第18話  銘家の騒動─3

18話 銘家の騒動─3



「あの忌々しい小太りのガキはどうなっている?コールプローラーを持ち出した醸地を撃退した?しかも醸地は座敷牢から逃げ出して行方不明、か。いったいどうすれば………」


 ここは銘有栖の父親、銘勲めい・くんの書斎。


 重厚な文机に肘を付いて頭を抱えているその様子はいささか覇気に欠けており、迫力の無いやつれた様相であった。


 それもそのはず、この男は自分の長男である銘醸地をこの銘家の当主にしたかったが、嫁であり銘家の“当主”である銘讃めい・さんには頭が上がらず、屈辱的な日々を過ごしている。


 この男、もともと優秀な人間だったが自己顕示欲が強く、いずれ銘家を乗っ取るつもりで婿入りして来た過去を持つ。


 しかし、讃はそれを分かった上で、この勲を迎え子を成した。

 

 理由はこの勲の実家である石下家が銘家と関わり深い家であり、家族と親戚筋一同が家の仕事、部下の横の繋がり、蓄積された技術の交換の為に結婚を勧めたからである。


 そう、悪役令嬢モノとかでおなじみ政略結婚だったのだが、婚約破棄せずに成立したのだ。


 政略結婚と聞けば良い印象を持たない人間も居るかもしれないが、少し待って欲しい。


 ダンジョンやらが出来た世界で異界の怪物と戦い、巨大な敵と戦う為に人型の巨大兵器コールプローラーすら持ち出される世界では人の命が軽い。


 むろん、讃は断って好きに生きる事も出来た。が、銘家に連なる人間、更に銘家が組織した団体、会社、探索隊、そこに所属する数多の人間の生存率と自分個人の幸せを天秤に掛け、数多の人間の生存率を取った女傑だった。


 曰く「風が吹けば桶屋が儲かるってことわざがあるでしょう?一見、直接関係無さそうな人間の生死の分水嶺の1つが我々の結婚で決まるかもしれないのですよ?そして我々が歴史ある大家として認知されているのは、ひとえに我々の家の為に戦おうと集まる人間が沢山居るからです。ならば我々はその人達に出来るだけの事をする。当たり前ではありませんか。」


 本当は乗っ取るつもりであったし、銘家の組織など鬱陶しかった。


 だが、讃は優秀だった。それもすこぶる。

 眩しい程にその手腕を振るい女当主として組織と探索者の差配をする。そこに自分が口を挟める余地などなかった。


 そのままずるずると“良い父親”を演じていたが、跡継ぎをそろそろ決めようかと言う話が出始めてから欲が出た。


 そうだ、結局いままで讃に上手く丸め込まれて自分が出来なかった好きな生き方を、息子の醸地には歩ませてやろう、誰かが決めた息苦しい女を醸地に付ける訳にはいかない!


 そう決めたら後は早かった。


 醸地に「お前の真の実力はそんなものではない、お前はもっと自由だ。」と甘言を囁いた。


「この家はお前のモノだ。お前が好きにしたら良い。この家の為に働く人間はお前の為に働く人間だ。」


「お前がやりたい事をやりたい様にやれ。この家はその為に存在する」


 そして欲しがるモノは手当たり次第に買い与え、女をあてがい、チームを持たせた。


 自分でも少しどうかと思うボンクラ息子になったと薄々は感じて居るが、これは銘讃への遠回しな仕返し、当てつけだと思うと胸がすく想いがした。自分が口出し出来なかった銘家にひと噛み出来たと内心ほくそ笑む事が出来た。


 そんな俺を讃は早々に我々を見限ったのか、有栖を鍛える様になった。あの冷たい目、アレが家族に向ける目か?まるで路傍の石を見るような……


 クソッ!イライラして来たな。


「おい!酒だ!」


 しかし誰も部屋に来ない。


「誰か居ないのか?!酒だと言っている!!」


 すると廊下の向こうから讃がやってきた。


「もうそろそろ、わがままもおしまいにしませんか?もう満足したでしょう?家の者はアレを探しに出しています。貴方は落ち着いてどっしり座っていれば良いんですよ?ハイこれお水」


 そう言って水差しを差し出す讃、だがその雰囲気から“お前が騒いでも仕方ないし出来ることも無いんだから大人しくしていろ。ケツは拭いてやる”と言外に言われていると感じ、その台詞と態度は勲の逆鱗に触れた!


「いい加減にしろよ息苦しい女が!俺の事を心から好いても居ないクセに気遣うような素振りをして!!当て付けか!!息子が街で暴れて行方不明、こんな時まで良い母親ヅラするのはさぞかし気持ちいいだろうよ!!アァ!!」


 吐き捨てた後に讃を見ると目を見開き、ショックを受けた素振りを見せる。それが尚の事、勲の神経を逆撫でした。


「いい加減にしろ!!!息子が大事じゃないのか!跡継ぎに何かあれば困るのはお前じゃないのか!!」


 そう言うと、讃は振り向きその場を後にする。


 残ったのはやり込めてやったと言う暗い喜びと一抹のわだかまりだった。

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