」

「バイ菌とウイルスのコンビとかやばすぎだろっ」

「それな〜」

「「「ギャハハハハ!」」」


 彼女たちは最後まで強がりながら教室を出て行った。

 ……あいつら、録画されてるってのにさらに罵詈雑言ばりぞうごん置いていくとかサービス精神旺盛か?


「提出しないのでござるか?」


 俺があまりの阿呆さに呆れていると、早乙女が話しかけてきた。


「いや、するよ。でもここで言って自暴自棄になっても面倒だからな」

一条いちじょう氏もなかなかの性悪ですな」

「知らなかったのか?」


 俺はニヤリと笑った。


「知っているでござるよ」

「一条は平凡に見せて結構鬼畜なところもあるからな」

「鬼畜ではねえだろ」


 俺たちがワイワイ盛り上がっていると、速水はやみさんが立ち上がって頭を下げた。


「あの、ありがとうございました。八雲君も、早乙女君も」

「なんのなんの。数少ない友人の頼みとあらば当然のことでざるよ」

「好きな女の子のためと言われればなおさらな」

「っ〜!」

「お、おい八雲っ」


 速水さんがカァ、と顔を赤くした。

 俺は八雲に詰め寄るが、彼はどこ吹く風だ。


「なんだ? 俺は事実を言っただけだ」

「そ、そうだけどよっ」

「それに——」


 八雲が小さな声で、


「あの反応を見る限り、結構脈アリなのではないか?」

「う、うるせえ!」


 どう足掻いても勝ち目はないと判断した俺は、八雲の腹に一発入れてから座っていた席に戻った。


「ぐふっ……! やはり鬼畜だ……!」

「や、八雲氏っ、まさか新しい扉を開いたでござるか⁉︎」


 何やらうめいている八雲とバカなことを言っている早乙女は放っておいて、速水さんに頭を下げる。


「すまん。あいつらの言ってることは全無視でいいから」

「は、はい」


 速水さんが視線を逸らしつつうなずいた。

 髪の毛から覗く耳は相変わらず桜色に染まったままだった。


 ——結構脈アリなのではないか?


「っ……!」


 八雲の言葉が脳裏によみがえり、俺の頬にも熱が集まった。

 そのとき、ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


「そ、それじゃあまた!」


 俺は一目散に教室に戻った。

 今ほどチャイムに感謝をしたことはないだろう。




 放課後、昼休みに撮影したいじめの証拠映像と、速水さんの担任の大塚おおつかと俺の会話の録音データを校長の元に持ち込んだ。

 まさか大塚はあの会話が録音されていたなんて思ってもないだろうな。


 校長もダメだったら教育委員会にと思っていたが、幸いまともな人だった。

 俺と速水さんの話を聞くと、憤慨ふんがいして謝ってくれた。




 翌日、俺と速水さん、大塚、そして斉藤さいとう田宮たみやたち速水さんをイジメていたやつらが校長室に呼び出された。

 斉藤たちがこちらを睨んでくる。おそらく「お前、昨日の映像を流したのか?」って目線だろう。


 本当にクズだな。同情の余地もねえわ。

 まあ、最初ハナから同情なんてしてねえけど。


「集まってもらって悪いね。まずは君たちから話をしようか」


 校長はイジメっ子六人に鋭い視線を向けた。


「君たちは日常的に速水さんの悪口を言ったり、彼女にパンを買わせたりしていたそうだね。証拠はすでに揃っているし、他の生徒からの多数の証言もある。誤魔化すことは不可能だよ」

「そ、それはっ……」


 田宮が口を開くが、続きは出てこない。

 他のやつらも魚みたいに口をパクパクさせているだけで何も言えないでいる。


 それはそうだろう。あいつらが百パーセント悪いんだからな。


「君たちの行なったことは立派なイジメだ。速水さんがどんなふうに感じるのか、考えなかったのか?」

「い、イジメって……」

「そんな大層なものじゃ……」

「ねえ?」


 女子たちが顔を見合わせ、半笑いの表情を浮かべる。

 田宮が嘲笑を浮かべながら、校長先生、と言った。


「何かね?」

「たしかにちょっとやり過ぎだったのは認めるっすけど、イジメは言い過ぎっすよ。こんなのはただの悪ふざけの範疇はんちゅうっすから」


 田宮の言葉に他の面々もうなずいた。


(悪口を言ったりパシるのが悪ふざけの範疇? ふざけんなよ……!)


 俺は無意識のうちに拳を握りしめていた。

 不意に温もりを感じた。

 速水さんが俺の拳を両手で包み込んでいた。


 彼女は大丈夫ですよ、と言うようにフッと笑った。


「っ……!」


 俺は赤くなった顔を見られないように、慌てて顔を背けた。

 ふふ、という笑い声が聞こえてきた。

 ……穴があったら入りてえ。


「……なるほど。よくわかったよ」


 校長の声で、俺は慌てて意識を戻した。

 静かな口調のまま、校長は続けた。


「——君たちは全員、退学処分だ」

「「「……はっ?」」」


 イジメっ子たちが一斉に呆けた面を浮かべた。

 数秒して脳に情報が伝達されたのか、鳥が合唱しているかのように口々に喚き始める。


「た、退学っ? 何言ってんすか⁉︎」

「俺らが退学なんておかしいでしょ!」

「何もおかしくはない。君たちは速水さんの心を傷つけた挙げ句、反省の色も見せなかった。君たちがどう思っていたかではない。大事なのは速水さんがどう感じていたか、そして結果に関わりなく君たちが誰かを傷つける可能性のある言動や行動をしていたということだ。少しでも自分たちの愚行を後悔しているのなら停学で済ませようとも思っていたが——」

「す、すみませんでした!」


 校長の言葉を遮るように、田宮が頭を下げた。


「校長の言葉を聞いて、自分が間違っていたのだとわかりました! 今後は気をつけるので、退学は取り消してください!」

「お、俺も反省してます!」

「私ももうしません!」


 田宮に続いて次々と頭を下げる。


「……マジかよ」


 俺はもう怒りを通り越して、思わず笑ってしまった。

 校長もふっと笑った。


「っ……!」


 田宮たちの顔が輝いた。まさか許されたとでも思ったのだろうか。

 校長は笑みを消して、


「そんな上辺だけの謝罪で退学を取り消すわけがないだろう」

「なっ……!」

「う、上辺だけはひどくないですか⁉︎」


 斉藤が必死の形相で抗議をする。


「私たちは本当に反省しています!」

「そ、そうですよ! 校長が生徒の意見を無視してどうするんですかっ?」

「ならなぜ、速水さんではなく私に謝った?」

「「「っ……!」」」


 校長の鋭い指摘に、意気揚々と抗議していたクソ野郎たちは押し黙った。


「謝罪とは許されるための道具ではない。本当に悪いと思っているから人は謝るのだ。君達の謝罪には一切の反省が見られない。速水さんではなく私に謝罪をし、すぐに退学取り消しを持ち出したのがいい証拠だ。これから君たちが何を言おうと、退学が取り消されることはない」

「「「っ……!」」」


 相変わらず魚のように口をパクパクさせるだけで、誰も何も言わなかった。

 魚のような低脳でも、もうどうしようもないことはわかったんだろう。


 ——でも、こいつらを取り巻く状況以上にこいつら自身はどうしようもなかったようだ。

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