プロローグ 後編
頭に激痛が走り、川の中に倒れ込む。
うずく後頭部を押さえながら立ちあがろうとして、今度は背中に衝撃が走る。視界いっぱいに水が広がる。
水を飲む。気管へと水が流れ込む。むせる。溺れる。苦しい。力が入らない。
どうやら背中を強く踏みつけられているらしい。どうにかして立ちあがろうと手足をバタつかせる、がびくともしない。
と思ったら、髪を掴まれて無理やり引き起こされた。
気管から水を出そうと大きく咳き込み、嗚咽する。クラクラと揺れる頭がやっと正常に戻ってきた。
「や、やめてよ、シアンくん」
どうにか顔をあげてそう口にしたとき、また背中を突き飛ばされ上から踏みつけられる。
また水を飲み、気管へと水が流れ込み、むせ、溺れ、苦しい。額にめりこむ砂利の痛みに水中で咳き込みさらに水を飲む。
そして意識が遠のきかけたところでまた引っ張り上げられる。咳き込む。辛い。
「ど、どうして。どうしてこんな酷いことするんだよ」
突き飛ばされそうになったところをなんとか横に転がって躱し、そう問いかける。
歪む視界の中には無愛想な顔で僕を見下ろすシアンくんの姿が。
「お前が、弱いからだよ」
短くそう呟き、胸ぐらを掴まれて頰を殴りつけられる。シアンくんは馬乗りになって僕を殴り続ける。
痛い。口が切れたのがわかった。歯が一本へし折れる。左目はもう腫れ上がって何も見えない。
「魔法も使えない、剣術もできない、加護もない。殴り合いならできるかと思えば、それもできない」
シアンくんの拳が顎をかすめ、視界がくるりと回る。意識が飛びそうになり、またシアンくんの拳で意識を引き戻される。鼻の感覚がない。折れたようだ。
「お前は弱い。だからいじめる」
容赦のない拳の乱打。シアンくんの拳に力が入る。
「俺はお前みたいなやつが1番嫌いなんだよ」
高く振り上げられた拳。
「だから、死ね」
視界が暗転すると同時に、僕の頭の中でぷつりと何かが切れた音が聞こえた。
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「…大丈夫かよ、オマエ」
耳元で声がする。聞き覚えのない声。
俺はうめき声を漏らしながら、ゆっくりと目を開けた。
「…っん、ぁあ」
「無理に起きないほうがいいぜ。額の傷が開いちまう」
体を起こそうとして、額に痛みが走る。痺れる腕をあげて額に触れてみると、ぱっくりと小さく切れている。
「…て、あれ。俺、たしか殺されたはずじゃ…」
無意識に腹に手を触れる。さっきまでの空虚感はない。五臓六腑が過不足なく納まっている。
「殺された、か。だいぶ大袈裟なこと言うじゃねえかオマエ」
安堵の息を漏らし、改めて声のほうに目を向ける。左目が腫れているようで視界が狭い。人の姿を探して視線を動かす。きょろきょろ、きょろきょろ、3周ほどして、ここが森の中であることに気づいた。誰もいない。
「ここだ、ここ。木の枝の上だっての」
頭上からの声。視線を上げる。誰もいない。
「どこ見てんだバカ、こっちだ」
バサバサっと羽ばたく音がして、視界が黒に覆われる。黒いつぶらな瞳と視線がぶつかる。
「……は? カラス?」
「カラスじゃねえ、オレは人間だ! ボケ人間!」
ズゴンと額にくちばしが打ち込まれる。と同時に、痛みを超えた何かに襲われた。
「あ、わり」
鼻にかかったハスキーな謝罪を耳に俺は気を失った。
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