憧れの先輩と付き合うために女装することにしました

モンブラン博士

第1話

憧れの先輩の唇が近づいていく。

これ以上、耐えられない。

先輩は僕を愛してくれている。もう、嘘はつけない。

流れる涙を拭いもせずに踵を返し去ろうとする遥を引き止めたのは海人だった。


「待ってくれ。どうして君が泣いているのか教えてほしい。俺が悪かったら謝るよ」


遥は無言で頷き、彼に導かれるように公園のベンチに腰掛けた。

隣あって座り沈黙が流れる。先輩は静かに辛抱強く待っている。

意を決した遥は震える唇で自らの秘密を打ち明けた。


「先輩をずっと騙していました。本当は僕、男なんです!」


言ってしまった。嫌われて拒絶される。自業自得だ。でも、嘘はつけなかった。


姫園遥(ひめぞのはるか)は帝王学院中等部二年に通う男子生徒である。

大きな瞳にぬけるように白い肌。サラサラの髪に美少女のように整った顔立ちから、一部の男子と女子に人気がある。

彼は一年前から恋をしていた。相手は海藤海人(かいどうかいと)。高等部の男子生徒で爽やかな風貌と優しい性格から「海の王子様」と呼ばれ人気が高い。

自分は男子、想い人も男子。同性のため告白しても撃沈するのは見えている。

でも、どうしても気持ちを伝えたい。できることなら付き合いたい。

気持ちを抑えきれなくなった遥は妙案を思いつく。

女装すればいいのではないか――

幸い中等部と高等部は距離があり、お互いは出会うことは滅多にない。

だから素性はバレることはない。

無謀な賭けかもしれないが、燻っているよりはいい。

遥は髪を梳いて艶を出し、白のワンピースを着て全身鏡の前に立つ。


「これが……僕?」


自分でも驚くほどの美少女が目の前にいた。

以前から女装が似合うと言われ、男女問わず女装を懇願されて彼らの期待に応えてはいたが、女装した自分の姿を観察するのは初めてだった。

なで肩で男とは思えぬほど細い手足がコンプレックスだったが、女子ならば違和感がない。割と低い背丈も女子ならば平均程度である。

白く長い指も美しさを演出していた。

全身鏡の前でくるりとターンするとふわりとワンピースの裾が広がる。

自己評価と客観的評価が一致した瞬間だった。

先輩の心を掴んで見せる。心に誓った遥はさっそく行動に移した。

高等部の中庭に生えた大木は告白の定番スポットだった。海藤の上履き入れにラブレターを入れ、歳の離れた姉がいるという友人から高等部の制服を借りて待つ。

ヒラヒラと揺れる赤いチェック柄のミニスカート。白い太腿が風に当たって寒い。

靴音が響き、海藤海人が姿を現した。180を超える長身に切れ長の瞳のイケメンは穏やかな微笑を浮かべて言った。


「えっと……君かな? 俺に用があるのは。

協力できることがあるなら相談に乗るよ」

「あ、ありがとうございます! あ、あのボク――」


震える唇。大きな瞳に涙が溜まる。内股で震え細く長い指を重ねて言葉を振り絞ろうとする遥の姿は海藤に強烈な保護欲を抱かせた。


「ボク、姫園遥っていいます! 先輩のことがずっと好きです! 付き合ってください!」

「俺でよければ、喜んで」


承諾されたのだ。憧れの先輩に。作戦は成功した。

それからふたりの交際が始まった。帝王学院はクラスが多いため、全員を把握することは難しい。ましてや違う学年となればなおさらである。首尾よくデートを約束をして、幸せな時間を重ねた遥だが、徐々に息苦しさを覚えた。

先輩は僕をボクっ娘だと信じ切っている。

彼が付き合ってくれるのは僕が女の子だと思っているから。

つまり、ありのままの僕ではフラれている。先輩を騙し続けてもいいのか。

良心の呵責が起き、不意に表情が曇る。大好きだけど辛い。

そして、その時は訪れた。

デートの帰り。海藤は遥をハグしたのだ。男にしては華奢な身体。

身バレ防止のためにブラもつけ、パッドで補強もしている。

大好きな先輩の顔が近づき、唇が重ねられそうになる。ずっと願い続けた瞬間。

けれど、遥は罪悪感に耐えきれなかった。

自分の幸せよりも相手に正直になることを優先したのだ。

公園のベンチで嗚咽しながら、遥は全てを告白した。


「……先輩が……好きで……心の底から好きで、憧れて、でも僕は男で、両想いになることは叶わないってわかっているのに……僕は最低な男です……」

「俺は男の子とは付き合えない」

「……です、よね……ごめんなさい」

「謝るのは俺の方だ。君がこれほど俺を愛してくれているのに応えられない。だからせめて、感謝の気持ちを伝えたい。君、初恋なんだよね」

「はい……」


頷く遥に優しく唇を重ねた。遥は心臓が止まるかと思った。大好きな人がキスをしているのだ。唇が離れる瞬間が永遠のように感じられた。

海藤はいつものように爽やかな笑顔を向けてベンチから立ち上がると、背を向けて歩き出す。振り返ることなく歩き出し、口を開いた。


「俺を好きになってくれて、ありがとう」


おわり。

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