この関係が終わるとき

 私の幼馴染は口が悪い。

 言いたいことがあると言わずにはいられない性格の上、そこから出る言葉は刃物となって相手の心に突き刺さる。

 だから味方はほとんどいなくて、強いて言えば私くらい。あとは皆敵視しているか関係を持たないようにして、それを私が何とかなだめている状況が小学生の時から続いている。


 中学を卒業して、高校に入学して、お互いに背が伸びて出来ることも増えてきたにも関わらず、幼馴染の口の悪さは一向に変わらなかった。

 例えば授業中にふざけて遊んでいる生徒がいたら、先生の代わりに生徒へ向かって汚い口で罵り、掴み合いになったりする。


 いつのことだったか。私が、もう少し言い方があるでしょうと諭したとき、言い方よりも言われた内容を気にするべきだと跳ね返してくる。だから言い方が悪かったら内容なんて入って来ないんじゃない?と言っても、それは相手に問題があるから自分は悪くないと結論付けてくる。

 その言い分は、間違ってないような気もして、私はそれ以上追及出来なかった。もっと言えば、納得させられたという気持ちもあった。

 言っていることが間違っているとは思えなかった。それはこれまでもそうだった。だから私は今も一緒にいるのだと思う。

 とはいえ、言い方で損することもある。

 美味しいパン屋さんなのに店構えが汚くて、店長が粗暴だからお客さんが来ないみたいな感じ?


 幼馴染として、それはあまりにも気の毒だと思った。

 だからもう少し言い方をマイルドにしてみようと提案した。けれど断られてばかりで、それどころか口の悪さは一層酷くなり、先生からも注意を受けることになった。


 先生から注意を受けた帰り道、そのことに文句を言っているのを近くを歩いていた人に聞かれ、それが自分のことを言われているのだと勘違いされたことがあった。

 そのときに私がフォローしたことで何とか理解を示してくれて事なきを得たのだったが、私は妙な手ごたえを感じていた。

 口が悪くて、けれど正しいことを言っているのであれば、まずは私が聞いて、それを私の言葉で伝えれば万事解決だと閃いたのだった。


 それを伝えたら、すごく嫌な顔をされた。面倒だからやりたくないと抵抗していたけれど、何とか首を縦に振らせることに成功した。


 それから私は側に立って、言葉の”ろ過”を始めた。そうすると、見る見るトラブルは無くなっていった。

 言葉遣いの誤解が解けて近づいてくる人も増えても、私は側にいて言葉を伝えた。まるで自分が誰よりも近しい人物で、他の誰と仲良くしようと自分以上の存在が現れることなど想定していなかったように。


 そんなある日、二年生の先輩から呼び出された。用があるのは私ではなかったけれど、先輩の許可をもらって付いて行くことが出来た。


 先輩は幼馴染が好きだと伝えた。私は一瞬何が起こったのか分からなくて、横を見た。先輩の真剣な眼差しを向けられたその目に、一体どんな想いが込められていたのか、私は直視することが出来なかった。

 私の視界の端で近づいてくる顔がある。いつものように耳打ちしてくる体を、私は両手で制した。どうしてと言いたげな顔をしている。私は唇を噛み締めた。


 言いたくないけれど言わなくちゃいけない言葉が、私にもある。


「この返事は、貴方が自分の言葉で伝えなくちゃいけないよ」


 そう言って、私はその場から逃げ出した。責任を放棄したと言ってもいい。

 あの場にいてはいけないと思った。告白を聞くのもその返事を聞くのも二人だけのものでなくてはいけない。


 けど、それは建前だと、後で気付いた。

 本当は、返事を聞きたくなかっただけ。

 そして、その返事を私が伝えたくなかったのもある。

 もっと言えば、私がいなければ、口の悪さで破綻すると思った。


 どう返事をしたのか、私には分からない。怖くて、聞くことも出来なかった。向こうから教えてくれることも無かった。


 放課後、私は一人で帰った。いつもの道がやけに静かで、一人ぼっちになってしまったみたいだった。近くの小学校からの帰りらしい子供たちが数人、笑いながら通り過ぎていく。その後ろ姿を見つめて、いつかの私たちに重ねる。


 楽しかった日々が、霞んで消えていく。

 一緒に過ごした思い出が、いつか私の心を温めてくれるのだろうか。

 涙が滲む。歯を食いしばって、流れるのを必死にこらえる。


 すると、子供たちの奥から二人、私と同じ制服を着た人物が現れた。

 私を見つけると、その内の一人が一目散に駆け寄ってくる。

 涙を拭って気付いた。どうしてここに来たのだろう。二人でいることを見せびらかしに来たのだろうか。


 走ってくる勢いそのままに、私は抱きしめられた。背中に回された腕が、私を強く抱き寄せる。顔がすぐ横にある。けれど息を乱すだけで、何も言ってこなかった。

 そしてもう一人、先輩もこちらに歩いてきて、申し訳なさそうに眉を下げた。


「まずは3人で友達になってからだって、言われちゃった」


 先輩の言葉に私は、それ本当?と呟いた。

 すぐ横で、本当に決まってるだろと帰ってきて、私は頭の中がぐるぐるしてきた。


 どうやら、二人はまだ付き合っていなくて、友達から始めるらしい。けれど二人で会ったり遊んだりするのではなく、私も含めてということになった。

 どうして友達から始めようと思ったのかとか、先輩のことをどのくらい気にかけているのかとか、どんな言葉でその思いを伝えたのかとか、聞きたいことはたくさんある。

 それに、私の知らない所で友達になるという取り決めが行われていたことにも、私は憤りを感じている。けれど、私は内心ほっとした。


 まだ私にも、チャンスはあるということだから。


 いつかこの関係が終わるとき、側にいるのは私でありたい。

 そんな気持ちが湧いてきたことに自分で驚いたけれど、この気持ちを大事にしていきたいと思った。

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