剣色の夢(連載版)

チャカノリ

プロローグ

第一話 夢

 耳が籠る真っ黒な視界で、泡立てて優しく流れる音が聞こえてきた。


 途切れることなく、永遠かに思えるように連なり、鼓膜を小刻みに揺らす。


 何も変わらないままの煌く聴覚と、どこまでも暗く閉ざされてしまった視覚。


 感じる二つの感覚のうち、煌く方は面白そうなのだから、もう一方が退屈に思えて辛抱耐えられない。


 心に従い、試しにゆっくり、瞼を開けた。


 目の前の川に、赤いシャツを着た少年が入っているのが見えた。川に流されそうでも腰を落として細い両足を踏ん張り、川底から何かを引き抜こうとしている。それも年齢に似合わず、顔中のしわを眉間へ集めるくらいむさ苦しい表情をして。


 ところでこの川、見覚えがある。特に少し曲がった流れ方。そこに気づいた途端、昔、家族の誰かと来てはよく遊んだ川であるのを思い出した。中学になって以降は、全く行かなくなったが。そして後ろを振り向けば記憶通り、赤土の岸に立つ神社の背中があった。


 少年の方も、どこかで見たことがある。褐色の肌に、黒い眉毛、光いっぱい反射して輝く瞳。その特徴は、まさしくアルバムの写真などで見た小学生の僕だった。でも、なぜ川の中に。



 ツルッ、ツルッ、ツルッ。



 なんども引き抜こうとしては、川の流れで手が滑る。だがついに手ごたえを感じて思わず目を見開く、川の中の僕。


 その時たくましい水柱が立ち、空気が入り混じった白さに少年は覆い隠された。


 しばらくして水の爆発が消えたとき、少年はいなかった。


 代わりに細長い光の剣が川底へ刺さり、柄を天へ向けていた。広々と照らす太陽の光や、一点に存在する北極星の光よりも輝き、赤白く水面を照らす。


 一体少年はどこへ消えたのか。それとも、あの剣に変化したというのだろうか。見渡してもほかにわかることはなかった。今できることは、川に刺さったあの剣を眺めるのみ。とはいえ光でできているのに、普通の剣みたいに掴めるものか、無性に気になってきた。


 変なことを考えてしまったばかりに、岸を降り、濡れることなんて気にせずに川へ入ってゆく。川の水は涼しさを越えて冷たかった。


 右の手のひらから、指の根元、そして指先へと剣の柄へ触れる。陽だまりのような温かさが段階的に伝わっていくにつれ、掴めたことを実感できた。


 もしこれが幼き日の僕が変化したのなら、一体なぜ変化できたのだろうか。ただの能力か、それか幼い僕はそもそもこの場にいなくて光の剣に幻影を魅せられていたのか、あるいは何かを今の僕に伝えたかったのか。例えば「これからどんな光景を見ることになるのか」という事など。


 手に持った光の剣を見つめていると、赤い刀身の形状が光り輝きながら移り変わってゆく。


 まずは、サバイバルで重宝しそうな短いナイフ。


 次に自分の腕ほどの長さをもつ洋風の剣。


 さらには、幅広の大剣。


 柄が手綱に付ける持ち手に変化し、赤い鱗をもつ巨大な何かに跨る感覚に陥ると、


 また大剣に戻ったうえに、今度は両腕が洋風の甲冑で包まれ、


 いつの間にか左に持った黄色の柄と、右の赤い剣を融合させて橙の剣を作り出す。


 何処から来たのか水色の日本刀を左に持ち、二刀流になると、


 一旦両腕ごと剣が消え、何回か打撃や斬撃を受けるも全く痛くないことに驚き、


 今度は左に持っていた水色の日本刀と赤い剣を融合させて紫色の剣に。


 紫色の剣に赤い盾を構えた姿になると、


 最初の短いナイフに戻って、また同じように変化が繰り返される。「これからどんな光景を見ることになるのか」と思った瞬間に形状変化し始めたのだから、本当にそう伝えているような気がしてならなかった。


 剣の変化の周期に見とれていると、後ろからいきなり、冷淡さのこもった女性の声が投げつけられてきた。


「それ、あたしのなんだけど」


「えっ!?」

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