第1章

第1話 魔女の小屋

 パチパチと火花が散る音がする。

 俺はうめき声を漏らしながらゆっくりと目を開けた。

 視界に広がる暗い木目の天井。視線を横に逸らすと、いかにも悪の魔女といった黒いローブに身を包んだ女が何かを煮込んでいる。と思ったら、ぐるんと体を翻して俺に微笑みを向けてきた。黒いフードの中に艶めく金色の髪と金色の瞳が浮かんでいる。


「おお、目が覚めたのかオマエ。悪かったなぁ、オマエの額ぶちぬいちまって」


 お詫びといっちゃなんだがこのスープ飲め、と言われて木製の容器に入ったスープを渡される。ポタージュのような白い液の中に見たこともない黒い物体が浮いている。


「な、なんだよ、これ。…きのこか?」

「ん? ああ、これはイヤシダケと言ってな。傷の治癒に効くんだよ」


 ほれ、とスプーンにすくわれたイヤシダケとやらを口に入れられる。カリッとした食感のあとに、激しい苦味が鼻をさす。あまりの苦さに思わず咳き込む。


「苦ぇだろ? 苦ぇよなぁ。オレも初めて食ったときは度肝抜かれたぜ」


 ニタニタとどこか嬉しげに笑う女。ぶっ飛ばしてやろうかこいつほんとに。

 イヤシダケをなんとか飲み込み、女を睥睨する。女は俺の視線を受けてさらに笑った。


「まぁそう怒んなよ。ほら、オマエの額の傷」


 女の細い指が額に触れる。痛みが脳髄をかけめぐって……。


「…あ、あれ? い、痛くない…?」

「というか、まあ、治ってるからなぁ」


 ぱちん、とデコピンを食らい、額を押さえる。先程までぱかりと開いていたはずの傷口が塞がっている。


「う、嘘だろ…。こんなの、まるでただの魔法…」

「なにが魔法だバカ。オレが食わしてやったもんの価値知らねえのかよ、この貧乏っ子が」

「か、価値? いや、そりゃ傷を一瞬で治すのはやばいけど…」

「あーあ、だめだオマエ。なんもわかっちゃいねえオマエは」


 いいか、と女を人差し指を立てて自慢げに話を始まる。長いので要約するとこうだ。

 どうやらこのイヤシダケは冥界と呼ばれるところでしか栽培されない希少なキノコらしく、このキノコを得ることが許されているのは世界にたった7人しかいないと言うのだ。


「そ、そんな希少なキノコなのに、俺が食べてよかったのか?」

「いいんだよ別に。言ったじゃねえか、お詫びだって。お友達に川でボコボコにされてた上に傷をえぐっちまったんだ。我ながら最高だと思ったぜ」

「いや反省してねえじゃねえか」

「バレたか」


 ニタニタとまた笑みを浮かべながら女が俺の隣に腰を下ろした。切れ長の瞳が俺を舐めるように見てくる。目、鼻、口、とどんどん視線を下ろしていき、またつま先で視線が上がる。


「な、なんだよ」

「…いやなんだ。一個言いてえことがあってな」

「言いたいこと?」


 怪訝な顔で見つめる俺を見て、舌なめずりをした女は俺の顎を持ち上げてニタリと口角を歪めた。


「オマエ、こっちの人間じゃねえな」

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