第7話 でえと

 なんとか彼女を説得することができた。おそらく彼女は、見た目よりも幼い。


 いや、常識が乏しいというべきだろうか。



 風呂場では彼女が体を洗っている音が聞こえる。

 サトラの裸⋯⋯。ちょっと惜しかった気持ちになってしまうのは仕方がない。


 でも良くないことだからな。そういうのはもっとお互いを知ってからだ。


 まだ名前とステータスくらいしか知らないし。

 ひょっとして、初めて会ってからなんの進歩も生まれてない?そんなまさか。


『気持ちよかった。』


 彼女はお風呂から上がったみたいだ。


「棚にバスタオルがあるから、それで体を拭いてくれ。」


  『わかった。』


 とりあえずこれで一安心だろう。


 気を抜いていたら、裸にバスタオルを纏っただけの彼女が出てきた。


 ⋯⋯そういや、あの軽鎧装備以外持っていないのか。

  能力に収納があったから、そこに入っているかもと思っていたが、希望的観測に過ぎないようだった。



「服を着ろ。」




『⋯⋯なんで?』




「裸で言うな。裸で。」




『鎧着てたらいいの?』




「いや、それも目立つ。そうだな。俺が服を貸してやるから、それを着ろ。」


『変な直方。』




「呼び方はそれか⋯⋯。まあいい。待ってろ。すぐに見繕う。」




 俺は洋服ダンスを探してみた。


 Yシャツ⋯⋯はダメだな。犯罪臭がする絵図にしかならない。俺は知ってる。


 普通にTシャツとズボンでいいだろ。


 パンツって言わないとイマドキじゃないとか言うけど、流石に別物を指している気がして言いたくない。


 持っている中で、中性的なものを選んでみた。


  俺はそこまでファッションセンスがある方じゃないから、適当になってしまうかもしれないが。




 サトラに着せてみたらわかったんだけど、男性用の服って、胸のこと何も考えられてないんだな。


  だいぶきつそうだ。


 体のラインもちぐはぐに見える。不自然だ。


 ブラとかも持ってないみたいだし、服を買うのは急務かもしれない。


 よし。服を買いに行こう。


 思い立った日が吉日だ。俺は決めた。




 サトラは急に立ち上がった俺を不思議そうに見ている。




「買い物に行こう。」




『何を買うの?』




「サトラの服だ。」




『そんなこと気にしなくてもいいのに。』




「俺が気になるからな。」




『そんなに言うなら⋯⋯。』




 結構大人しく言うことを聞いてくれるな。


 反対されるかもしれないと半ば覚悟していたので拍子抜けだ。


 そんなに交流してはいないと思うんだけど。


 どこで好感度を稼いだんだろうか。


 強いて言うならご飯を作ったくらいか。


 あれが大きかった説はあるな⋯⋯。サトラは食いしん坊みたいだし。


 もともと着ていた鎧は「収納」でどこかにしまったっぽい。


  やっぱり強い能力だよな。異世界主人公の俺も欲しいぞ。ここは異世界じゃないから無理か。




 外に出る。


 夏真っ盛りだ。暑い。


 元号が変わったからといって、そう言う本気を出さなくてもいいのに。


 擬人化した令和ちゃんに文句を言っていると気が晴れる気がする。


 やはり擬人化は良い。




 せっかく目立たない服装を選んだのに、道ゆく人からサトラの方に目線が来る。


 俺の服が悪いのかな⋯⋯。いや、どちらかといえばサトラの髪が白いからだ。


 若い女の子が白髪だったら、気になるか。彼女は美人だしな。ついでに褐色だし。


 ⋯⋯うん。だめだ。そりゃ注目される。


 置いてくるべきだったかな。


 でも彼女の服を買うんだし、本人がいた方がいいだろう。




 ちょっとだけ電車に乗る。


 原宿とは言わないけど、もう少し大きいところに行った方が楽しいだろうと言うことで、近くのデパートに向かう。


 安い衣類量販店も入ってるし、お手頃だ。




 サトラは電車に乗るのが初めてのようで、しきりに辺りを見渡していた。


 そっと、俺の服の端をつまんで、不安そうだ。人が少なくてよかった。


 電車に乗ったことのない奴に、東京の満員電車は過酷すぎる。




 改札で少しトラブったけど、無事、デパートに到着した。




『ここは?』




「ここが服屋。好きなのを試着してみろ。」




『好きなのって⋯⋯?』




 俺が選ぶか⋯⋯。このままサトラに任せていても何も進展しないようだし。




 でも、俺も正直わからないからな。ここは素直に店員さんに聞いた方が無難かもしれない。




 近くにいた店員を呼び止めて、サトラに似合う服を選んで欲しいと言ってみた。




「何着かご用意できますよ。」




「じゃあお願いします。それと、下着も。」




「下着ならそれ専門のお店に行った方がいいと思いますが⋯⋯。わかりました。やってみましょう。」




 流石に下着専門店に行くのはちょっと抵抗がある。


 俺がいたたまれない雰囲気になりそう。




「と言うわけでサトラ、このお姉さんが服を選んでくれるから、着替えてみて。」




  『分かった』




 サトラはおとなしく頷いた。俺の言うことを聞いてくれるのはありがたいけど、本当にこれでいいのか心配になる。俺が気にすることじゃないかもしれないが、


 もう少し自立してほしい。




 まあ、自立していたらしていたでこうして一緒に買い物に行くことはおそらくなかっただろうから、それはそれで有難い。エゴでしかないけど、ずっと彼女のそばにいたいと思ってしまっている。




「彼氏さん。どうぞこちらに。」




 ぼうっとしていたら、店員さんから声をかけられた。彼氏じゃないけど、わざわざ訂正するのも面倒だし、サトラには通じてないだろうしそのままでいいや。




「カーテン、開けますね。」




「お願いします。」




 試着室の前でドキドキする。だって彼女は絶世の美少女だ。その子が別の服を着てくれるってだけで胸が高鳴るのは仕方がないこと。




 カーテンが開く。鏡の前でこちらを振り返った彼女は、ちょっと恥ずかしげだった。


 服装は上品なワンピース。上が白でスカート部分は黒と緑のチェック。


 丈が長くて、ふわりと広がっている。


 そうしてはにかむ彼女はどこぞのお嬢様のようで、俺は目が離せなかった。




『どう?』




「すごく似合ってる。」




『そう。でも、これじゃ戦えない。』




「危険はないから。昨日も今日も大丈夫だったでしょ。」




『なるほど。』




 彼女は口に手をやった。褐色で綺麗な肌が、ブラウス部分の白と対比して際立っている。


 そこから顔の見事な造形に見事な白髪⋯⋯。


 いつの間にか見とれていた。




「とりあえずそれは買うか。」




『うん。まだ、いろいろあるよ。』




 ドキドキのしっぱなしで、また別の服に着替えたサトラを褒めて、全部買いますと言って、レジで冷静になった頃には全てが遅かった。




 お金がたくさん溶けていた。⋯⋯まじかよ。今月ピンチなのに。どうしよう。




『直方、どうかしたの?』




「いいや。」




『ふうん。』




 今の彼女はデニムとTシャツ。ラフな格好だ。


 こっちはこっちで、彼女の活動的な雰囲気が濃く出ていてドキドキする。


 くそう。ドキドキしかしてないぞ俺。大丈夫か?




 とりあえず、お金をどうにかしなくちゃいけない。

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