第2話 さよなら人類


 この世界に来て1週間が過ぎた。その間、ひたすら森で迷わない様に注意しながら周囲を探索した。人の手が入っていない自然は兎に角歩き辛くて本当に大変だった。足をとられるし、方向が分からなくなるしで、否が応でも慎重にならざるをえなかった。


 しかし、昨日ついに森を出て街道らしき物を発見出来たのだ。

 森から出るのに大体2時間くらいだろうか?この湖はどうやらそこまで深い位置にある訳でもないらしい。

 朝日が昇ってきたし、早速向かってみるとしよう。


 ゴソゴソと寝床から這い出る。今私が住んでいるのはなんか大きな木の洞だ。そこに木の葉を敷き詰めてベッドにしている。小柄な体型で本当に良かった。


 外に出て大きく伸びをする。


「う〜ん、よし、先ずは朝食だ」


 昨日の夜に煮沸しておいた水を飲みながらピザを食べる。


「これでピザ生活ともおさらば出来る」


 この1週間、1日一枚、毎日ピザオンリーの生活を送ってきたから他の食べ物が恋しくなってきていたのだ。

 一時期、某ピザチェーンのメニューを制覇しようとした事があって、そのお陰で呼び出せるピザのバリエーションは豊富だが、いい加減他の物が食べたい。

 小柄なお陰で燃費がいいのか、1日一枚でも何とかなっている。寝床の件といい存外この体型に助けられた。


「それに……」


 周囲を見渡す。最初はあまり気にしなかったが、季節はどうやら秋に入ったくらいのようだ。この世界の四季が前と同じとは限らないし、この地域の気候も分からないが、お陰で落ち葉も多く、火おこしや寝床の確保には助かった。

 が、これから冬に入ると流石に野宿は厳しい。その前に人里を見つけなければ。


「よし、行くか」


 荷物は無いのでヘルメットだけを被って森に入っていく。鞄とか水筒とか色々欲しいなぁ。


 森に入ってからは石で木につけた目印を頼りに進んで行く。

 この1週間、森の中で見かけた動物は鳥やリスみたいな小動物くらいで大型の獣には出会わなかった。この森にはいないのかもしれない。流石に熊とか出てきたら拳銃では勝てる気がしない。


 そんな事を考えながら歩き続けていると森を抜けて街道に出た。さて、右を見ても左を見ても人里らしき物は見えない。さて、街道をどちらに進もうか?


「う〜ん」


 まぁ考えても仕方ない。落ちてた木の棒を拾い立てて手を離す。棒は右に倒れた。


「よし、右に行くか」


 それから何も無い道をひたすら歩き続ける事2時間くらい、小高い丘を上ったあたりで街が見えてきた。


「よかった、コレで冬を何とかやり過ごせそうだ」


 ……おかしい、何で魔王討伐の依頼を受けたのに生きるのに必死なサバイバル生活をしているのだ?魔王なんかより冬将軍の方がよっぽど怖い。


「まあいいや、とりあえず行ってみよう」


 街に近づいてみると、どうやらそれなりに大きな街らしく、周囲を塀で囲んでいて、門には出入りする人が列を作っている。大きい塀で囲んでいるところを見るに随分と外敵に警戒している。ここが偶々要所で厳重なのか、それともこの世界は何処もこうなのか、気になるところだ。


 門番が2人程待機していて、奥に扉が見えるから他にも待機している者がいるかもしれない。

 石造りの塀、列に並ぶ人達は徒歩か馬車、門番は金属製の鎖帷子。立ちっぱなしで重い鎖帷子は辛いからだろう、下半身まではおおわず胴体と頭だけ。下半身は軽そうな脛当てだけ。武器は腰にさした剣と手に持った槍のみ。

 観察した結果文明レベルは高くない、11、12世紀くらいか?


「とりあえず列に並んで見るか」


 ついでに周りの人の声に耳を傾ける。


「おい、聞いたか……」「王都で……」「今年は北の……」「なんでも、変わった……」


 良かった、どうやら言葉は通じるみたいだ。どう聞いても日本語ではないが何故か分かるのは違和感があるが、流石に女神様もそこら辺は気を回してくれたらしい。一から言葉を覚えなくてすむのは助かった。


「次の者」


 しばらくして列が進んで行くと前の様子が見えてきた。

 どうやら入場税を取ったり、長々と質疑応答をしている様子は無い。軽く話した後、門番が持つ透明な水晶玉に手をおいて街に入って行く。何だ、あれ?


「次の者」


 そんな風に様子を見ていると私の番がやってきた。とりあえず行ってみよう。


「来た目的は?」


「仕事を探しにきました」


 嘘はつかない方が良いだろう。何とか冬までに仕事と宿にありついて生活基盤を整えねば死んでしまう。


「了解、次はこの水晶に手を置いてくれ」


 そう言って門番は水晶を差し出してくる。


「おの、すいません、コレなんですか?」


 分からないので素直に聞いてみよう。


「ん?ああ、お嬢ちゃん見るのは初めてかい?ある程度大きな街にしか無いからね、見た事が無いのかな?これは罪科の水晶と言うんだ」


 ふむ、多分私の事を田舎から出稼ぎに来た娘っ子と思っている様だ。親切に教えてくれる。優しい門番さんだ。だか男だ。説明するのも面倒なので指摘はしないが。


「犯罪を犯している者がこの水晶に触れると赤く光るんだ。光は罪が重ければ重いほど強く光るのさ。勿論、罪を犯しても、公的な機関で罪を贖っていれば水晶は光らないよ。さて、手を置いてくれるかな」


 へー、便利な物もあるもんだ。まぁ、私には関係ないか。この世界に来てまだ1週間、人と関わるのもこれが初めてだ。罪も何も無いだろう。そんな訳で素直に水晶に手を置く。


「なっ‼︎」


「ふぇ⁇」


 私が水晶に手を置いた瞬間、水晶が強烈に光り出し、周囲を真っ赤に染める。何で⁈


「はっ!動くな!」


 直ぐに正気に戻った門番が此方に手に持った槍を構えてくる。

 マズい‼︎訳がわからないが捕まるのはマズい。あの強烈な光、どう見ても私は大罪人だ。捕まればどうなるか分からない‼︎


「ピースメイカー!」


 私は拳銃を呼び出し、即座に門番2人の足を撃つ。


 パンッ‼︎パンッ‼︎と乾いた破裂音が周囲に響き渡る。


「ガッ!」「ギャァ!」


「キャアァァァーーー‼︎」


 門番の2人は足を撃たれてその場に倒れる。周囲では赤い光に恐怖した人々の叫び声と、聞き慣れない破裂音に驚いて暴れる馬とでパニックが起こっている。

 この混乱に乗じて逃げなければ。急がないと増援が来てしまう。


 私は急いで周囲を見渡すと比較的落ち着いている馬を見つけて走り寄る。


「すまん、後で返すから。多分」


 私はそう言って馬に飛び乗ると乗っていた人の頭を銃のグリップで殴り馬からたたき落とす。


「グアッ!いた、くっ、待って」


 落馬した馬の持ち主が何か言っているが今はそれどころではない。急いでこの場を離れなければ。


「ハッ!」


 私はそう言って馬を走らせ、その場から逃走した。







 現場から逃走してかれこれ20分くらいだろうか?ひたすら道沿いに馬を走らせている。私の体重が軽いお陰で馬への負担も少ないのだろう、順調に走ってくれている。本当にこの体型に助けられているな。

 しかし、このまま逃げていてもいずれ追手に追いつかれるだろう。何や感や馬の体力も尽きる。

 どうする?このまま行ける所まで走らせるか?それとも最初の森に逃げ込んでほとぼりが冷めるまで隠れ潜むか?

 行ける所まで行くのは地理が分からない以上ギャンブルがすぎる。何も無いだだっ広い場所で追手に追いつかれたりしたら最悪だ。

 最初の森に隠れ潜む方が現実的か?あの森に人の手が入った様子はなかった。見つからずにやり過ごせる可能性はある。

 しかし、これから冬に入るのに森で野宿など自殺行為だ。仮にやるにしても追手から隠れつつ越冬準備をしなければいけない。


 どうする?どうする?


 馬を走らせながら必死に考える。くそっ、良い考えなんて何も思いつかない。

 そもそも何でこんな事になっているんだ?あの時点では私はまだ何もしていなかっただろうが!今は傷害と強盗のダブルコンボを決めたが、あの時点では私は何の罪もなかっただろうが!

 くそっ、くそっ、何でだ⁈この世界に来てからまだ私は何もしていなかっただろうが!

 …………うん?この世界?……まさか、前の世界での罪に反応したとか無いよな?そりゃあ殺し屋とかしてましたし、法律なんてダース単位で破っていましたよ?でも、まさか前世の罪まで咎めてくる?

 いや、でも、それしかもう心当たりがないし……ふざけんなぁ‼︎女神様よー、そこら辺も綺麗さっぱりリセットしておいてくださいよ!


 心の中で一通り女神様を罵倒した後で気持ちを切り替える。そうだ、今は神を呪うよりも先にやる事がある。先程の続きだ。この後どうするか、早急に決めなければならない。どちらも貧乏くじだがどちらかを引かなければ。どうする。



 私が考えながら馬を走らせていると、森の中を抜ける道に入った時、目の前に丸太が何本も落ちてきた。


「あぶっ‼︎」


 慌てて馬を止めて辺りを見回す。

 すると


「よう嬢ちゃん、悪いがここから先は通行止めだ。ちょっと高いが通行料を払ってもらおうか」


「つっても身ぐるみ剥がした上で奴隷として売っ払うだけだからよ、安心してくれよな!」


「そうそう、ガハハハ」


 なっ‼︎この一分一秒を争う状況で野盗だと!


 なんて、なんて









 ラッキーなんだ‼︎

 この状況で第3の選択肢が向こうから来てくれた!


 私は馬から飛び降り野盗の方に歩いて行く。


「お⁈何だ、ずいぶん話が分かる嬢ちゃんじゃねぇか」


 私は拳銃の残弾を確認する。キッチリ4発、しっかりある。野盗は目の前の3人と後ろの木の影に隠れて様子を見ている1人の計4人。無駄弾は撃てない。

 武器はそれぞれナイフ、木の枝を尖らせただけの槍、棍棒、最後の1人は木に隠れて見えないが多分弓とか投石とかの遠距離武器だろう。

 もしかして魔法とかあるのか?先程の水晶は明らかに私が知る常識から逸脱したアイテムだった。私が知らない何かが有ると仮定して油断せずにいこう。


「良い所に来てくれた友よ。今から君たちに聞きたい事があるんだ。素直に答えてくれると嬉しい」


 アジトの場所、仲間の人数、所持している武器の種類などなど、聞きたい事は沢山有る。時間も無いしさっさと答えてもらいましょうかい。


 あと私は男だ。

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