第8話 お金稼ぎ
大学生の金稼ぎの方法は何個かある。
まずはバイト。真っ当なやつだ。自分の時間を犠牲にお賃金を得る。
社会人になる前の準備として申し分ない。
次に、奨学金や仕送り。
自動でやってくるけど、今回のように急にお金が足りなくなった時には対応できない。
そして、アンダーグラウンドな仕事。薬の売人とか、美人局つつもたせとかその辺りだ。
某歌舞伎町に電車一本でいけるとあって、普通に過ごしているだけでちょくちょくやばい話も聞く。
これは、危険度に釣り合ってないのでやらない。
あと、もう一つ挙げるなら、ダンジョン探索だろう。
一層ならモンスターも弱い。その割に宝くじ感覚で薬やらお宝やら現金やらが入った箱が出現する。
この世界にダンジョンができて、メジャーになった金稼ぎ方だ。
東京に何個かあるダンジョンに入るのが、手っ取り早い。
明日あたりはそれをするか。
幸い、何度か潜った際に調べたデータは頭の中に入っている。
それほど苦労することなくお金が稼げるだろう。
ファミレスで美味しそうに食事するサトラを眺めながら、そんなことを考える。
しかし、食いしん坊な子だ。目に見えて表情が明るくなっている。
普段が無表情すぎるってのもあるんだろうが、それにしても顕著だ。
「なあ、サトラ。なんでお前は俺のことを疑わないんだ?」
ポツリと、そんなことを言ってしまった。
『なぜそんなことを聞くの?』
「⋯⋯そりゃあ。俺がとても褒められたことをしていないからだ。初対面の女性を家に連れ込んで、連れ出して、洋服を買ってやる。見方を変えれば誘拐一歩手前だぞ。」
そして、それにサトラは
初めは嬉しかったけど、考えれば考えるほど妙だ。
ちょっと精神的に幼いとはいえ、彼女には考える能力はある。
危険とみれば排除する思い切りの良さも。
意識を取り戻した時は、俺を殺そうとしていたわけだしな。
でもそれがどうしてこんな風に俺のいうことを聞いてくれるようになったのだろう。
それが不思議でならなかった。
『直方は、殺気を向けてこないから。』
「いや意味わからん。普通人は人に殺気を向けないだろう。」
『私はずっと殺気を向けられてきたよ。人間にも、モンスターにも。』
絶句した。どこでどういう風になのかはわからなかったけれど、彼女の言葉に嘘はないと直感した。
『私は昨日、直方に殺気を向けた。でも、君は気にしたそぶりもなく、ご飯を作ってくれた。』
「それは⋯⋯。」
『それだけで、私は君を信じてみようと思ったんだ。行くべき場所もないし、帰るべき場所もなくなったから。』
サトラは少しだけ遠い目をしていた。
『だから、直方が、私のことを放り出したくなるまでは、君のそばにいるよ。』
「放り出すなんてそんなことしない。」
『私はかなり厄介だよ。』
「そんなことは百も承知だ。」
『なるほどね。うん。ありがとう。』
くしゃりと顔を歪めて、彼女はそう言った。笑顔のような泣き顔のような、不思議な表情だった。
『何か困ったことがあったら言って。戦うなら、力になれるよ。』
「女の子が、そういう風に言ったらダメだろ。」
『頑固もの。』
不満そうだ。そんな顔もするんだな。
気を許してくれている証だと良い。
まあ、なんだ。彼女の考え方はわかった。
俺をとりあえずは、信用してくれるみたいだ。
足がかりとしては十分。俺は、彼女と、生きていきたい。
彼女を求める邪な心がないとは言わない。
でも、彼女のことは純粋に好きだと思えた。
口数は少ないけど、自分を客観視して見ることのできる責任感がある人だ。
好ましい。
金銭面では不安だけど、ダンジョンに行けば大丈夫だろう。
いざとなれば、彼女は絶対に強いし助けてもらえばいい。
とはいえ、殺気にあれほど敏感な彼女を、ダンジョンという危険なところに連れて行くのは辛い。
どうにもならなくなった時の最終手段として考えているけど。
帰ったらご飯を作ろう。そして、明日、ダンジョンに潜る準備をしよう。
そう決めたら気分が軽くなった。
その間隙を縫うようにサトラが口を開いた。
『ねえ、直方。』
「なんだ。」
『なんで、君は私を助けたの。』
「それは⋯⋯。」
ステータスが見えたから。好きになったから。そんなことを言うのはダメだ。
警戒されるに違いない。
じゃあ、なんて言えばいい。
彼女を家に連れて帰った理由はたくさんあるけど、彼女に伝えたいこと。
伝えて構わないことがあるとしたら。
「放って⋯⋯おけなかったからだ。」
これに尽きる。それは同情でもあり、好奇心でもあり、そして、大切な情動だ。
俺の頭の中には逃げる選択肢も、通報する選択肢も存在しなかった。
ただ、彼女を放ってはおけないと、それだけ考えて、あそこから部屋まで担いで行った。
余計なお世話と言われても、俺は、あれを後悔していない。
『今の所は、それでいいよ。』
彼女は口の端にこっそりと笑みを浮かべていた。
サトラに全てを見透かされているような気持ちがした。
それはそれで悪くない。
「帰ろう。サトラ。」
『うん。』
俺たちは、連れ立って帰った。
女性用の服をまとった彼女は行きにも増して視線を集めていた。
ちょっと誇らしくなった。
ただ、隣でぶらぶら揺れる彼女の手を握ることは、これからも難しいだろうなと思う俺だった
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