第10話 新宿御苑
朝だ。まぶたの上から光が射している。温もりがすぐそばにあって、戸惑った。
なんだろうこれ⋯⋯ 。
ようやく頭がはっきりしてきた。昨日、サトラにベッドに引きこまれて、そのままだ。
つまり、感じる温もりは彼女のもの。跳ねる心臓を抑えて目を開ける。
くうくうと彼女は眠っていた。
昨日よりも顔が近くて、睫毛の長さや、頬のすべすべ感が手に取るようにわかる。
手が滑って、気づいたら彼女の褐色のほっぺたをつついていた。
弾力があって、はじき返してくる。ぷにぷにとして柔らかい。
彼女の体はいちいち女性的で柔らかい。
下半身のアレが朝の生理現象なのか、彼女に反応しているのかわからなくなってしまいそうだ。
このままでは襲ってしまう。
おそらく、襲ってしまったらこの関係は終わる。それだけは嫌だ。
深呼吸をして、落ち着こうとする。
なんとか自分を律することができた。ほっと息を一つ吐いた。
っと。こんなことをしている場合じゃない。早くご飯を作らないと。
昨日よりも腕の拘束が緩んでいるので、なんとか抜け出す。
飯はいつものでいいかな。朝はあれじゃないと落ち着かない。
味噌汁を作って、豆腐を切って、ご飯を炊く。
料理上手になってきたかもしれない。
朝食は料理と呼べる代物じゃない説なんてない。いいね。
サトラは起きて、俺が料理しているのをぼうっと見つめている。
いつも彼女の方が寝るのは早いのに、起きるのは遅い。
多分、体が休みたがっているんだろうと思う。
想像する限りでは、過酷な経験をしてきたみたいだったからゆっくりしていてほしい。
朝飯を食べながら、ダンジョンに潜りに行く話をした。
サトラはピンときていないようで、しきりに首をひねっていた。
何はともあれ、今日は一日うちにいるようにと言い聞かせる。
俺の勢いに押されたように、彼女は頷いた。
ご飯を片付けたら、ダンジョンに出発する。
「じゃあ、行ってくる。大人しくしているんだぞ。」
『⋯⋯。わかった。』
あまり納得がいっていなそうで不安だが、俺は出かけることにした。
大丈夫だ、きっと。
●
東京のダンジョンは、公園に集中している。
代々木、上野恩賜公園、新宿御苑、芝公園。
皇居や赤坂御所にもあるんじゃないかという噂があるが、真相は闇の中である。
その公園の一箇所に入口があり、公園管理者が管理している。
今の所、モンスターたちが地上に溢れてくる、いわゆるスタンピードのような現象は起きていない。
海外では発生しているらしいので運が良いだけかもしれない。
とはいえ東京のダンジョンはそのほとんどが安全なダンジョンとして有名だ。
代々木だけ例外的に危険だが、他は一層に限っていえばモンスターはほとんど出てこない。
出てきても子供でも殺せるような相手ばかりだ。
宝箱狙いの宝くじとして、時々娯楽になるような存在でしかない。観光客もいる。
一階層には、入場料さえ払えば誰でも入ることができる。
二階層以降は専門の資格が必要で、対ダンジョン対策庁が入場を制限している。
人死が出ないようにするためだ。
二層以降に行く冒険者は、死亡しても責任の所在は自分にあるという誓約書を書く必要がある。
日本は相当規制が厳しい方らしい。
何処かの国では、国民の半分がダンジョンに行き、ほとんど戻ってこなかったなんて言う事例もあるらしいから、国の対応は間違っていないだろう。
宝箱なら一層でも見つかるしな。
ようし。張り切って探索しますか。
俺は入場料を払ってダンジョンに足を踏み入れた。
後ろから、何か揉めるような音がしてたけど、気のせいだろう。
そういえば電車に乗るときもちょっと騒ぎが起こってたみたいだった。
ちょっと気になった。
ダンジョンの中は、光源がしっかりしている。
新宿御苑の第一層は、整備が進んでいる。荒廃した地下通路といえばいいだろうか。
コンクリートで固められたそこは、人工物と言っても違和感がないほどだ。
モンスターはポップするし、宝箱も出現するのでダンジョン内部であるのは間違いないんだけど。
整備が進みすぎて、基本的にマッピングは済んでいる。
宝箱の配置だけはランダムだが、ミミックなんてものもいない。
ただ当てもなく歩けばいい。
時々、入り口でもらえる地図と付き合わせて場所を確認する。
床に番号が振られていて、現在位置が容易にわかる。本当に至れり尽くせりだ。
ここは、初心者の訓練のためにあるらしい。
ここで顕著な結果を残した人には、二層以降に行かないかと提案が持ちかけられる。
俺も東京に来た当初は潜りに行っていたが、敵がかなり強いのと、地上に戻るまでかなり時間がかかるのがネックだった。今はレベルを上げたい時以外は一層でチョロチョロしている。
新宿御苑ダンジョンは中くらいの大きさと言われている。
ダンジョン1層は御苑の面積よりも広い。
空間が曲がっているのか、それとも、地下で実際に広がっているのか。
もともとあったビルの基礎はなんともなっていないらしいので前者らしい。
宝箱がある場所は様々だ。
何もなかった壁に穴が空いていたり、宝箱部屋ができていたり、天井にぶら下がっていたりする。
最後のはどうやって取ればいいのかわからないのでスルーする。
多分専門業者が取るんだろう。蜂の駆除みたいな感じで。
ぶらぶら歩いていると、道の真ん中にどんと宝箱が置いてあった。
滅多にないけど、こう言うこともある。
何が入っているかな。
期待とともに開く。
中には、二千円が入っていた。
現金である。
こう言うこともある。
ポーションだった場合は最低3万円で買い取ってもらえるのであたりではなくハズレだ。
それでも当たりは当たりだ。代わりに百円玉でも入れておくか。
お賽銭的な気持ちだ。現金が入っていてくれてありがとう。
でも、日本銀行券って日本銀行しか発行できないんだよな⋯⋯。まさか偽札?
しかし、ダンジョン産のお金を使ったからって捕まることはない。
国がグルである説はある。
流石に違うか。何かしらの合理的な理由はあると思うんだが。
まあ、現金が手に入るのはありがたい。
みんなもっとダンジョンに来るべき。
他の人の話を聞く限り、そんな簡単に宝箱は見つけられないらしいけど。
本当に宝くじを買うような確率らしい。
俺は信じないぞ。だってちょっと歩いただけで簡単に見つかるもの。
ほら二つ目の宝箱。今度は道の脇だ。中を調べると千円が入っていた。
さっき開けた宝箱より金額が減ってる。こっちにも百円入れるのは癪なので十円でも入れるか。
⋯⋯うーん。俺、現金入りの宝箱ばっかり引くんだけど、何か悪いのかな。
単に幸運なだけで、豪運ではなかったと言うことだろうか。そうかもしれない。
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