第5話

ハロウィンで活躍する魔女の鍋をプレゼントしてくれたのは、夫の学生時代からの親友である。

州外に引っ越してしまってめったに会えなくなったが、それこそ10数年前

たまたま遊びに来た時の手土産として、持参してくれたのだった。


彼には歌のうまい弟がいて、レコーディングの計画でもあったのか、良く家に来ては夫の演奏に合わせて練習をしていた時期もあった。

まだ今の家に移る前の住まいで、練習はたいてい夕食後ぐらいの時間から。

ちょっとした休憩もはさんで、毎回2時間ほど続いたと思う。

丁度私は長女の妊娠がわかってつわりが始まった頃で、この弟君が来ると

1人ダイニングテーブルに腰かけてゲームボーイでテトリスをしながら、練習が終わるのを待っていたものだ。


季節は冬。

陽が落ちれば外は凍り付く寒さの中、ペンダントライトだけのダイニングルームは薄暗く、勿論暖房は効いているはずなのに一人でいると寒々と感じられる。

習いたてのテトリスはあっという間にゲームオーバーになってしまい

それほど楽しくもないのだが、当時はまだインターネットもなく

英語のテレビ番組では訳も分からず、そんなゲームでもひたすら繰り返すよりほかにすることがない。

今でもまだ、何かの拍子にでもテトリスのテーマソングが流れてくると

あの頃のまだこちらの生活に慣れない日々の心細さと、つわりの気持ち悪さと、

隣の部屋から聞こえてくる彼の歌声などが一緒くたになって甦る。


あれから数年のうちに、この弟君はエイズで亡くなってしまった。

未だ治療薬もなかった頃のことである。


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ヤマボウシの木陰から @kashiwarisu

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