第12話 継彦、初恋の女の子と仲良くなる
【初恋】
もろく、儚く、そして甘酸っぱい物(私見)
深窓の美少女と初めて会話を交わしたあの初夏の日から、継彦の地図が広がることがなくなった。その代わりに継彦は毎日、放課後は古い洋館に通った。もし窓際に彼女の顔が見えたら、敷地の中に入って窓越しに会話をかわし、見えない日はそのまま家に帰った。
女の子は名前を
なるほど、だから初めて彼女を見たんだ、と継彦は納得した。なにしろほぼ一目惚れ同然で、すぐに恋の「好き」だと自覚した相手である。外見だけでなく、性格もかわいらしく、継彦はすぐに木乃花に夢中になった。小学校の友達に遊びに誘われても、木乃花に会いに行くのが優先で、彼女がいなかったとき、後で合流するような感じだった。付き合いが悪いと言われ始めても、継彦はそのうち埋め合わせするからさと、せっせと古い洋館に通った。
その甲斐あって結構仲良くなったつもりだったが、木乃花は窓から顔を出してくれても、継彦を家の中に招き入れることはなかった。だが、そんなことは継彦にはどうでもよかった。話ができて、一緒に携帯ゲームができて、時には読んだ本の感想なんかを言い合えれば、それで十分だった。
ある日、木乃花が不思議そうに継彦に聞いた。
「どうして不知火くんは毎日のようにうちに来てくれるの?」
他にすることがないの、みたいな聞き方だと継彦は感じた。実に心外である。
「今、1番楽しいのは西宮さんとお話をすることだから。最優先なんだよ」
継彦は窓から顔を覗かせる木乃花を見る。木乃花はニコニコしている。
「私もこの時間が1日のうちで1番楽しみ!」
恋する美少女にそんな風に言われて継彦が舞い上がらないはずがない。
「……そんな風に言ってもらえても、その、大したことしてないよ」
「そんなはずないよ。こうやって直接お話ができるお友だちができるなんて今まで思ってなかったんだから」
友だちと木乃花に言われ、継彦はさらに上空高く舞い上がった。
「そっかぁ! 友だち、友だちなんだ、僕……」
「……友だちになってなかった? 私、友だちいないからどうしたら友だちになれるのかわからなくて……」
木乃花の表情を曇らせてしまい、継彦はハッとして言い足した。
「西宮さんが僕のことを友だちだと思ってくれるんなら、嬉しいよ」
木乃花は窓枠に肘を置き、頬杖を突いて継彦を見下ろした。
「よかった……」
よかったと思えるのは、継彦の方も同じだ。
「ねえ……体調がいいときに外出したりしないの?」
継彦は、友だちと思って貰えているのなら、次は一緒にどこかに遊びに行きたくなる。こうして家に来てお話しすることで親密度を上げることは大切だが、やはりデートなるものをしてみたい。しかし木乃花から返ってきた応えは寂しいものだった。
「……うん。しないね」
「そうなんだ」
「外に出ることは滅多にない」
木乃花自身も寂しげな顔をしていた。
「あの日、どうして外を見ていたの?」
継彦は初めてこの古い洋館の前に来て、窓から木乃花を見たときのことを聞いた。
「鳥さんを見ていたの」
「鳥……」
「あの日、あんまり見たことがない鳥がうちの庭に来ていたの。普段くるのってスズメとカラスとムクドリにハクセキレイなんだけど、あの日、チョウゲンボウが来てたの」
「チョウゲンボウ……」
「ハヤブサの仲間。ホバリングっていって空中停止していたの」
木乃花はずいぶんと野鳥に詳しいようだった。
「詳しいんだね」
「興味があったら今度、鳥の図鑑を貸してあげるね。眺めていたらきっと不知火くんも鳥に詳しくなるから」
木乃花は得意げな顔をして継彦を見た。2階の窓から訪れる鳥だけが彼女にとっては来訪者だったのだろう。しかし今は自分がいる。継彦自身、木乃花の歓迎される来訪者になれたことを喜ばしく思う。継彦は頷いた。
「今日は何して遊ぶ?」
「対戦カードゲームをしよう」
「やったことないし、外に出られないから……」
「携帯ゲーム機でできるんだよ」
「そうなんだ。やろう。やってみたい。教えて!」
「もちろんさ……」
継彦は窓の下の壁に寄りかかり、携帯ゲーム機を取り出す。すぐに木乃花の携帯ゲーム機が接続してくる。木乃花もカードゲームを好きになってくれたらいいと思いつつ、まずはチュートリアルからゲームをスタートしたのだった。
6月下旬になり、梅雨の時期になった。さすがに雨の日は、継彦も西宮邸に行くことはなく、しばらく会えない日が続いたが、その分、晴れた日に会えることがとても嬉しかった。
しかしその梅雨の合間の晴れの日も気温が相当上がってきており、このまま酷暑に突入するという予報だった。継彦が洋館の中に入れて貰えなくても、せめて木乃花が庭に出てきて、2人で木陰で過ごせればいいのだが、木乃花は頑なに家の外に出ようとはしなかった。
この頃にはもう小学生の継彦でも彼女には事情があるのだと考えるようになっていた。虐待を受けていて足に鎖を付けられているとか、実はアンドロイドで外では電源供給ができないから家から出られないのだとか荒唐無稽な想像をした。しかし木乃花の笑顔から考えるに、そのどちらでもなさそうだった。
考えられるとすれば下半身に障害があることで、それを継彦に見られたくない、ということだ。もしそうだとしたら、そして彼女がそれを見せたくないと思っているのであれば、その気持ちを尊重しなければならないと継彦は考えていた。だから窓の向こう側をのぞき込むなどもってのほかだった。
大切なのは彼女の気持ちだ。彼女が継彦に会うのを拒んだら最後、この関係は切れてしまう。かといって暑さに負けて西宮邸の訪問を辞めてしまっても関係は切れてしまう。暑さに負けずに通い続けるしか、今のところ方法は思いつかない。
そんなある日、いつも木乃花が顔を出す窓の上に日よけタープと椅子が設置され、日陰で木乃花と遊べるようになった。家の人も継彦のことを気にかけてくれているようだった。
継彦が来ると木乃花は冷たい麦茶をくれ、継彦は喉を潤し、それから学校であったことを話した。木乃花は相づちを打ってそれを聞いたあと、ようやく遊び始める流れが夏休みまで続いた。
「明日から夏休みだね」
木乃花が継彦に言った。
「うん。いろんなことができるね。楽しみだな。早く宿題を終わらせよう」
「私も早く終わらせよう」
「夏休みは何か予定あるの?」
継彦の問いに木乃花は首を横に振る。
「じゃあ僕と同じだね。ここに来る以外の予定はないよ。ああ、でも、花火大会は見に行きたいかな」
8月上旬に近くの河川敷で行われる花火は多くの人で賑わう。この辺では1番大きなイベントなので、木乃花と一緒に花火を見に行きたいと継彦が思うのは当然のことだ。しかし木乃花は寂しそうな顔をした。
「……そっか。私も行ければよかったのにな」
やはり一緒に行っては貰えないようだ。
「じゃあ、僕もいかない。そのかわり、この庭で一緒に花火をしようよ」
「花火?」
「したことない? お店で売ってるやつ」
「……したことない」
「そうなんだ……」
花火すらしたことがないなんて、彼女の保護者は彼女をどうしたいのか、継彦には見当が付かなかった。木乃花は寂しげな笑顔を継彦に向けた。
「してみたいな……花火」
「やろうよ」
「でも、不知火くんに嫌われたくないから……」
木乃花の言葉には諦めの色が滲んでいた。
「嫌いになんかならないよ!」
こんなに好きなのに、木乃花を嫌いになるなんていう事態を継彦は全く想像できない。彼女とは話が弾むし、ゲームをしていても楽しいし、何より一緒にいると嬉しかい。恋の感情だと完全に分かっていたし、いつかは恋の感情を告白したいと思っている。なのに、一緒に花火をするだけで僕が彼女のことを嫌いになるかもしれないなんて、どういうことなんだろう。分からない。
「本当に? 絶対に?」
「絶対に。約束するよ」
木乃花は約束という言葉に強く反応した。
「嫌いにならなくても、怖がったり、気持ち悪がったりするかもしれない」
木乃花のブルーグレーの瞳には不安の色が浮かんでいるように見えた。
「意味わからないよ。西宮さんは怖くもないし、気持ち悪くもない」
継彦は強い語気でそう答えてしまったが、木乃花の瞳の不安げな色は消えない。これ以上、何かを言ったら彼女が泣き出してしまいそうで、継彦は口を噤んだ。
継彦が木乃花の不安の理由を知ったのは、もう少し先、花火大会当日のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます