第12話 代々木
代々木のダンジョン。
そこはこう言われている。
曰く、東京最大の洞窟迷宮と。
曲がりくねった洞窟の道が延々と続き、分岐し、上り、降る。
一層のマッピングが3年ほどかかったのは笑い話。二層以降はさらに広がっている。
現在の最高到達階層は五階層。東京ではトップクラスのダンジョンだ。
そこに足を踏み入れた俺には、不思議と緊張はなかった。
妙な自信が腹の奥から湧き出てくる。
それが隣を歩くサトラのおかげなのは否定しようがない。
さっきの戦闘で十二分に理解できた。
彼女が、化け物と呼ばれるにふさわしい技量を持っていることは。
人によっては迫害される原因にすらなりかねないほどの圧倒的な力。
レベルだけでは実感が薄かったそれが、現実として捉えられた。
不思議と嫌悪感は湧かなかった。
むしろ魅入る対象として、彼女の魅力としてカウントできる。
とっくの昔に、俺は手遅れになっていたみたいだ。
巻き込まないようになんて考えてたけど、勝手についてくるならしょうがない。
目を離したところで色々される方が不安だ。
今思えば電車での騒ぎもダンジョン前の騒ぎも、彼女が起こしたことだったのだろう。
うん。俺が手綱を握ってないとダメだな。
サトラ一人にするのは不安すぎる。
二人で歩く。覚えるべきは分かれ道。
全て右を選択する。迷路必勝法だ。
昼になるまで迷宮を歩いて、飯を食べたら引き返そう。
一人だったら二日分になる食事は持ってきたが、今回はサトラもいる。
無理は禁物だ。
それが良いだろう。
ぎゃぎゃっぎゃ。
前方から奴の鳴き声が聞こえる。
すぐさまサトラが突出して、槍を振るう。
血を飛び散らせながら敵を屠る姿は確かに血槍姫という称号にふさわしい美しさだった。
モンスターとのエンカウント率は高いが、サトラが強すぎて新宿御苑第一層とあんまり変わらない難易度のように感じてしまう。
こんなふうに頼り切るのは良くないとわかっているけど、サトラが張り切って斬り伏せてくるからあんまり強く言えない。
しかし、戦闘訓練はしたい。
サトラに希望を言うと、間引いてくれた。
一人しかいないゴブリンと向かい合う。
ゴブリン
Lv71
職業「取り巻き」
「取り巻き」
この職業はリーダーがいると強くなるものだ。
つまりひとりぼっちのこいつには無用の長物。
レベル差もある。負けるわけがない。
下がるサトラとスイッチして、俺はゴブリンに襲い掛かった。
あれほど恐ろしかった相手も、サトラに屠られ続ける姿を見ていると、なんでもない相手のように思えるから不思議だ。
叫び声をあげて振り回される短刀を落ち着いて避けていく。
さっきまでと段違いに良く見える。レベルは上がっていないのでおそらく気のせいだ。心持ち次第でこれほど変わるのかと、驚いた。
相手に隙が見えた。サバイバルナイフを突き出して、短刀を跳ね飛ばす。
そして、そのまま一息に胸を貫く。
切るではなく突くがとっさに出てきたのは、確実に彼女の影響だ。
一撃で心臓を刈り取れるなら、その方がいい。
そして俺は、初めてのゴブリン殺しを達成した。
飛び散る臓肉を無感動に見下ろす。もう見飽きた。
サトラがあまりに当然のように屠るから、それが特別なことだと思わなくなったのかもしれない。
考えようによっては人間を殺してたのと変わらないんじゃないかという迷いはある。
でも、相手が敵意を持ってこちらを殺そうとしてくるんだ。
迷いなく殺せる方が迷って動きが鈍るより何倍もいいだろう。
何はともあれ、これでレベルアップできるはずだ。
魔物を倒したら経験値が入ると言うのは間違いないと言われている。
Lvが上がる速度が少し上がる。あくまで少しだけ、だ。
鑑定装置は大掛かりだから、一年に一回くらいしか測りに行かない。
そのため法則がよくわからないというのもあって、まだ信ぴょう性は高くない。
もしかしたら国とかはすでに把握しているのかもしれない。
公表はされていないので、詳細不明なままだ。
代々木に潜る冒険者は多くない。理由としては、やはり広すぎることが挙げられるだろう。
一層から二層に行くのに新宿御苑の五倍の時間がかかる。
下層の方が効率はいいこともあって、一層に止まっている冒険者はほとんどいない。
だからこそエンカウント率はなかなかだ。
サトラが無双するからわかりにくいだけで、通常の冒険者なら消耗して果ててしまう可能性もある。
だから、前方で戦闘音が聞こえた時には、そういう冒険者が迷い込んだんだと思った。
『発射—!』
そのよく通る声と、続く爆発音を聞くまでは。
通路が燃えている。ゴブリンどもの死体が燃料となって、赤と黒のオブジェを作っている。
苦悶と絶望の空気が肌にビリビリと伝わる。
『直方。』
通路の先を睨みつけて、サトラは俺を制止する。
警戒している。
彼女ほどの実力者が、一目を置く相手がそこにいるってことか。
『ん? そこに誰かいるね?』
その言葉は言語理解を通してはいたが、聞き覚えがある言葉でもあった。
具体的には、英語だ。
炎が消えていき、相手と俺たちの間の障害物がなくなって。そして、その姿をこの目に捉えた。
鑑定が、働く。
後書き
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