最弱戦記

@who_are_you

プロローグ 前編

 全身から灼熱が溢れ出る。

 脳から電流が駆け巡る。


 激痛。苦痛。不快感。吐き気。閉塞感。解放感。喪失感。壊れていく。


 もがき、苦しみ、やっと声を発せられたと思ったら、代わりに出たのは馴染みのない液体と塊。

 自分がいま何を吐き出したのか混乱する脳が咄嗟に理解できず、ただ、吐き出してはいけないものだという直感だけが頭を支配し、たまらずまた吐き出した。


「わぁ、いっぱい出ましたねぇ」


 やけに興奮した吐息混じりの声がかろうじて耳に入る。不協和音が頭の中で鳴り響く中、ふとその声に合点がいった。

 暗闇。その中にある人影を捉え、その名前を口にする。また吐き出す。声にならずに名前は液体に混じって溺れて消える。


「こんな夜遅くまでお仕事おつかれさまですぅ」


 頭に何かが触れる。


「私がたっくさん、たっくさん、褒めてあげますからねぇ」


 耳元で声が聞こえる。


「大丈夫、大丈夫ですよぉ」


 無理に上体を起こされ、また吐く。


「私が、愛してますからぁ」


 吐息が耳を湿らす。何かが、身体を包んでいる。


「先輩、先輩、大好きですぅ」


 徐々に荒くなる吐息。耳から頬、そして首元へと湿りが広がる。


「私だけが、私だけがあなたの」


 頭の中で金属音が鳴り響く。痛みが遠のく。


「小鳥遊先輩の、味方ですからぁ」


 腹に何かが触れる。

 再び痛みに侵される。


「っあは、うふふ、あはははっ!」


 楽しげな笑い声。腹の中を蠢く何か。


「ひははははっ! かわいぃ! 悶える先輩も愛してる!」


 失う。


「目も、鼻も、唇も、眉も」


 失う。


「腕も、足も、爪も、髪も」


 失う。


「皮も、肉も、血も、内臓も」


 赤黒い視界に映る嬉々とした少女。


「愛してますっ!」


 その眩しいほどの笑顔に向けて、また俺は吐き出した。


 もう、何も痛くなかった。

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