第4話 ~ダンジョンでは人も危険です~

「はははは!このまま壁のシミにしてやる!」


「う、ぐぅ」


 まずい、このままでは本当に壁のシミと化してしまう……でも、壁に押し付けられて指一本動かせない。


 私が重力から逃れようともがいていると、下の階からお姉さんが上がって来た。


「ちょっと、アンタなにやってんだ!」


「あ?なんだよ……どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!」


「た、助けて……」


「あぁ!今助けてやるからな!」


「黙っとけ!」


「おっと?……なるほどね」


「なに!?」


「はぁ、はぁ……」


 私を壁に押しつぶそうとした重力の標的はお姉さんに向いて、お姉さんも私と同じ状態になるのではないかと思ったが、前方に魔力の壁?を作り出して、その重力から身を護っているようだ。


 その隙に私はあの男から距離を取った。


 多分あの男の能力には距離制限があると思う、なんせ私に近づけば近づくほど重力の圧が強くなっていったもの。


「魔力障壁か、珍しいモン持ってんじゃねえか!だがそれもいつまで持つかな!」


「アンタを倒すまでだよ!」


 お姉さんはそう言いながら、やはり多少の重力は感じるようで、一歩また一歩と男にジリジリと近づいていく。


 能力の強弱は相手と自身の魔力の量の差にある。


 つまりこの場合、お姉さんの方がまだ魔力に余裕があるということ、それに対して男の方は私に能力を使ってたのもあって、魔力が減ってきていると見た。


 だが、この状況でも男が逆転する可能性がある。


 それは能力に魔力を込める量、つまり男が短期決戦を選べばすぐにでもお姉さんは重力に押しつぶされてしまうだろう。


 だが、今のところ男は様子を見ているようで、お姉さんの接近を許している。


 そして能力というのには必ず限界がある。


「くそっ」


「軽くなった?そんなら……今だ!」


 そう、男の能力の持続時間が限界を超えて、クールタイムに入ったのだ。


 その隙を狙いお姉さんと私は男に向かい始めた。


「しゃあねぇ」


 男はそれを狙っていることに気付いたのか、バックステップで私たちから距離を取り、ダンジョンの出口へと逃げ始めた。


「逃がさないよ!」


「調子に乗るな!」


「うわっ」


 お姉さんはバランスを崩して転びそうになるが、やはり男の能力はまだ回復しきっていなかったようで、完全に転ばすことはできなかった。


 だが、それで男の意識は完全にお姉さんに移ったので、私は浮遊を使い自分の身体を浮かして、ダンジョンの壁を蹴って加速し、男に急接近する。


「なに!?ぐっ!」


 私の接近を許した男の太ももに切り付けた要領で、また男から距離を取るが、倒すまでには至らなかった。


「もう一撃!」


「これだけは使いたくなかったが」


 再度近づく私に対処できなくなったのか、男を中心に最大の重力を下に押し付けた。


「ぐ……ははは!どちらが長く、耐えきれるかな!」


 これはきっと諸刃の剣、多分男の方も長くは持たないと思う、だけど重い……


「全く、俺に変な疑いを掛けなければ、お前らは生きていたかもなぁ!」


「ごめん……アタシ


 やはり見た感じ魔力が少ないお姉さんは、この男が出す重力の魔力に当てられて、地面に身体を伏してしまった。


「まだ耐えるか!なぜそれほど魔力があるのに、お前は俺に勝てないのか……それはお前の能力がハズレだからだろ!?だから誰も救えないし誰も倒せない!この世はなぁ!能力至上主義なんだよ!」


 そうこの世にはアタリの能力と、ハズレの能力が存在する。


 私の能力は効力も燃費も悪い確実なハズレ能力だ……それでもあの時この能力が発現していたら、お母さんもお父さんも、妹の美奈も救えたはずだった……絶対に救えたのに……そしてその願いを叶えるかのように、私にはそのあと妹の能力が発現した。


 今でも「美瑠だけでも逃げて!」というお母さんの言葉を思い出す。


 妹の悲痛な叫びも、既に息絶えたお父さんの亡骸も全て思い出す。


 同時に、無力な私への憤りも!


「なんだ?いきなり魔力が、溢れ出てる?」


 ねぇ美奈、私に力を貸してくれるかな?





 いいよ……お姉ちゃん。


「おっ、おい!なんだよその魔力の量!ハズレの癖に勝てると思うなよ!」


 私は身体に魔力をありったけ込めて、重い重い重力の中で浮いた。


「私の妹の能力を、ハズレ呼ばわりするな!」


「ちょ、まっ――」


 そして勢いに任せて男に接近し、首を刎ねた。


 男の息が絶えるように、ゆっくりと重力は消えて、私もそこで気絶した。


 !


 あの事件から2週間後、病院で目が覚めた私は事件の事後処理に追われていたが、お姉さんと仕事を依頼した企業のおじいさんが証言してくれて、そしてダンジョン内にある監視カメラが決め手となり、正当防衛が認められて私は解放された。


 ほとんどのダンジョンの一階には監視カメラが設置してあって、男もそれに気づいていた感じだったが、フードを深く被れば良いと思っていたのか、カメラを細工したり破壊したりしてなくて、ただその油断?のおかげで私は前科者にならずに済んだ。


 世間では初めこそテレビのニュース番組や、掲示板サイトでいろいろと良いこと悪いこと言い合っていたようで、たまに私のところへ記者?が来ていたが、あの事件から1カ月経った今では、すっかり熱が冷めたようで、既に世間は知らない芸能人同士の不倫話に対しての議論に躍起になっている。


 あのおじいさんは男によって足や腕などを骨折していたようだが、医療担当の探索者が治療したため、後遺症もなく数日後には私の病室へお見舞いに来てたようだ。


 お姉さんの方はやはり探索者なので、軽傷だったそうでおじいさんと同じように私の病室へお見舞いに来てくれて、その後一応SENを交換して連絡を取り合ったりしてる。


 私はというとその後はおじいさんがその企業と掛け合ってくれて、報酬が上乗せされた状態で入ったので、少し奮発して魔力を練り込んだ糸を使って作られた、フード付きのローブを購入した。


 このローブは魔糸を使っているので魔力の通りが良く、戦闘の大体を魔力を使って行うので都合が良い、それに私の能力には重量制限があるので、鎧よりもこっちの方がメリットが多いのだ。


 そんなこんなで結局引き延ばされている配信活動についてだが、そろそろ本格的にやり始めようと思う、装備も整ったし今なら視聴者に痴態を晒すことなく配信ができるだろうと思ったからである。


 そうして他は魔力や身体の回復のためのポーションを買い溜めるために、最近は企業からの仕事を辞めて、ダンジョンに潜っていたのだが、なんと私が使える能力が増えたのだ。


 それはなんと、あの男が使っていたであろう重力の能力だった。


 この世には能力を複数持つ人もいるが、途中で覚醒するという事態は聞いたことなく、誰にも相談できずにいたが、特に能力の報告は任意なので報告せずに使って行こうと思った。


 なぜ私がこの能力を使えるようになったかは知らないけれど、私が殺した相手とはいえそれで強くなれたので、深く考えないようにしている。


 それにもしこの考えが当たってたとしたら、妹も私が……というこじれたことになってしまうので、私は無意識に考えないようにしたのかもしれない。

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