隣合って

@burokorisu

第1話

うちは2世帯住宅で、僕ら親子、じいちゃんばあちゃんで暮らしている。じいちゃんとばあちゃんは、些細なことで直ぐに言い合って喧嘩していたが、その分普段は隣合って笑いながら話をしているとても仲のいい夫婦だった。でもそんな幸せな風景も去年をきっかけに見られなくなった。ばあちゃんが病気に蝕まれ亡くなったから。僕も悲しかったが、いちばん辛いのはじいちゃんだったと思う。ばあちゃんがなくなって以来、ばあちゃんよりよく笑うじいちゃんは一度も笑わなくなった。


ある時、僕がバイトから帰宅すると、玄関の前に眼鏡をかけた画用紙売り名乗る人が立っていた。初めは知らない国の話をされたり、その国で販売している伝統工芸品の話をされて、ただの商売人なのかと思っていた。彼は次々と自国の製品を、販売用の画用紙に書き写して、「これを販売すればお小遣い程度にはなるよ」と催促してくる程だった。正直、詐欺を疑った。でも僕はお小遣いに苦労していたため、罠でもいいと話を聞き続けた。


話の中で、彼にとって商談成立を意味する握手を求められた。しかし、彼には触れることが出来なかった。彼はこの世を漂う霊であることを伝えてくれた。それから僕の彼への興味が恐怖に変わった。

そんな中で、じいちゃんが僕らを見ていることに気がついた。「友達か?いらっしゃい」と一言を残して早々に立ち去っていったが、画用紙売りを見る目が、いつものじいちゃんの目ではなかった。


ある程度画用紙売りの話が終わったので、なぜ僕の前に現れたのかと尋ねた。すると彼は、僕の家のリビングに案内して欲しいと言った。案内するなり1番日当たりとエアコンの当たり方がちょうどいい位置に厚かましくも座った。すると「いつもここにいたんだね、いい場所だ」と意味深な言葉を残した。

しばらくして、じいちゃんがリビングに来た。すると画用紙売りが足早にじいちゃんに近づいた。霊感の強いじいちゃんは、彼が霊であることに気がついていたのか、いきなり近づかれて後ずさりした。すると彼は、僕を見て「君に会いに来た訳じゃないんだ」と言って、じいちゃんに自分の眼鏡をかけた。かけられた瞬間、じいちゃんは一瞬怒っていたが、霊がかけたものだから外すことが出来なかった。すると、「お父さん」という声がどこかから聞こえる。さっきまで画用紙売りが座っていた場所に目をやると、ばあちゃんが座っていた。僕は驚きと嬉しさで言葉が出てこなかった。でも、じいちゃんは冷静にばあちゃんの隣に座った。2人は久しぶりに再開したのにも関わらず、一言も話さなかった。いや、多分色々詰まって話せなかったんだと思う。

そんな時に、画用紙売りが一言、「本当の僕の仕事は、未練を残して亡くなった人の願いを叶えてあげることなんだ」と僕に告げた。画用紙売りは、鼻から僕を通じてじいちゃんを見つけ、ばあちゃんを探そうとしていたらしい。


しばらくして、じいちゃんとばあちゃんは話し始めないものだから、僕は痺れを切らして「じいちゃん、ばあちゃんに何も無いの?」と、ややキレ気味に言った。するとじいちゃんは「なんだか、こうして2人で座っているのが久しぶりで、実感を噛み締めるのに精一杯なんだよ」と涙を浮かべて笑っていた。その姿を見て、ばあちゃんは顔を真っ赤にして泣いていた。僕は何も考えずに2人に抱きついて大泣きしてしまった。

少し経って、画用紙売りは消え、ばあちゃんも居なくなっていた。ばあちゃんが居なくなったことはすごく悲しかったが、じいちゃんはばあちゃんがいつも座っていたイスを見て、ほのかに笑うようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣合って @burokorisu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る