第3話 親方。空から女の子が!

夜だというのに、気温は昼間のままでうだるようだ。




 大学からの帰り道、家の前で俺は夜空を見上げた。


 都会の空は、暗くて気分が沈む。




 いきなり夜空の膜が消えたように震えて、より解像度が上がった。


 キラキラとした星空がいきなり頭上に広がる。




 何か起こったのだろうか。




 とりあえず今見えている夜空は東京に引っ越してきてから、今までで一番綺麗だ。




 一つだけ、赤く輝く星が目を引いた。火星なのか金星なのか。


 惑星事情には詳しくないからわからないが、あの明るさはそのどちらかだろう。


 ちょっとずつ近づいている気がするけど、疲れた頭が見せる幻覚に違いない。




 それはまるで流星のようで。


 後ろに尻尾を引いて、こちらへ迫っていた。


 ⋯⋯ひょっとして、現実か?


 いやでも、流星群の話なんて聞かなかったぞ。




 もしかして、隕石かもしれない。


 あの明るさの流星が隕石だったら東京は壊滅するから、慌てても仕方ないや。




 俺は、ただひたすらその赤い流星に見入っていた。




 空を走る星は、少しずつ角度を変える。




 尾が左を向いて、右を向く。




 ⋯⋯どう考えてもこっちに近づいてるよねあれ。




 考えても仕方ないことだ。




 轟々と音が鳴っている。




 上空から星が降ってくる。






 少し、東か?






 俺のいる場所からは逸れている。なら大丈夫だ。




 思っていたよりも小さいみたいだ。最初に目撃した時すでにかなり近くだったんだろう。




 東京を壊滅させるサイズの隕石が落ちてくるなんて情報があったら、この世の終わりとして評判になっていたはずだし。




 俺は安心してその輝きに目を奪われていた。


 墨田区の方に落ちていく。


 もう、そこまではっきりとわかった。




 いきなり、赤の輝きの勢いが弱くなる。




 まるで何者かに押しとどめられたかのように。


 そこに行かせないという強い意思が流星を弾く。




 よく見えない。だが、軌道が変わったのは確かだ。


 雲のそばに輝きが見える。10000mくらいには落ちてきているということだ。




 尻尾が見えなくなった。


 高度が落ちたからか。それとも、俺の方に向かっているからか。




 どんどん眩しくなってくる赤い光に後者であることを悟る。




 嘘だろ。俺は死ぬのか。今ここで。そんな非日常はいらない。




 いや、信じろ。俺の職業は異世界主人公(召喚予定なし)だ。


 死は異世界召喚の前触れに違いない。


 彗星の中から全力で目を背けて、俺は死を受け入れるように目を瞑った。


 光はどんどん大きくなる。


 覚悟を決めたはずの俺だったが、襲ってくるはずの熱と痛みはいつまで経ってもかけらも感じなかった。恐る恐る薄眼を開ける。




 赤の膜に包まれて、褐色の肌をした女の子が仰向けに宙に浮いていた。髪の色は綺麗な純白だ。




 露出の多い軽鎧を纏っている。意識は失っているらしい。






 まぶたをパチクリと瞬いた。


 飛行石⋯⋯? 受け止めるべきだった⋯⋯? 


 パズーに負けた。いや、そうじゃなくて。




 恐る恐る、彼女に手を伸ばす。


 赤の膜は、少しの抵抗感の後に、俺の手を通した。




 彼女の背に手を回す。赤の膜はいきなり消えて、重みが手のひらに加わた。




 ふらついて、支えるのを諦めて、そっと地面に下ろす。




 背中だけ支えて、彼女の表情を見つめた。




 落ち着いてみると、思っていた以上に美人な子だ。


 今まで見てきた女の子と比べて何百倍も綺麗だ。


 褐色の肌もエキゾチックな魅力として映る。


 年齢は俺と同じかもう少し上くらいだろうか。


 それにしては幼い表情をしているのが気になった。




 しばらく待つと、彼女は意識を取り戻した。




「⋯⋯Oe?」




 だいぶ弱々しい音だが、とても綺麗な声だ。だが、意味がわからない。


 やはり印象通り、外国の子なんだろう。




 ザザ⋯⋯ザザ⋯⋯ザザザ。




 ノイズが走る。一旦世界から浮いて、そして、戻ってきた。


 そんな感覚があった。




 『⋯⋯あなたは?』




 今度は、ちゃんと理解できる言葉で聞こえた。わかる。なら、いける。




 顔が近い。整いすぎた顔立ちにひるむ。




「俺は直方仁だ。」




 大きく息を吸い込んで、答えた。


 返答を待つ。




『そう⋯⋯ 。休む場所とか、ない⋯⋯ ?」




「俺の家ならあるが。」




『じゃあ、そこに、行かせて⋯⋯ 。』




 途切れ途切れの言葉は尻すぼみなる。




 それきり彼女は動かない。




 ひょっとして、また意識を失ったとか。




 ⋯⋯どうしよう。


 体調的には問題はなさそうだ。どこも怪我している様子はない。


 警察か⋯⋯?


 でも、せっかく現れた非日常の気配。そして、俺が求めて止まなかった正統派ボーイミーツガールだぞ。ここで引いたら、もう一生、うだつがあがらないままになってしまいそうな予感がする。




 迷う俺の前に、謎のウィンドウが現れた。




 ▶︎ヒロイン候補との接触により、能力が発現します。




 名前 直方仁


 Lv 85


 職業「異世界主人公(召喚予定なし)」


 能力「鑑定」”NEW”「言語理解」”NEW”「威圧耐性」”NEW”


 称号なし




 ▶鑑定の効果が発動します。




 名前 トライヘキサ


 Lv 666


 職業「槍使い」


 技能


「縮地」「槍捌き」「水魔法」「火魔法」「収納」「人柱力」


 称号


「血槍姫けっそうき」「魔物の敵」「ダンジョン踏破者」「滅ぼせしもの」「逃亡者」




 ⋯⋯なんだ、これは。


 とりあえず、部屋に連れて帰って詳しい話を聞こう。


 純粋に気になる。というか、この人をこのまま放置しておくのが怖い。

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