第11話 ゴブリン

 


 その後も現金入りの宝箱は続々と見つかった。


 ほとんど千円。中には百円が入ったものもあった。




 ⋯⋯ これ、ひょっとしなくても俺がさっき入れたやつだよね。


 もうちょっと地図をきちんと確認していくんだった。


 ちゃんと見るとやっぱり元の場所に戻っている。恥ずかしいぞこれ。


 誰にも見られてないよな。




 あたりを見回してみる。


 向こうの方で何か動いたみたいだけど、あれはただのスライムっぽい。


 なら、大丈夫だろ。俺の間抜けシーンは見られてない。




 とりあえずしめて7千円くらいになった。二時間ちょいの稼ぎとしては破格だ。


 うん。これならサトラも養っていける。俺は自信をつけた。




 そろそろ切り上げるか。


 俺は、帰り道を辿ることにした。


 マッピングされたダンジョンだ。地図があれば簡単に戻れる。


 どこかしら油断があった。一層にいるモンスターはスライムだけだ。


 そいつらも攻撃しなければ滅多に襲ってこない。


 その安全で緩い名ばかりのダンジョンに慣れすぎていた。


 


 どんな不測の事態も起こりうる。




 それがダンジョンだ。






 いきなり、前方の横壁が崩壊した。


 剥かれたコンクリートの裏面は、岩が張り付いていて状況の特異性を示す。


 ダンジョンで崩落なんて、絶対にロクなもんじゃない。


 頭ではわかっても、突然の事態に体は対応しない。


 俺は動けずにそちらを見ていた。






 ぬっ。




 緑の肌をした、小さな人型の生物が、その横穴から姿を現した。


 笑みと目つきで全ての邪悪を表しているような、悪意だけを煮詰めたような姿をしていた。


 身長は1m足らずだ。こいつは、つまり。


 ゴブリンスレイヤーさんがいてほしい相手だ。




 ゴブリン


 Lv80


 職業「無」


 ゴブリン


 Lv86


 職業「リーダー」


 ゴブリン


 Lv84


 職業「メイジ」


 ゴブリン


 Lv81


 職業「剣士」


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯




 鑑定の自動化を切断する。出てきたゴブリンは10数体。


 そいつらが、ぞろぞろとこのダンジョンに溢れ出す。




 ゴブリンは人型の魔物なだけあって手強い。


 そんな情報を思い出す。


 一体ならまだしも、体格のいいやつや杖を持ったやつ。


 それに大きな剣を持っているやつがいる。


 対して俺の武器はサバイバルナイフ一つ。


 運よく一体倒せても、数の暴力で押し切られるに違いない。




 東京のダンジョンのレベルは高い。一匹くらいなら戦えるが、何匹も群れていると流石に厳しい。


 あれから少しは強くなったけど、こいつらは今まで戦ってきた相手よりもレベルが高い。


 自分の強さを確信できない。逃げるが勝ちだ。




 俺は、そろりそろりとその場から離脱しようとした。


 見つからないでくれ。




 慎重に下がる。物音一つでも立てたらアウトだ。




 ぎょろりと、一人のゴブリンの目が動いた。俺と、目が合った。




『獲物だ!』




『殺せ。』




『逃すな。』




 彼らも言語と言えるレベルのものを持っているのかと、頭の片隅で思った。




 殺意が叩きつけられる。


 剣士が走り、賢者が魔法を発現させる。


 俺と言う弱者を殺すには過剰なほどの力が迫ってくる。


 大振りのゴブリンの剣をサバイバルナイフでなんとか受け止める。


 受け止められただけでも僥倖。


 腕はその一撃だけで痺れて使い物にならなくなった。




 ついでやってくる火の玉を後ろに転がって避ける。


 チリチリと服を焦がす感触がした。ギリギリ命をつなぐ。




 そして、第三のゴブリンの短刀が俺に迫る。返す手段がない。


 サトラの待つ俺の家が思い浮かんで、消えた。




 それは諦めの境地にも似て、俺は覚悟を決める。




 ゴブリンが短剣を振り下ろす光景はスローモーションのように引き伸ばされて見えた。




 ぎらつく凶器はいきなり止まった。


 俺の横から、槍が伸びて、ゴブリンを刺し貫いた。


 すぐにねじ切られて、ゴブリンは動かなくなる。


 すぐ後ろから新手のゴブリンが現れて、襲いかかる。


 


 まるで生き物みたいに槍はのたくった。


 殺到するゴブリンどもは、全てその渦の中に囚われて撹拌されて、ひき肉になって出てきた。


 


 大きな剣を持った剣士も、普通のゴブリンより体格の大きなリーダーも、全て、命を散らしていく。


 例外は、なかった。




 俺はそれに見入った。命の散る様は美しくて理不尽で、そして、胸がすく光景だった。




 最後に残ったゴブリンメイジが、焦った様子で、特大の火炎を放つ。奴の奥の手だろう。




 それも全て無駄だ。なぜか、そう確信していた。




 槍が引き、そして、炎に向かって投擲される。




 槍はまっすぐに進んで、炎を蹴散らしゴブリンメイジの体を貫いて壁に突き刺さった。




 それを成した彼女は、俺の肩をつついて、そして、笑った。




『私のおかげ。』




 その言葉は自慢げで、褒めてほしそうで、威張る様子なんて微塵もなくて。


 俺は言おうとしたことを忘れてしまった。


 文句だったような。安堵だったような。




「サトラ。⋯⋯ありがとう。」




 とりあえず、これだけは言っとかないといけない気がした。




『許してくれた。言質獲得。』




「ちょっと待て。」




『槍を取ってくる。』




 サトラは向こうに歩き出した。




 ⋯⋯家にいるようにって言ってたなそういや。


 不問に処すしかない。


 サトラがいなかったら、俺はあそこで終わっていたに違いないから。




 ●




 サトラと一緒に、さっき崩れたところを覗いた。


 整備された新宿御苑とは対照的に、まさに洞窟。


 まさにダンジョンという印象の空間だ。


 ところどころ光ってるのはヒカリゴケだろうか。




 これは多分、別のダンジョンだ。事故で繋がったに違いない。


 地理的に考えると代々木。


 あっちのダンジョンは段違いの難易度と聞いた。ゴブリンがいるのも当然だ。




 どうする。このままこの先に行くか。それとも、何食わぬ顔で引き返すか。




 いつもなら引き返す一択。だが、今はサトラがいる。戦力的にはなんの問題もない。


 謎のダンジョンを放ってはおけない。


 そんな建前を見つけて、冒険に高鳴る胸を誤魔化した。




 俺の冒険はここから始まる。

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