第7話 新居での初めての夜です
【電子義足】
義足の中でも動力付きのものを指す。コンピューター制御で使用者のクセを学習し、自然に歩くことができるように進化し続けている。
無事、木乃花と継彦はご近所の挨拶回りをコンプリートしたが、ご近所さんの反応は想像通りだった。恐ろしい怪物と――気持ち悪い巨大な虫として木乃花を見る彼らの視線は、彼女にとって現実の刃にも匹敵する鋭さを持つ。その刃から逃れたくて国防軍に入った木乃花だった。国防軍での訓練は厳しく、任務は過酷だったが、国防軍の中には不必要な差別もなければ、無知故の偏見もない。それは木乃花か最前線で通用する貴重な戦力だったことも関係していたのだろうが、差別と偏見がない世界は木乃花にとって心地のよいものだった。
しかし今、木乃花は俗世にいる。ここは自分たちの周囲3メートルくらいのことしか考えられない狭量で偏見を持つ人々の世界だ。この世界で継彦と生きていくのであれば、それらと戦わなければならない。しかし、銃弾でもファイティングナイフでも倒せないそれらの敵とどうやって戦えばいいのか、今の木乃花には分からない。
不安で仕方がない。だが、その不安を木乃花は押し殺せるし、忘れることもできる。継彦がそばにいてくれるからだ。1度は諦め、木乃花は彼の下から去ったこともある。それでもやはり諦めきれなかった。そして継彦と共に生きることを選択し、この世界に戻ってきた。だから今、こうしていられる。諦めなくてよかったと心から思う。
今日の夕ご飯は結局豪華にも腕を揮ったものにはならず、簡単カレーだった。適当に温野菜を電子レンジで加熱して、肉は別に炒めて、混ぜ合わせ、塩とカレー粉とケチャップで味を調える。それだけで立派なカレーになるものらしい。継彦は1人暮らしの時、よく作っていたということだった。実際、きちんと美味しいカレーになっていた。しかもお店で出るような。市販のルーを使うより本格的だと思った。
食事を済ませ、洗い物は木乃花がやり、その間に掃除を兼ねて継彦がお風呂に入るという。木乃花にとっては絶好のチャンスである。手早く洗い物を済ませ、自分が持ってきた荷物をとりに、和室に行く。段ボール棚に整理して置いておいたお陰で紙袋に入ったそれはすぐに見つかった。紙袋から小さな箱を取り出し、0.01㎜の表記を確認し、木乃花はほくそ笑む。
はっ、と木乃花は気付いたことがあった。まだ家のどこもかしこも開けっぱなしで網戸にしている。長く住んでいなかった家なので換気したかったからだ。いかに田舎とはいえ、開けっぱなしは防犯上よろしくない。ぐぐ。せっかくのチャンスなのにと思いつつも、木乃花は急いで雨戸を閉め、戸締まりを確認する。もちろん、玄関の鍵も掛ける。
よし。これでよし!
木乃花は洗面所に急ぐ。風呂場の方を見ると水を掛ける音がしたのでまだ、浴槽を洗っているのか、それとも身体を洗っているのか。とにかく間に合った。
木乃花はパパッと着ているものを脱ぐ。まずは上半身から。服を畳まず、そのまま洗濯機の洗濯槽に。ブラはあとで洗濯ネットに忘れずに入れよう。今は時間がもったいない。継彦に風呂を上がらせるわけにはいかない。驚かせるのだ。
ブラを外し、大きな乳房がぼろりとこぼれる。木乃花自慢のおっぱいだ。顔が可愛いという自覚はあるが、このおっぱいも相当なものだと思う。70のE。もうちょっとでFだ。身体を鍛えているから垂れていないし、張りもある。先端も形がととのって淡いピンク色で上向き。継彦が大好きなおっぱいだ。継彦がおっぱい好きで本当によかったと思う。
むむ。確かに腹筋の割れが甘くなっている。最近、食べ過ぎだ。運動しなくなったのに食べる量は同じ。これはよくない兆候だ。
そしてパンツも外す。蜘蛛の下半身とのつなぎ目のやや上の部分にある女性器を守るためのものだ。固定するためにいわゆる紐パンの形状になっている。これもあとで洗濯ネットに入れよう。キメラ専用の下着は高いし、種類が少なく、選べないのだ。市販品を改造したり、自作することもよくある。大切に使わねばならない。
あとは靴下である。靴と違って、人間でいう膝の上まである長い靴下を履いているので脱ぐのに時間がかかる。
うお。なんか継彦くんが風呂場で立つ気配がする。手すりに掴まったようだ。義足を外しても自立して動けるよう、行政の助成金を使って事前に浴室内に手すりを設置した。なにはともあれ急がねば。
脱いだ靴下をポイポイと洗濯槽に投げ、いざ、風呂場へ。
引き戸をがらりと開け、木乃花は高らかに宣言する。
「継彦くーん! お背中流すね~~」
継彦はようやく浴槽内に身を沈めたところで、縁に掴まりつつ全裸の木乃花に目を向けた。
「うわあ。想像したより来るのが早かった」
「身体洗った?」
「うん。もう洗った」
「残念。おっぱいで洗ってあげられたのに」
「初日からそんなはしゃがなくても大丈夫だよ」
「初日だからはしゃぐんだよ!」
「ごもっとも」
継彦は笑った。
木乃花は浴槽に桶を入れ、お湯を身体にかける。
「天気がよかったから水で薄めないと入れなかったよ」
「ガス代の節約になっていいよね」
この家はプロパンガスを使っている。都市ガスと違ってプロパンガスは高価なのでガスの節約を意識しないとならない。幸いこの家にはもともとソーラー温水器がついていて、天気がよければお湯を豊富に得られる。ただし沸かし直しするとガス代がかかるので、1回ごとに湯水を入れ替える必要がある。そこで継彦は、水道代を節約するために、浴槽のお湯を利用する充電式の簡易シャワーを取り付けた。継彦はいろいろ考えるものだ。
この家のお風呂場と浴槽はとても広い。前の所有者が広い風呂好きで助かったと思う。タイル張りにステンレス浴槽という昭和感が漂うものだが、大型キメラの木乃花でも十分湯船に入れる大きさで、この家を購入する決め手の1つになった。
「背中洗ってあげようか」
「ううん。大変だからいいよ。体力はこの後に残しておいて」
「う。方針が定まっているから返事が早い」
片足の継彦が木乃花の背中や蜘蛛の下半身を洗うのはとても大変な作業になる。木乃花は身体洗い専用の、デッキブラシのようなアイテムで自分で身体を洗う。継彦に体力をとっておいて貰わないと困るのは木乃花だ。木乃花は身体を入念に洗い、シャワーで泡を流す。その様子を継彦はじっと見ていた。
「一緒に入れる?」
「うん。じゃあ、もう少しだけ浸かってる」
木乃花は髪の毛を洗うのを後回しにして、浴槽に浸かる。ざぶんとお湯が縁から流れるがそれほどでもないのは、継彦があらかじめ木乃花が入ることを計算してお湯を張ったからだ。大きな浴槽だが、木乃花と一緒に入るとなると継彦は狭い思いをしないとならない。しかしその狭さすら新婚さんにはご褒美の1つだ。
「ラブホテルでもないのに一緒にお風呂に入れるなんてスゴいね!」
「もう当分、ラブホテルの設備表示とにらめっこすることはないね」
「たまには行こうね」
「露天風呂付きとかまた行きたいね」
「あれはよかったね」
大型キメラが露天風呂に入れる機会があるとすれば、家族風呂かラブホテルになってしまう。どうせラブホテルを使うなら、露天風呂付きがいいと木乃花は思う。
「ふふ。いろんなことできるね」
「それは今夜のこと?」
「ご近所さんまで声は届かないと思うよ」
「もう! 継彦くんったら!」
声を出すのは木乃花の方だ。木乃花は愛の営みを思い出して真っ赤になってしまう。
お湯越しでも継彦自身が大きくなっているのが確認できる。アラクネの身体である自分に反応してくれているのがとっても嬉しい木乃花だ。
「0.01mm持ってきてるよ!」
「いや、あがってから、あがってから」
継彦は縁を持って力を込めて立ち上がり、手すりを伝って壁添いに脱衣所に向かう。
「あがっちゃうの!?」
「もう茹でダコだよ」
継彦はそう言い、風呂場から出た。
エッチなことはできなかった。残念!
浴槽から出て、髪を洗い、大急ぎで風呂場から出て、身体を拭いてバスタオルを身体に巻き、ドライヤーで髪を乾かす。
継彦くんはまだ元気だろうか。いや、元気でなくても自分が元気にすればいいのだが。
髪が大体乾くと、木乃花はダッシュで洗面所を後にする。
和室に行くと継彦は布団を用意して待っていてくれた。
「継彦くん! お待たせ!」
布団の前に座布団を置き、電子義足を前に放り出し、あぐらをかいていた継彦はその声に振り返った。木乃花は声を上げる。
「さっそく子作りしよう!」
「それはまだ先」
継彦は新卒社会人だ。子どもを作るのはちょっとまだ早い。
「じゃあ、子作りの練習をしよう!」
木乃花はとっても前向きだ。継彦はちょっと苦労して立ち上がり、バスタオル1枚しか身にまとっていない木乃花の前に立つ。
「そうだね……いっぱい練習しよう」
そして木乃花はワクワクしながら継彦を待ち、瞼を閉じる。
数秒後、木乃花は継彦の唇の感覚を、思う存分、味わったのだった。
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