第24話 特殊急襲部隊分遣隊、出動

装甲兵員輸送車A C P

 国産の6輪装甲車。分遣隊の隊員とその装備のほとんどを積載することができる。特殊急襲部隊分遣隊のAPCは木乃花が搭乗できるように改装を施してある。




 木乃花はスーツの着装もそこそこに、集落の中の暗い道を走っていく。あとからつばめが来ると言っていたが、東京湾横断道路の側道のそばにある水神社まで来てようやく、つばめの折りたたみ電動スクーターが追いついてきた。木乃花がLEDのヘッドライトに照らし出される。


 つばめの折りたたみ電動スクーターはそのまま側道に入り、避難帯にハザードランプを点滅させた装甲兵員輸送車A C Pの後ろに停めた。ACPのリアハッチは既に開いている。


「西宮、いや、不知火曹長はこっちに」


 つばめが木乃花にそう促したあと、ACPの前に停まっている指揮通信車CCVの方に回り、電動スクーターを折りたたんで車体後面のキャリアにジョイントすると側面の扉から車内に入った。


 木乃花がACPの中に入ると自動的にリアハッチが上がり始め、それが閉まりきる前にACPが動き出した。


「不知火曹長、早速済まないな」


 兵員輸送区画には車体内部壁面に沿って折りたたみベンチが備え付けられている。その1番奥に腰掛けていた分遣隊の隊長、如月中尉が木乃花に声を掛けた。もちろん分遣隊の他の隊員も勢揃いで腰をかけている。


「とんでもない。こちらこそ、訓練不足で皆さんの足を引っ張らないよう全力を尽くします」


 木乃花の待機スペースは大きく空いている。そこに陣取り、木乃花はスーツの着装チェックを続ける。1番若手の、木乃花よりも年下の太田軍曹が席を離れ、天井に頭をぶつけないよう気を付けながら、木乃花の側までやってきて言った。


「チェックお手伝いしますよ」


「ありがとう。よろしくお願いするね」


 木乃花は笑顔で太田軍曹に応える。


 ブーツのチェックを頼み、自分も上半身のボディアーマーに袖を通す。糸を通すパイプを蜘蛛の下半身部分のアーマーと接続し、酸素の補機も腰につける。そろそろ任務内容を聞いておきたいところだと思ったところで、耳の中が変になったのを感じた。どうやら東京湾トンネルに入ったらしい。ACPの兵員輸送区画には窓がないのでどこをどう走っているかはわからないので、運転区画との間に備え付けられている大型ディスプレイに目を向ける。画面にはカーナビの情報がミラーで表示されている。ACPを示す光点は東京湾トンネルの入り口あたりで停まっている。どうやらやはりトンネルの中のようだ。


 ディスプレイが一旦消えたあと、テレビ中継の映像に切り替わる。テレビの中継映像は、建物の屋上から地上を撮影しているらしく、暗い中での望遠のため、少し解像度が低い。映し出された地上の光景は、非常線が張られた中、警察官や消防隊員が慌ただしく動いているところだ。緊急車両もいっぱい停まっているのがわかる。周囲の建物の看板類から察するに、このところ全国の至るところで形成されつつある、ミニ中華街の1つのようだ。


 そしてすぐに車内スピーカーから指揮通信車に乗っているつばめ――向坂少尉の声が聞こえてきた。


『後から合流した不知火曹長にも分かるように再度、状況を説明します。続報もあったので、それは後ほど』


 ディスプレイにテキスト情報が表示され、木乃花はスーツを着つつ、その情報に目を通す。


 基本、テロの即応部隊である特殊急襲部隊が出動するのだから、当然今回も対テロリスト作戦だ。テロの現場となったのは池袋駅北側のミニ中華街。その中でも老舗の中華デパートが目標になったらしい。日夜を問わず多くの中国人が訪れる、ある意味中国人のコミュニティの核となっている施設であるため狙われたらしい。警備が厳しい本国でテロを起こすより、外国にいる中国人を狙った方が、テロを起こしやすいと判断されたわけだ。目撃情報や防犯カメラの映像の解析によると犯人は4人。中華デパートの中で銃を乱射した挙げ句、手榴弾を炸裂させ、テレビの中継映像のような大きな事件となった。死者は分かっているだけで16人で、負傷者に至っては50名を超しており、日本人も負傷していることがわかっていた。


 台湾かウイグルの独立派のテロか、はたまたイスラム過激派を装った政治力学的テロだろう、と木乃花は見当をつける。米軍の撤退以降、東アジアは荒れすぎている。


 犯人たちはその場に乗り付けていた車で逃走し、北上して都県境を越えて埼玉入りしたが、警視庁および埼玉県警の追跡を受けて追い詰められ、現在はファミリーレストランに人質をとって立てこもっているということだった。そこまではまだマスコミの知るところではないらしく、先ほどの中継画像では薄し出されていなかった。


 木乃花の耳の違和感が解消され、トンネルを出たことがわかった。


「人質がいるんですよね」


 分遣隊副官の桜木少尉が向坂少尉に聞いた。桜木少尉は軍大学校をトップクラスの成績で卒業し、対テロ作戦の現場部隊に志願したという変わり種らしい。


『埼玉県警につながった110番通報によると死者も出ているけど、逃げられたお客も大勢いて、そのときの人質は11人だったとのことです。その後、通報者からの連絡は途絶えましたが、スマホを取り上げられたか、殺されたかは定かではありません。埼玉県警の外部からの観測でも10人前後という観測結果だそうです。埼玉県の特殊部隊も急行中ですが、県警の手には余るとの判断で応援要請がありました』


「いい判断だな」


 フォワードの皆川曹長が呟いた。テロの場合、普通の立てこもり事件とは違って、時間との勝負になる。皆川曹長は2種での合格だが、主席で訓練施設を卒業し、将来が期待されている若手だ。士気の高さは分遣隊一かもしれない。


「現場の映像は?」


 分遣隊の中で最もベテランの榊原曹長が向坂少尉に聞いた。


『出します』


 ディスプレイの映像が切り替わり、よくある下が駐車場で2階が店舗のファミレスが映し出される。榊原曹長は頷く。


「この手のファミレスなら内部構造はだいたい同じだ」


『オーナー会社に図面を用意して貰っているところです』


「早急にな」


 如月中尉が向坂少尉に念を押した。立てこもっている建物の構造がわかっているのとそうでないのとでは大きな差がある。普通のファミレスだからこうだろうという思い込みは排除する必要がある。


 この手の立てこもりの場合、強行突入なのだろうな、と木乃花は考える。普通の立てこもり事件であれば、眠気を覚える時間帯を狙ったり、人質の解放を呼びかけつつ犯人の心理状態を察しながら突入の判断をするところだが、テロの場合はそうではない。テロリストたちは人を殺すのにためらいはないし、人質を平然と盾に使ってくる。人質が元気なうちに突入し、人質が逃れられるチャンスを作りつつ、犯人を制圧する方法が最終的に1番死者を抑えられるのだ。マスコミにいかに叩かれようと、迅速な制圧劇を見せることで、日本に優秀な対テロ部隊あり――そう易々とテロに屈しないという強い意思を世界に示す必要があった。


 犯人は4人。車で逃走したというが、防犯カメラの映像からハイエースクラスの車だったことが判明している。ハイエースクラスであれば大型キメラも余裕で乗れる。向坂少尉が掴んでいた情報が本当であれば、その4人のうち1人が大型キメラで、特殊能力を持っている可能性がある。そのキメラがどんなタイプなのか分からない以上、全ての可能性を考慮する必要がある。気が重い話だ。


 勤務形態が変わってからの一発目がこんな事件とはね……と思い、木乃花は心の中だけで嘆息する。チリコンカンもろくに食べられなかった。でもきっと継彦くんは残しておいてくれてるよね、と思いつつ、木乃花は向坂少尉からの次の情報を待つのだった。

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