第4話 河童の行水
「皆サン頑張ッテ下サイ」
やる気がおきない。関わりたく無い。心底どうでもいい。
マッチでタバコに火をつけながら目の前で行われている光景をぼんやりと眺める。
あれから結局、頭の説得には失敗した。騎士様襲撃作戦は行われる事になった。こんな時ばかり有能な働きをして、あっという間に襲撃準備をしてしまった。
本当なら一刻も早く逃げたいところだが、見つかって賊抜けの裏切り者として狙われるのも面倒だ。何とか見つからないで逃げる隙を探していたら決行日になってしまった。仕方ないので予定は変更になった。今回の襲撃は成功してもらって、死体は隠して討伐軍編成までの時間をかせぎ、逃亡準備をし、討伐軍との戦闘のどさくさに紛れて逃げる事にする。出来ればその際に頭含めて何人かは私の手で確実に仕留めておきたい。彼等から余計な情報が流出するのを防ぐ為だ。今はまだ私の情報を公的機関に知られたくないからだ。幸いにも私が女神様から与えられた能力を使ったのは一番最初の襲撃時のみで、他の奴等は私の能力を実際に目にした事は無い。つまり最初期の面子の口さえ封じてしまえばある程度、情報漏洩を防げる。
さて、今回の作戦では私は離れたところで見ているだけだ。作戦は事前に伝えてあるし配置までは確認をした。私の身長では今回の作戦に不向きだからだ。
今回の作戦は川沿いの街道を巡回してくる騎士様とその御一行の奇襲である。街道の片側には川が流れ、その反対側には木々が生えていてそれなりに身を隠す所がある道だ。
川の流れは緩やかだがそれなりに幅があり、深さは深い所で成人男性の腰くらいの深さがある。
と、そんな事を考えていると騎士様御一行がやってきた。
この世界の騎士はいわゆる精鋭的な扱いらしく、下位の者でも1人で兵士10人分の強さで、上級騎士ともなれば1人で戦況を変える事もあるとか言われている。まあ、実情はどうかは知らないが、兎も角厄介な相手ではあるらしい。
こちらにやってくれる騎士は、これぞthe騎士、と言った金属鎧を纏い、馬に乗っている。その後ろに槍を持った兵士が3人程付き従っている。
馬に乗って鎧を着ている。これだけで大分脅威だ。例えば私が正面から戦うとしたら結構面倒だ。正直ハンドガンの威力で金属鎧を貫こうとしたら大分近づかないといけない。距離があっては弾かれてしまうだろう。突進してくる重量物に近づくのは勘弁願いたい。
おまけに今回は歩兵も随伴している。正面から倒すのは困難だろう。
なので、正直に戦わずに不意打ち気味に戦おうと思う。これまでは徹底的に目撃者が出ないように、火薬を使用してきた時は誰も生き残りは出していない。なので火薬の存在はまだ知られていないはずである。これ利用して一気に片をつける。
さて、騎士様御一行が予定の範囲に入ってきた。作戦『河童の行水』開始である。
先ずは伏せていた山賊達が火薬玉を投げ入れる。ダメージは期待していない。大事なのは音と衝撃。驚いた馬が暴れて騎士を振り落とし走っていく。
「グアッ‼︎」
地面に落ちた騎士は落下の衝撃で直ぐには立ち上がれないでいる。と言うか落馬で死んでくれるのを少し期待していたのだが、思った以上に頑丈である。
更に随伴していた歩兵は音で耳をやられて、軽い目眩を起こしている。耳を押さえてクラクラした足取りだ。
ここで待ち伏せていた山賊が漁業用の投網を騎士と兵士に被せる。そして網の両端を持って全力で川に向かって走っていく。川の中からも事前にお手製のシュノーケルで潜らせていた山賊が出てくる。ハゲ頭の半裸が次々と川から出てくる姿は河童みたいだ。そうして総勢20人近くの男達が網ごと騎士を川へと引き摺り込んでいく。騎士は武器を抜く間もなく川の中に引き摺り込まれていく。
川の深さから考えて立ち上がることが出来るし、流れも緩やかなので本来なら溺れる事はないが、網が絡まり他の兵士が邪魔で身動きが取れず立ち上がれない。更に鎧の重さで沈んでいく。更に追加で山賊達が川底から拾った石を投げつけている。ダメージにはならないが重しにはなっているだろう。
そのまましばらくすると暴れていた兵士や騎士が動かなくなり、水面にボコボコ出ていた空気の泡も出なくなってきた。どうやら上手く溺死させられたようだ。
うん、上手くいってくれたみたいだ。此方の人的被害は無し。この投網もいつか使えるだろうと商人に頼んで漁村から買い付けた甲斐があった。高かったけど役に立って良かった。まぁ、多分二度と使わないだろうけど。
人を川に引き摺り込んで溺れさせるのは山賊と言うより最早妖怪だな。その内新種の魔物として扱われるかも知れない。
よし、後は武器防具を剥ぎ取り、死体は埋めて撤収するだけだ。
この後は行方不明の騎士の捜索でしばらく時間が稼げるだろう。その間に逃げる準備をしておこう。出来れば何人か付き合いが深い奴を事前に暗殺しておきたい。討伐部隊が来た際に残りも殺して確実に情報を消して逃げ出したい。
兎も角、先ずはアジトに帰って逃走準備だ。
と、思っていたのだが。
「はあっ⁈討伐部隊の編成が進んでいる!何で?捜索隊は?」
騎士を殺害してからまだ2日、なのに捜索活動も行われずにいきなり討伐隊の編成がされているとの情報が入ってきた。行方不明は即死亡扱いになるのか?私が彼等を甘く身過ぎていたか?
それに何より、こんな短期間でアジトの場所までどうやって目処をつけたんだ?大まかな場所くらいはバレているかも知れないが、それにしたって先ずは斥候を放ってアジトの正確な場所を割り出してから行動を起こすだろう?
「え?いや、そりゃあ頭が騎士の死体を見せしめとして街の近くに晒したからじゃないっすかね?」
その言葉を聞いて思わずへたり込む。見せしめ?晒した?何で?
「そりゃ、街の奴等への脅しじゃないですかね。俺らに手を出すとこうなるぞ、って言う」
思わず頭を抱え込む。まさかここまでとは。私とは賊スピリットが違いすぎる。もっとこう後先考えて生きようよ。
多分アジトの場所もその時にこっそり後をつけられたとか、そんなところだろう。
もう駄目だ。情報封鎖とか、資産の持ち出しとか考えている場合では無い。こうなっては逃げる。ただそれだけを考えていこう。
「それで、討伐部隊はどれくらいで来そうなんだ?」
この人数の賊を壊滅させるのだ。それなりに大人数で来るだろうし、編成にも時間が多少はかかるのではないか?
「へい、それが2日、遅くても3日中には来るようで」
「は?」
いやいや、それってつまり、編成は終わっていて、こっちに向かって来ているって事だよね。何で?早くない?
「何でも偶々街に聖騎士とその従者が来ていたそうで、奴等が中心となって数名の騎士と共に向かって来ているとか」
頭が痛くなってきた。
聖騎士とは教会が認めた神より遣わされた騎士の事だ。何でも今からおよそ一年前、世界各地に神より遣わされた『ギフト』と呼ばれる特別な力を持った者達が現れたそうな。彼等は魔王討伐を掲げて各地で活躍しているとか。教会も神託があったとかで、彼等を聖騎士と称して彼等の後ろ盾になっているらしい。と言う話を以前商人の噂で聞いた事がある。
……何処かで聞いた事のある話だ。いや、まぁ、間違いなく私の同輩だろう。彼等は健全に活躍しているらしい。羨ましい限りだ。私も教会で保護してもらえないだろうか?無理だろうなぁ。水晶ピカピカ光るし。聖騎士のイメージを保つ為に人知れず処分されて終わりだろう。一応私もこの世界に善玉として送られたはずなんだけどなぁ。
余談だが、聞いた話では聖騎士には『ギフト』の他にもう一つ共通する特徴があって、それは全員、金髪碧眼であるらしい。さてはあの女神様、バリエーション作るのが面倒くさかったな?キャラクリは適当に済ませて、さっさとゲームを始める派だな?
とは言えこの世界では金髪碧眼は珍しくはなく、普通にそこら辺にいる。なんならこの山賊集団の中にも私以外にもいる。なのでこれはまあ、見分ける参考程度である。
しかしこの話を聞いた時、私は髪を染めて目立たない様に誤魔化そうと考えた。が、結果は失敗した。
商人から散髪料を買って染めてみたのだが、一晩経ったら元の色に戻っていたのだ。他にも腰まである長い髪が鬱陶しくて切った事もあるのだが、これも次の日には元の長さに戻っていた。
怪我の治りも普通より早いし、どうやらこの身体は元の状態に戻ろうとする力があるらしい。一度どの程度の回復力があるのか調べておきたいところだ。
話が大分ずれた。元に戻しそう。兎も角、要は敵は少数精鋭で来るという事だ。最悪なのは大人数で包囲網をしかれる事だったが、これならまだ逃げやすい。考え様によってはむしろ良かったかも知れない。
本当なら今すぐに逃げたいところだが、戦いの前で逃げ出す奴が出ないか互いに見張りが強くなっている。その隙を見つけて逃げるには時間が無い。幸いにも大規模な包囲網をしかれる事はなくなった。もし大人数で来られたら一か八か他の山賊に見つかってでも逃げ出さなければいけなかった。しかし、幸いにも敵は少人数。ここは当初の予定通り戦いのどさくさに紛れて逃げよう。
それに、あれだ。考えようによってはこれは良い機会だ。私以外の転生者の実力を知る良い機会だ。噂は何度か聞いているが、実際に自分以外の転生者を見た事が無いからな。これを機にそこら辺を知っておくのも良いのではないだろうか?
と言うかそう思っておかないとやってられない。
まあ、聖騎士なんてご大層な呼ばれ方をしているが実際のところは大した事ないだろう。ソースは私。ピザと鉛とタバコとヘルメットだぞ?多少マシになっても高が知れている。そこまで脅威にはならないだろう。
「降伏をしろ!俺のギフト『黄金の鎧』はあらゆる物理攻撃を無効化する。お前達に勝ち目は無い!」
………………………………は?
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