第9話 一つ屋根の
帰る前にスーパーに寄る。
サトラは目に見えて興奮して、いろんな食品を眺めては目を輝かせていた。
好きなの買うぞって言ったらめちゃくちゃ悩んだ後にバナナを選んで持ってきた。
好きなのかもしれない。
チョコバナナにでもしてみるか。
主食は焼きそばかな。屋台飯だ。
もっと仲良くなったら、夏祭りに一緒に行きたい。
浴衣姿のサトラとか、可愛いに決まってる。
まあ、それも俺がお金を出すんだけどね。
ほんと早く稼がないと。
でも、稼いでしまえばこっちのものだ。
メイド服でも巫女服でも何でもかんでも着せることができる。
希望が見えてきた。金を稼ぎまくるぞ。
家に帰ってキッチンに立つ。
サトラが興味津々で隣にいるんだけど、どうすればいい。
俺の料理スキルはまだ高くないので、それだけで集中が乱れてしまう。
雑魚かな?
申し訳ないが離れてもらうことにした。
そんな気落ちした顔しない。もっと上手くなったら見せるからさ。
罪悪感に苛まれながら、とりあえず作った飯をダイニングに並べる。
サトラも手伝ってくれた。
早く食べたいだけかもしれないけど、ありがたい。
ただ、なんでもないところで躓きかけるのはやめてほしい。
常人には見えない速度で立て直していたのは見なかったことにした。
そこに圧倒的Lvを使用するなよ⋯⋯。
「いただきます。」
『いただきます⋯⋯? 』
俺が手を合わせる様子を見て、彼女も手を合わせた。
俺に合わせようとしてくれているみたいだ。
無理にしなくてもいいのに。でも、嬉しい。
我ながら単純だ。
サトラは相変わらず見事な食べっぷりで、こっちも嬉しくなってしまう。
焼きそばにチョコバナナというキワモノで申し訳ないが、昼にちゃんと食べたし、いいだろう。
たまには体に悪い食事もいいもんだ。
流しにお皿を持っていく。
サトラが手伝いたそうにしていたけど、配膳の時にやばかったので丁重に断った。
君はお風呂に入りなさい。
不満げだったけど、自分が危なっかしいことは理解しているのか、大人しく従ってくれた。
お風呂場の音を聞きながら、片付けを済ませる。
気を紛らわせる作業があってよかった。
手持ち無沙汰なまま聞いていると頭がおかしくなってお風呂場に突撃していた可能性が高い。
鉄の自制心を保たねば。
彼女と入れ替わりにお風呂場に入る。
バスタオルを巻きつけただけの格好もまた目の毒だ。
残り湯は、彼女の香りが漂っている気がした。甘くて気高い匂いだ。
バスタオル姿を目に焼き付けるか、残り湯に浸るか。
視覚で興奮するか嗅覚で興奮するか。後者の方が変態性は増す気がする。
一人で気恥ずかしくなって、早々に上がった。
我ながら童貞すぎる。
『直方、こっち、使っていい?』
彼女はベッドの脇にちょこんと座っていた。
断るようなことではない。昨日彼女はソファで寝ていた。快適に寝られなかったであろうことは想像に難くない。
「当然だ。」
『ありがとう。直方も使っていいからね。』
「⋯⋯。そういうわけには。」
『いいから。ま、気にせずに。』
そうも言ってられないんだけどな⋯⋯。
こんもりとしたベッドの中身は気にしないようにして、ダンジョン行きの準備をした。
準備と言っても、そんなに必要なものはない。
一番大切なのは、大きなリュックサック。登山用のザックなんかが最適だ。
いろんなものを引っ掛けられるしな。
ダンジョンでの稼ぎはどれだけ中のものを持ってこれるかで変わる。
入る時に、手数料が取られることもあって、出来るだけものを持てる態勢で行くのが常識だ。
サトラの収納があれば、これは必要なくなるな。やはりついてきてもらった方が⋯⋯。
いや、ダメだそれは。男が廃る。一旦決めたからにはやり遂げなくては。
あとは、ちょっとしたサバイバルナイフと食料。申し訳程度の防具だ。
一層に出るのはスライム程度だからこれでも問題ない。
基本的に逃げればいいし、いざとなればナイフで核を狙える。
危険なトラップもないし、運が良ければ相当な稼ぎが見込める。
普通はそこまで稼げないらしいが、俺は運がいい。
幸運なんてステータスがあれば多分持っているだろう。
宝箱を見つけて開けるだけの簡単なお仕事だ。
だいたい明日の目処がたった。ピクニックに行くとでも思えばいい。
緊張するな。これまでどおり、うまく行くさ。
ふう。
伸びをした。
ちょっと疲れた。
寝る前にサトラの顔を確認しに行くか。
こっそりとベッドに近づく。
サトラは、こちらに背を向けるようにして、眠っていた。
俺に見せたくない彼女の顔がそこに隠されている気がした。
思い切って、それを見にベッドに乗った。好奇心には勝てなかった。
ゆっくりと、彼女の表情を見る。
眠った顔は落ち着く。
苦悶の表情でも浮かべているのかと心配したけど、俺の思っていた以上に安らかな寝顔だった。
なら、安心か。
そっと、上を這って、ソファに向かう。流石に同衾はまずい。
「んんん⋯⋯っ。」
彼女が身をよじった。
寝返りでも打つんだろうか。
起こさないように静止する。
足が掴まれた。次の瞬間、体が彼女のそばにあった。
なんという早業。俺でなきゃ見逃しちゃうね。なんて言う暇もなかった。
気がついたら、彼女に抱かれている。抱き枕にされている。
その事態に、困惑していた。
いや、嬉しいと、どこかで思っていたのかもしれない。
大した抵抗はできなかった。
彼女は寝言をつぶやく。いつの間にか安らかな表情は影も形もなかった。
『父上、母上、みんな⋯⋯。』
それは、不安と絶望に満ちていて、彼女がもう望んでも手に入らないものなのだと、直感的にわかってしまった。だから彼女は、帰るところはないと言っていたのだろう。
倫理的に不味くても、抱き枕に徹しようと俺は決めた。
彼女の不安を少しでも減らすことができるなら。そうしたい。
⋯⋯彼女の力が強くて逃げ出そうにも逃げ出せなかったのは絶対に秘密だ。
あと、彼女は着痩せするタイプみたいだ。
胸の潰れた感触が、妙に頭に焼き付いて寝付くのに時間がかかった。
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