第6話 がんばって片付けるぞ

【カフェイン】

 天然由来のアルカロイドの1種。興奮作用を持ち、世界で最も広く使われている精神刺激薬。蜘蛛には特に興奮作用が認められ、服用させると巣を作れなくなることで知られる。




 何から片付ければいいものか、継彦は大いに悩んでいた。継彦が東京の下宿先から持ってきた荷物と木乃花が御殿場の宿舎から持ってきた荷物とが混在して整理がついていない上に、食器類を慌てて探したために混乱に拍車がかかっている。広い14畳の和室に段ボールが山積みだ。


 宿舎で暮らしていた割には木乃花の荷物は多い。自分の段ボールにはマジックペンで中身を書いてあるので分かるが、木乃花のそれには書いていない。国防軍の食料品が入っていた段ボールなので見分けが付くのだが、中身が分からないのは困る。優先順位がつけられない。


「このはちゃん……」


「はい……」


 木乃花は継彦が何を言わんとしているのか分かる様子だった。


「僕の仕事が始まるまでまだ1週間はあるからね。その間に目処をつけないと」


「はい……がんばります」


 木乃花はたまった有休を使って新居に来ている。4月1日からは肩書きは予備役の非常勤で、時間はかなり自由だが、一緒にいる間に片付けた方がいいに決まっている。


「こんなに段ボールがあって何が入っているの?」


 軽のパネルトラックの積載量はかなりのものだ。家具・生活家電なしでそれが満載だったのだから一体何を持ってきたのか。木乃花は恥ずかしそうに俯いて応えた。


「……お友だちです」


「まずはそのお友だちにひなたぼっこして貰うか」


 少しくらいは継彦にも見当が付く。木乃花はぬいぐるみが大好きなのだ。継彦はまずは数があるものを片付ける作戦を採用する。継彦が国防軍の段ボールを開けると、中には2、3個ずつぬいぐるみが入っていた。丁寧に取り出し、縁側に並べていく。


「日焼けしない程度にね……」


「これはもしかしてぬいぐるみ部屋が必要な量?」


「そんなわけないでしょ。宿舎の個室に飾っていたんだから」


 それでも相当な量だ。南側の縁側にずらりとぬいぐるみが並ぶ光景は壮観だ。思わず継彦は写真を撮ってしまう。


「気持ちよさそう」


「定期的に虫干しをしよう」


 ぬいぐるみはダニの住処になりやすいと継彦は何かで読んだ覚えがあった。一応、そのことは木乃花には言わない。木乃花は並んだぬいぐるみを見てご機嫌だ。


「縁側があると便利だね」


「このはちゃんのお友だちたちに挨拶しないと」


 継彦は1体1体を見ていく。オリジナルの動物系からアイドル風の「ぬい」やキャラクターものまで様々だ。


「目が合うと『連れて行って』って言われているみたいで、つい増えてしまうんだよね」


「この家が広いとはいってもほどほどにね」


 木乃花は苦笑いする。自信が無いようだ。ぬいぐるみが売っている場所には行かないことがぬいぐるみを増やさない1番の予防策になりそうだ。


 継彦は開梱に使っていたカッターを使って、段ボールの外フラップと内フラップの端を少し切ると内側いっぱいに折り込み、布ガムテープできっちりと止める。その様子を見ていた木乃花は首を傾げた。


「なに始めたの?」


「まずはこの段ボールを利用して仮の棚を作ろうかと思って。ほら、この家、家具、ほとんどないだろう。でも急いで買うのはちょっとなーって思って。国防軍に納入している段ボールだけあってミカン箱くらい丈夫そうだし」


「そんなものですか」


「このはちゃんも作る?」


「難しそうなことなさそうだし、じゃあ、作りますか」


 木乃花も段ボールのフラップの端を少しだけ切り、内に織り込む。内に織り込むことで構造としても強くなる。もちろん開いている方は支えがなくなるので重みに弱くなる。15分ほどで9個の段ボールの細工が終わり、3x3の段ボール棚が完成する。段ボールと段ボールもしっかり布ガムテープで繋いでおく。


「仕切りができたらもっと丈夫に、便利になるね」


「家具を買うまでの間は使い勝手をよくしていこう」


 そして2人は開梱作業に戻る。棚を作ったので、ジャンルごとに分けて置いておけるので、開梱作業がはかどる。2人がそれぞれ持ってきたものの精査もできる。


 開梱して整理して空き箱が増えたらまた同じ作業だ。今度は台所に置く用にする。台所用の食器棚すら、今の家にはない。もっとも最低限の食器しかないので、とりあえずは段ボール棚1列分くらいで鍋とフライパンを含めても足りそうだ。洗面道具も見つかったので洗面台に持っていく。


 食器類が入った段ボールも追加で見つかり、台所に持っていって整理すると、荷物は結構減り、和室はだいぶ落ち着いてきた。段ボールの山の下敷きになっていた座卓が見えてきた。残りは布団袋と衣装が入った段ボールがほとんどだ。


「服はどうすればいい?」


 大型キメラである木乃花の服はかさばるものが多く、かなりの量がある。


「そうだね。季節に合わないものはあとで防虫剤を入れるとして、押し入れに片付けちゃおうか。あと布団もね」


 木乃花の場合、布団と言ってもコタツ布団がちょうどいいサイズになる。マットレスを2つ並べてコタツ布団で寝るのだが、それで割と大丈夫だったりした。継彦もその隣に布団を並べて寝る予定だ。なにしろ今夜は新居での生活初日である。まだ2人で決めていないことはまだまだいっぱいある。


「えっへへへ~~♡」


 木乃花は布団と聞いて上機嫌になった。


「まだ早い、まだ明るいよ、このはちゃん」


「でも~~ 誰もいないし~ 2人きりだし~」


 木乃花は継彦の側に寄って軽いキスをする。


「も~~」


「だって少しでも早く一緒になりたかったから~」


「じゃあ手を休めないことだ。そうだ。洗濯物を干す紐があったっけ」


 継彦は洗面所の荷物から洗濯物を干す紐を持ってきて、奥の4畳半に行くと、大昔、蚊帳を吊るときに使ったのであろう長押しに打たれた釘に引っかけ、N字に紐を張った。


「これをどうするの?」


「春物の服をかけておく」


「なるほど。クローゼットもない家だしね」


「床の間をクローゼットに改造するかなあ」


「それは合理的だけどなんか呪われそうな」


「何に?」


「床の間の精かなあ」


「そんなのがいるなんて初耳だ」


 おバカな会話をしつつ、長い服は紐に引っかけ、下着類は継彦が下宿先から持ってきた三段の衣装ケースに入れる。


「うん。これで結構片付いた」


「まだ時間があるし、今日はこれくらいにしようよ」


「まだまだ。最後に段ボール棚を作ってから終わり」


「厳しい……」 


 空いた段ボールを集めてまた棚を作り、本日の作業はようやく終了とした。一応、まだ液晶TVのセッティングをしていなかったので、継彦が済ませ、畳の上に液晶TVをどんと置く。


「持っては来たけど、基本、見ないんだよね」


「サブスクで映画を見ることはあるでしょう」


 スマートスティックは挿してあるし、ネット環境はモバイルルーターで済ませる予定だ。いつでも見ようと思えば見られる状態にはなった。


 時計の針は午後4時を指していた。


 夕食を作るには早すぎて、かといって昼寝するような時間でもない。お茶の時間かなあと継彦は考え、台所に行く。木乃花もついてくる。ヤカンで湯を沸かし、急須でお茶を入れるが、木乃花の分はない。お湯は沸かしてあるのでルイボスティーのティーバッグをマグカップに入れ、お湯を注ぐ。


「お茶、飲めるよう……」


「このはちゃんはカフェインで酔っ払う体質だろう。夜はまたご近所の挨拶回りなんだからダメです」


「ケチ!」


 そう言いつつ、木乃花は笑っている。


 2人は折りたたみ椅子に腰掛け、折りたたみテーブルで遅い午後のお茶の時間が始まる。


 熱いお茶を口にすると、継彦はだいぶ落ち着く。朝早く木更津から御殿場に軽ワゴンで行き、木乃花を連れてトンボ帰りしてきた。その後は荷物整理にご近所の挨拶回りだ。疲れもする。普段は痛まない義足との接合部が痛む。やはり少し無理をしていると継彦は思う。


 木乃花だってハアとため息をついている。


「先は長そうだね……」


 折りたたみテーブルと椅子以外の家具什器は、段ボール棚があるだけなのだからそれはそうだ。


「でも、楽しみだと思って揃えればいいと思うんだ。明日か明後日には大型のキッチンラックが届くから、組み立てたら電子レンジとコンベクションオーブンと炊飯器が収まるよ。それだけで楽しいんだけどな、僕は」


「継彦くんはお得な性格しているね」


 木乃花はまた笑う。2人一緒にいられるだけで、継彦と木乃花は幸せだ。まだまだやることも、越えなければならない壁もある。それでも2人一緒なら頑張れる。


 継彦はまた一口、お茶をすすり、頷いたのだった。

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