第30話 再び家具を買いに
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プラスチックの衣装ケースなら耐用年数は約10年。合板のタンスなら約20年。桐タンスなら100年。桐タンスは職人の技が詰まった、非常に耐久性の高い家具である。
一眠りしたら午後にお出かけという計画は夕方まで木乃花が爆睡してしまったのでお流れになってしまった。継彦としては木乃花が無理をしなくて良かったと思う。『スーツ』の着装で呼吸を補い、アラクネとしての本来の運動能力を発揮するといえば自然な気はするが、やはりブーストをして無理な負荷をかけているのだと思う。
夕方になって木乃花が目を覚ましてどうして起こしてくれなかったのかと継彦を責めたが、継彦は苦笑いするだけだった。
彼女が寝ている間、継彦はいろいろなことを考えた。それは昨夜のテロ事件のことでも自身の幻覚のことでも国防軍の監視のことでもない。本来真っ先にしなければならないこと。新居生活を充実させることだった。
「煮込み料理をしたいんだよね」
木乃花は何を突然言い出すんだという顔をした。
「そりゃ美味しいごはんを食べるのは大切なことだけど……」
「あと家具も見に行きたい」
「前から言ってたね。実行できてなかったけど」
「明日はその両面でお買い物に行きたい」
「うん」
「というわけで今日はこれから晩ご飯を作ります」
「はい」
木乃花はきょとんとしていた。
継彦としては木乃花に早く日常生活に戻って貰いたかった。国防軍の仕事が木乃花にとって確立された本来の居場所だということは理解している。しかし継彦と木乃花は2人で生きていくことを選択した。今では国防軍が仮の居場所だということを木乃花に実感して貰いたいと思うのだ。
疲れているだろうから、豚肉を使った料理にする。豚肉のビタミンB1は疲労回復に効くし、タンパク質の補給にもなる。木乃花が出す糸の主成分はタンパク質だ。昨夜は大量に使ったことだろうから補給は大切だ。
大根を千切りにして豚肉と一緒に炒め、
木乃花は相当お腹が減っていたようで継彦が作ったおかずを山盛りのごはんで食べてくれた。晩ご飯の後片付けを終えて、お風呂に入ると木乃花は布団を敷いて準備万端で待っていた。
「さあ、がんばろう!」
「アザ、大丈夫?」
木乃花はパジャマの前をはだけ、継彦にアザを見せる。
お風呂上がりなので湿布は剥がしてある。お腹に1つ、肩に1つ、そしておっぱいに1つ、内出血して青くなっている部分がある。腫れは引いているようだ。
「1発がおっぱいで良かった」
「そういう問題じゃない」
「でも天然のアーマーになった」
「そりゃ内臓にも骨にもダメージがいかないけどさ」
継彦は苦笑するが、木乃花は得意げに答えた。
「自慢のおっぱいだから」
木乃花の大きなおっぱいはきれいに先端が上を向いていて、いわゆるロケットおっぱいと言われるものだ。いつ見てもきれいだと思うが、木乃花は今のうちだけだからという。そうかもしれないが、今はこのおっぱいを愛でる継彦である。
「さあさあ、始めよう!」
「雰囲気も何もない」
継彦は呆れながら、木乃花のおっぱいに手を伸ばした。
木乃花がまだ疲れていることを考慮して1回戦で終わらせ、2人は眠りに就いた。木乃花は不満そうだったが、また明日の夜があると継彦は説得した。
翌朝は割と早く目を覚まし、朝ご飯を適当に済ませ、家の中を軽く掃除してから2人は軽ワゴンに乗り込んだ。目的地は複数ある。リサイクルショップだ。この辺にも何軒かあるので継彦はハシゴするつもりだった。
リサイクルショップの1軒目で継彦は面白いものを見つけて木乃花に相談した。それは火鉢型の灯油コンロだ。円柱型の本体の中央に石油ストーブの燃焼筒があり、その上に五徳がついていて、火の調整ができる優れものだ。昨今は灯油の値段があがっているとはいえ、それでもまだプロパンガスよりは安い。
「おお。正に煮込み料理用」
木乃花は灯油コンロの仕組みを理解し、諸手を挙げて賛成してくれた。冬にはヤカンを掛けっぱなしにして暖房兼用にすることもできるだろう。
灯油コンロを購入して軽ワゴンに積み、次のリサイクルショップに向かう。
「本当は庭にカマドを作ることも考えたんだけどね」
継彦が運転しながら後席の木乃花に話しかけると、すぐに応えがある。
「それもしたければすればいい」
「一斗缶の空き缶が職場で貰えそうだからまずはチャレンジしてみる」
木乃花はうんうんと頷いた。
次のリサイクルショップは結構大きなチェーン店で、いろいろなものが置いてあり、新居を構えたばかりの2人には必要になりそうなものばかりに見えたが、今日は家具を買いに来たのだと頭を切り替え、2階の家具売り場に向かった。途中、ぬいぐるみコーナーがあり、木乃花が目が合ったと言ってその場に立ち止まったが、継彦は手を引いて新住人の加入を阻止した。
2階の家具売り場はとても広く、組み立て家具から大型の高級家具まで並んでいたが、継彦が目を付けたのは古い桐箪笥だった。
「こういう家具があの家に合うと思うんだよね」
「異議なし」
木乃花は値札を見る。1万円を切るくらいで大きさからいえば妥当くらいだと思われた。しかしかなり古い。色あせてるし、金具も錆びたところがある。
継彦はスマホで桐箪笥について調べてみて、頷いた。
「リメイクすることができるみたいだよ。古い桐箪笥は100年保つんだって」
「この桐箪笥は作られてから何年くらいかな?」
「さっぱり分からないけど3~40年くらいかな」
「ということは今、リメイクしてもう50年くらいはいけるかもってことか」
「50年かあ。DIYする人もいるみたいだよ」
継彦はそれも楽しいかなと思う。
「50年経ったら私たち、おばあちゃんとおじいちゃんだね」
木乃花は継彦をまっすぐ見た。
「そうだね。そのときまでこの桐箪笥を使えているといいね」
継彦は頷いた。
この桐箪笥を買うことはいつの間にか2人の中で決まっていた。一応、隅々まで見て、直せそうにない損傷がないことを確認し、お会計を済ませる。軽トラックを無料で貸し出すサービスがあるので、それを利用して後日、運ぶことにした。
継彦は軽ワゴンのハンドルを握りながら、再び木乃花に話しかける。
「今日はいいお買い物ができたね」
「煮込み料理楽しみだな」
「桐箪笥を直すのも楽しそうだ」
「いろいろ工具の類いを揃えないとならなさそうだけどね」
「それもまた楽しいし、ゆっくり揃えればいい。家具も急いで買うことないし」
「それまで段ボール棚が保てばいいけど」
「そうだね。家具をDIYしてもいいかな」
それらは継彦と木乃花の2人にとってごく日常のできごとになる。
様々なハードルを越えて今がある。まだまだハードルは控えているし、この先にも見えていないハードルはあるだろう。それでも1つ1つ、2人8脚で越えていけば、桐箪笥の寿命まで2人一緒にいられるかもしれない。いや、そうありたい。
いつまでもラブラブな夫婦で、半世紀後にはかわいいおばあちゃんとおじいちゃんになっていたいと継彦は心の底から願ったのだった。
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