第26話 展開、突入
【指向性プラスチック爆薬】
保管時は極めて安定しており、安全。信管を取り付けることで初めて爆発する。形成が容易なことでも知られ、爆発力に指向性を持たせる形に成形することで、建物などに突入する作戦の時に突入口を作るためなどに使われることが多い。
ACPと
「すっぴんなのにかわいいなあ」
「スタイルいいなあ」
「おおー あれが
などと一般道を封鎖する警官たちが遠くで口々に話すのが木乃花の耳に入ってしまう。かわいいとスタイルいいは褒め言葉だと思うが
「不知火姉さん、大人気ですね!」
隣を歩く太田軍曹が本気で言ってくるのだからタチが悪い。
「クイーンじゃなくてせめてプリンセスにして欲しい」
木乃花が心の底からそう言うと、太田軍曹だけでなく、他の隊員も笑った。
木乃花たちはファミレスから見えない方角の路上に立てられたイベントテントに案内された。どうやらここが、埼玉県警の作戦指令所らしい。隣のテントは通信車両とタープで一体化しており、首相官邸のテロ対策本部ともオンラインで繋がっていた。
如月中尉と県警のお偉いさんとの打ち合わせの後、作戦指揮の全権は特殊急襲部隊に委ねられ、テロ対策本部長――首相の承認がおり、突入作戦がスタートする。
ファミレスの正面では警察車両のハイエースの屋根の上にある車載スピーカーから、投降を促す説得作戦が始まる。もちろんこれはこれで本気の説得だ。投降してくれて人質も解放してくれるのなら何の問題もない。また、上空をヘリコプターが旋回を始めるが、これは警察の機体で、上空からの確認とテロリストの気を引く囮を兼ねている。
特殊急襲部隊は裏側に回り込み、民家の中を通ってなるべく気取られぬように注意しつつ、突入に最適な場所を決める。裏口から突入するフォワードの2人は民家の庭から敷地内に突入し、いったん、1階の駐車場スペースに身を隠す。ファミレスの防犯カメラが生きていて、テロリストたちが見ている可能性を考慮し、死角を意識する。これも図面があってこそできることだ。
一方、厨房の外壁を爆破して侵入する予定のミッドフィルダーの2人――木乃花と太田軍曹は民家の屋根の上に上って、そこからファミレスの屋根の上に飛び移る計画だ。
如月中尉を含むバックスの2人は裏口に上る外階段が見える場所で、フォワードの突入をバックアップするために待機している。
無線からは向坂少尉の声が聞こえてくる。テロリストの1人が正面の様子を確かめようと窓際に姿を現し、すぐに消えたということだった。テロリストが正面を気にしているのが分かり、いい線で作戦が進んでいると木乃花はやや安堵した。
『総員、フェイスガード装着』
如月中尉から無線が入った。
「ラジャー」
木乃花だけでなく、他の隊員も無線を返し、ヘルメットのフェイスガードの装着ボタンを押す。この作戦では
「太田軍曹。ここ、上るよ」
民家の前で木乃花は屋根の上に上がろうと見上げる。普通の木造2階建てだ。酸素吸入を補機で十分に行えている木乃花にとってはそれは何の支障もないことだ。
「ラジャー」
太田軍曹の返答を確認し、右手の糸射出口から糸を飛ばし、2階の軒に付ける。それをガイドに木乃花はするすると屋根の上に上る。スーツが準化学兵器防御ではなく、素足むき出しの設定であれば糸なしで上ることも容易なのだが、今回はそうも行かない。続いて太田軍曹も木乃花が出した糸を伝って屋根の上に上る。
民家の屋根の上でファミレスの様子を窺う。こちら側の窓はトイレのそれしかないが、見られていないとも限らないので棟越しに注意して見る。
「蜘蛛の糸、便利ですね」
「太田軍曹、私語は慎もう」
「了解しました」
太田軍曹は優秀な子だが、他人との距離感がバグっているところがあり、訓練中でもそれを感じることはあったのだが、実戦でもこうとは思っていなかっただけに木乃花は戸惑った。まあ余裕がある証拠なのだろう。
ヘルメットのカメラを望遠モードにして、トイレの窓の中を確認する。HUDに望遠映像を映し出すと、様子を窺う人の顔の一部が見えた。木乃花は太田軍曹に意見を聞く。
「どう思う?」
「明らかに女性ですね」
「人質がトイレに閉じ込められていると判断できるね」
池袋のテロ現場で得られた防犯カメラの映像からはテロリスト4人全員が男性であることがわかっている。
『有用な情報です。情報共有します』
向坂少尉が木乃花と太田軍曹が得た望遠映像を特殊急襲部隊と埼玉県警の作戦本部に配信する。如月中尉から無線が入る。
『数、分かるか?』
「この距離でこの暗さだとちょっと……」
『ドローン飛ばします』
向坂少尉から無線が入り、1分後、CCVからドローンが飛び、トイレの窓の中を撮影する。人質に騒がれても困るので撮影は一瞬だったが、少なくとも3人いることが分かった。朗報だ。テロリストと人質が離れていれば難易度が下がる。
『不知火曹長、目標の屋根に音無く跳べるか? 人質に気付かれないように』
「ラジャー」
木乃花は糸をファミレスの屋根に飛ばし、先にその糸を伝わせて太田軍曹を行かせ、2人が静かに乗り移ったあと、糸を切る。
『索敵できるか?』
「ラジャー」
木乃花は脚の感覚器官で人では感知できない微細な振動も感知できる。訓練次第で壁越しでも屋根越しでもある程度の索敵が可能になるのだ。これが木乃花がすんなり除隊できなかった理由の1つだ。スーツ越しなので感覚は鈍っても、それを補正する機能が外装に付与されているので、実用レベルに達している。
木乃花はHUDに表示された図面に視線でメモを描いていく。事務室の中に6人。裏口のドアの前に2人。テーブルスペース側の入り口に1人。トイレに3人。情報より総数が少ないのは動いていないのか殺されたのか。それを判断する術はない。
『厨房側に誰もいないのはありがたい。フォワード突入後、ミッドフィルダーはテーブルスペース側の入り口を制圧、その後、挟み撃ちにできれば最高だ。残り1人は事務室で人質を見張っているのか、そこは不確定要素だな』
如月中尉はそう言うが、想定通りにいかないのはいつものことだ。予想外の事態はいつでも起きる。如月中尉はフォワードとミッドフィルダーに爆薬の設置を指示する。
木乃花は糸でぶら下がり、HUDに表示される図面の位置と照らし合わせながらペットボトルキャップくらいの大きさのプラスチック爆薬を直径1.5メートルほどの円を描いて外壁に貼り付け、真ん中にも貼り付ける。各プラスチック爆薬を導線でつなぎ、電気信管と接続。太田軍曹にも降りてきてもらい、チェックを頼む。問題はなし。再び屋根の上に戻る。あとは突入の指令を待つだけだ。
正面では埼玉県警が投降の呼びかけを続けている。呼びかけがウザったいのか、単に狙撃される可能性は無いと踏んだのか、テロリストが1人、再び正面に様子を見に来た旨の情報が向坂少尉から無線で入った。突入のタイミングとしては絶好だ。1人でも抵抗が減ればそれだけ突入の成功率が高くなる。木乃花も太田軍曹もそれは理解している。
緊張が高まる。
落ち着け、訓練通りにやるだけだ。
木乃花は自分に言い聞かせ、ゴーサインを待つ。
遠くで発砲音がした。
『突入!』
如月中尉から無線で指令が下された。
木乃花が信管のボタンを押したその直後、無事、起爆の振動と閃光が屋根の下方に確認できた。ほぼ同時に裏口の方からも爆音が聞こえた。木乃花の糸を使って太田軍曹が突入口まで降り、爆破で空いた穴から突入し、間髪入れずに木乃花も内部に突入した。
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