天才たちの複製

 とある会社が、前人記憶マシーンを発明した。

 人に身に付けさせることで、仕事の知識や技術をそっくりそのまま遺伝できるというものだった。これにより新人は特別な知識や技術を学ぶ必要も無くなった。

 とりわけ人材育成に大きく役立ち、学歴の差や性格の違い、はたまた犯罪歴ですら問題が無くなり、健康的に働くことが出来るかというのが大きな採用条件となっていた。


 近未来型のヘルメットと、体にピッタリと添う様なスーツを各部署の責任者や主力の人員に渡した。彼らの知識や技術を落とし込むことで、それを着れば誰でもその会社の一流の社員となることが出来た。


 会社は大きく業績を上げ、その名は世界にまで轟いた。

 前人記憶マシーンの普及が望まれたが、会社は特許を取り、その発明方法は極秘とした。


 しかし弊害もあった。ヘルメットやスーツによって動きは完全に機械任せになっている。つまり考えたくなくても脳は働かされ、動きたくなくても体は振り回される。

 次第に付いてこれないものが出始めた。

 特に多かったのが、年長者の集団であった。

 すぐに疲弊するし、自分のやり方を主張し始めるだけでなく、揃いも揃ってだらしない体をしている為、スーツが入らない者が続出した。

 効率よく隙の無い動きは老人の体には堪え、息切れや眩暈を起こす者も現れた。果てには動きの止め方が分からず、体の限界まで動き続けた結果、周囲に胃液を撒き散らして気絶する老体も散見した。


 それを見て、会社は前人記憶マシーンを使いこなせない者は全て会社を辞めさせた。当然不当解雇を訴える者もいたが、それらには全て退職金と慰謝料を渡して黙らせた。

 後には権力を持った上層部と、体が健康で体力のある者たちが残された。彼らは会社に利益を生み出し、不良債権の手切れ金のマイナスをすぐにプラスに変えさせた。


 しかし、新たな情勢の波が押し寄せるとき、前人記憶マシーンは役に立たなかった。これから先のことを考える術が無かったのだ。当たり前をこなすだけでは業績は上がっていかず、かと言ってマシーンの中の人は体の丈夫さだけが取り柄だった為、取り残された会社からは、次第に顧客が離れて行った。


 その為、今の情勢を見極めて新しいアイディアを生み出せる人物と、それを採用し、一手を打つことが出来る人物、そして新たな知識や技術を前人記憶マシーンにインプット出来る人物が重宝されるようになった。


 会社も人材募集を掛けた。こういう人物はインターネット上でしか見つけることが出来ないと思い、SNSや動画配信サービスなどでアイディアマンや天才たちの発掘に取り組んだ。

 目星の人がいればDMを送り、面接の機会を設けた。そうして入社した人間とオンライン会議を重ね、新たな技術を生み出すことに成功した。

 その中で、アイディアマンが一つの懸念を示した。

 前人記憶マシーンに組み込まれている仕事の知識や技術は古すぎて、今の時代に即していない。つまりアップデートが必要であるということだった。


 上層部は相談した結果、その通りにした。前人記憶マシーンのアップデートが完了すると、それを身に着けた者たちは驚いた。溢れんばかりの膨大な知識が脳内を支配し、考える間もなく最適解を導き出した。

 かつて築き上げた知識や技術は、すでに歴史の一部となり、思い出すことは何も無くなっていた。

 技術は海外から輸入しようと考えた。しかし肝心の英語を話せる人物は誰もいなかった。その為、アルバイトとして英語が話せる外国人に前人記憶マシーンを身に付けさせて、誰もが英語を理解出来るようにした。しかし理解は出来ても話せなかったし書けなかった。結局英語を完璧に理解している人材を見つける羽目になり、その遅れにより他の会社に一歩遅れる形となり、中途半端な技術しか手に入れることが出来なかった。

 けれど会社はその技術を躊躇なく前人記憶マシーンに組み込んだ。そうして仕事が進むが、やがてその技術に致命的なバグが見つかった。それは直ちに対処しなくてはいけないバグであり、早急に対応を始めた。

 命じられた社員は困惑した。バグの対処の仕方は、前人記憶マシーンには入っていない。それゆえにバグを直すには外部に依頼する他なった。

 しかしこれが致命的となった。依頼した保守会社から来た人物は、かつてこの会社に長年勤めていた年長者の一人だった。

 その者はバグを直したが、同時にウイルスを忍ばせた。会社はウイルスにも年長者の顔にも気が付かず、一安心した。


 そうして数日が立ち、会社から機密情報が流れた。

 そこには前人記憶マシーンの発明方法も入っており、瞬く間にその複製が作られた。

 さらに顧客の個人情報、取引先との密事も公になり、会社は破滅の道を辿った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る