第50話 ゴールデンウィークの計画

 ある日の放課後、教室の窓から少し傾き始めた日が差し込み、わずかに影を長くしていた。その時、佐竹が俺の席まで来て、ちょっと話がある、というので教室の外に出た。廊下には帰る生徒や部活に向かう生徒たちの声が響いている。


「なあヒロ」


 いつもとは違う佐竹の声。珍しく緊張が混じっていた。


「どうした、ヨッシー?」


「ちょっと話があるんだが……」


「なんだ?」


「……北里さんの事だ」


「ああ……」


 その名前を聞いた瞬間、俺の胸に重いものが乗ったような気がした。


「詳しい事情は知らないし、ヒロの状況も大変なんだって思う。堀北さんや東城さんとも、俺が知らない色々な関係があるんだろう。でもな、俺はずっと見てきた。北里さんのお前に対する思いを、努力をずっと近くで見てきたんだ。同じ高校に行って、絶対に驚かせてやるんだって」


「ヨッシー……」


 俺は言葉を失った。佐竹の真剣な眼差しに、胸が締め付けられる思いがした。


「だからさ、ちゃんと彼女を見てやってくれ。彼女を選べとは言わない。だけど、ちゃんと見てやってくれ」


「……ああ。ちゃんと見てるよ。安心してくれ」


 その言葉に、俺は重みのある返事をした。


「お前がどういう選択をするかは知らないけどさ、もし彼女を選ばないんだとしたら、その時のフォローは任せろよ」


「なんだよそれ」


 思わず苦笑い漏れた。佐竹らしい、直球な優しさだ。


「俺はお前らに救われた。そんなお前らのどっちも、不幸になって欲しくないだけだ」


「……サンキュな。少し心が軽くなった気がするわ」


 正直な気持ちを口にした。


「選ぶって事は、選ばれない奴がいるって事だ。俺も野球推薦でここに来たからな。選ばれなくて泣いてる奴らを置いて先に進んだんだ。ヒロもちゃんと選べよ」


「ああ、分かってる」


 俺は頷いた。佐竹の言葉には重みがあった。


「話はそれだけだ。悪かったな、時間をとらせて。そんじゃ、部活に行ってくるわ」


「おう、頑張れよ!」


「じゃあな!」


 佐竹が行った後、俺は一人廊下の窓からグランドを見下ろしていた。少しずつ空が赤く染ってゆく。その光景が妙に切なく感じられた。

 部活の掛け声が風に乗って聞こえてくる。グラウンドでは野球部が熱心に練習していた。佐竹の姿も見える。


 佐竹は良い奴だ。俺が真紀を選ばない未来もちゃんと考えて、フォローしてくれると言ったんだ。

 少しだけ、心が軽くなった気がした。同時に、選択の重さも痛感した。


 俺が選ぶのは5人のうち1人だけ。

 後の4人はそこから俺との関係が変わるのだ。


 世の中のハーレム主人公たちはどんな精神構造をしているのだろうか。一夫多妻が認められる異世界転生物ならまだしも、現代でハーレムなんて、まともな神経なら心が持たないじゃないか......


 そんなことを考えながら、俺は教室に戻った。明日は重要な日だ。ゴールデンウィークのデートの順番が決まるのだ。



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 次の日の昼休み、彼女たちから発表があった。

 薫もわざわざ急いで給食を食べ、中学からやってきている。

 

「それでは発表しまーす!」


 明るく仕切るのは美玖。

 部活や仕事があるみんなのスケジュールを合わせるのは大変だっただろう。


「最初はクロっち。それで、次がマナミンで、その次があたし。で、その後がマキっぺで、一日空いて、最後がカオルンね」


 美玖の声に、俺は緊張で背筋が伸びるのを感じた。


「カオルン!?」


 隣から驚く声が聞こえる。薫だ。


「あー、薫。美玖は親しい人に妙なあだ名をつける癖があるんだ。深く考えるな」


「ちょっとヒロっち! 妙って何よ! 聞き捨てならないわね」


「う、嬉しいです!」


 薫が感極まったように叫んだ。


「薫!?」


「ボ、ボクもついに仲間って認めてもらえた気がして」


 目を潤ませながら微笑む薫。


「そ、そう!? 喜んでもらえてうれしいな! カオルンも仲間っていうか、ライバルだからね!」


「はいっ! ありがとうございますっ!」


 なんだか薫が燃えている。


「そういや、美玖。スケジュール調整ありがとう、大変じゃなかったか?」


「そうでもなかったよ。カオルンはライブの関係で最終日しか時間とれなかったけど、案外みんな用事のある日が被ってなかったから」


「ならよかった」


 少し安心する。


「スミマセン、ボクはその日しか空いて無くて」


「薫ちゃんは芸能人だからしょうがないよ」


 フォローを入れる真紀。


「後は天気が良いと良いのだけれど」


 と真奈美。彼女はいつも冷静だ。


「そっか、雨の時どうするかも考えておいた方が良いな」


 そう、真奈美とは動物園に行く約束をしていた。

 しかし雨なら根本から予定を見直す必要があるだろう。


「そうね、雨だったらどうするかも考えておくわね。後でメールするわ」


「メールって……もしかして携帯!?」


「そうだけど……」


「いいなぁ」


 羨ましがる真紀。現在ではほとんどの高校生がスマホを持っているが、この頃は当たり前では無かったのだ。携帯電話を持っているだけでちょっとしたステータスだった。


「ふっふーん」


 何故か突然得意げな顔をする美玖。


「美玖ちゃん!? まさか!?」


 そんな美玖に何かを察したのか、驚く真紀。


「この度私もついに携帯デビューしまして!」


「「「おお!?」」」


「じゃーん!」


 ピッカピカの携帯電話を見せびらかす美玖。


「うう、いいな……パカパカのヤツじゃん」


 珍しく物欲しそうな顔をする真紀。

 パカパカのヤツとは、折り畳み式携帯の事だ。

 当時はこの二つ折り携帯が人気だった。


「このためにアルバイトを頑張ってきたんだから! 全額自分で払うって約束して、契約してもらったの。ヒロっちも持ってるんでしょ? 連絡先交換しよッ! マナミンとカオルンもね!」


「ああ、いいぜ。ただ俺は学校に持ってきてないからな」


「私も家に置いてきているわ。見つかったら不用品扱いで没収されそうだし」


「ボクの番号は、他の人に教えないでくださいね」


「えー、それじゃ携帯の意味ないじゃん……真面目かっ」


 『むぅ』と、いわゆるプク顔をする美玖。


「でもそっかー、そうだよね。気をつける。ま、とりあえず番号とメアド教えてー!」


「おう」


 俺と真奈美、薫が入力を終えると、美玖は画面を見てニヤニヤした後、大切そうに携帯をカバンにしまった。


 気持ちはわかるぞ。

 携帯電話の最初の友達って、特別な感じがしたものだ。


「私もお願いしてみようかなー」


 と真紀。彼女の瞳に憧れの色が浮かんでいる。


「私はこれ以上のワガママは言えないです……」


 クロエは寂しそうな顔をした。無理を言って日本に来ているのだ。両親の負担も大きいということを、彼女は理解していた。


「ヒロはバイトとかしてないみたいだけど、料金はどうしているの?」


「ああ、自分で払ってるよ。株でちゃんと利益出してるからな」


「か、株!?」


 驚く真紀。それはそうだろう。株で儲けている、などと言う高校生は普通ではない。


「そういえば、お父様と話した時もそんなことを言っていたわね」


「ヒロっちのスペックどうなってんのさ……」


 呆れる美玖。


「でも、どうやって株なんか始めたの?」


 と真紀。


「小学校の時にニュースで見て興味を持ってな。本で勉強したりして父さんに話したら、ちょうど父さんも始めようとしていたみたいでさ」


「それで?」


「100万円預けるからやってみるかって……」


「「「…………」」」


 みんな口を開けて唖然とした顔をしていた。空気が一瞬で凍りついたようだ。


「ヒロっちのお父さんもたいがいだね……」


「そうね、ギャンブラーだわ……」


「おじさん……」


 みんなの呆れたような笑顔が俺に刺さる。


「ほんと、ヒロっちの家族って凄いよねー」


「そうか?」


「お母さんもワイルドだったよ。中学生の私たちにゴム渡して、ヤルなら使いなさいって。あれも普通じゃないでしょ」


「え!? 美玖ちゃんまさか!?」


 慌てたように言う真奈美。


「ちょっ! まだシてないわよッ!」


「まだって!?」


「……そりゃ付き合ったらしたいでしょ」


「それはそうだけど……」


「お前ら、俺の前で……」


 全く、美玖と真奈美は俺の前でなんという話をしているのか。頬が熱くなるのを感じる。


「あ、ヒロっち顔が真っ赤だ! 想像しちゃった? なんならゴールデンウィークにしちゃう?」


「あ、ズルいです美玖サン! 私もしたいです!」


 クロエも参戦してカオスな雰囲気になってきた。


「するかッ!!」


 危ない話になってきたので強い口調で話をぶった斬る。


 流石に多数と肉体関係になるとか、そこまで常識は無くしていない。

 いや、でもキスはしちゃっているのか……

 ただ、本番は愛する人1人だけで十分だ。40過ぎるとそんなに性欲も……


 ん?


 それも肉体に引っ張られるのか?

 気をつけないとな。


「み、みんな大人ですね……」


 薫はこの会話について行けない様子だ。


「みんな積極的だなぁ……」


 みんな、まだ奥手な真紀を見習って欲しい。


「でも真紀ちゃん、家目の前でしょ!? いざとなったら夜這いとか行けちゃうじゃん!」


 美玖がとんでもないことを言い始めた。


「よ、よばい!? 夜這いかぁ……」


「ちょっと真紀さん!?」


 何故か真面目に想像し始めた真紀にすかさず突っ込む。


「抜け駆けはナシだからね!?」


 と真奈美。そういう問題では無いのだが。


「やっぱりみんなでする?」


 さらにとんでもないことを言う美玖。


「えええ……みんなって……うーん」


 何故か悩む真奈美。


「いきなりみんなでは恥ずかしいです。やっぱり最初は二人きりが良いです」


「クロエさん!? しないから! 付き合うまではしないからね!?」


「にししー、もう、ヒロっちだってしたいんじゃん!」


 ニヤリと小悪魔みたいな笑みを浮かべる美玖。


「そりゃ、まあ、ちゃんと付き合うなら愛し合いたいと思う気持ちは、あるぞ……」


 自分で言ってて顔が真っ赤になっている自覚がある。


「ヤバい! ヒロっちが可愛すぎる!!」


「いい加減にしろっ!」


 全く、オジサンをからかうのはいい加減に……あれ、彼女たちにとってはオジサンじゃ無いわけで……

それなりに彼女たちが本気だとわかると、とんでもなく恥ずかしくなってしまう。


「ごめんね、ヒロ。それにしても顔が真っ赤だよ?」


「そりゃ赤くなるだろ。でもまぁアレだ。スマンがそういう事は結論を出すまで待ってくれ」


「ええ、待つわよ。節操なくみんなとしたい男なんて、こちらから願い下げだもの」


 ピシャリと言い切る真奈美。


「キスは節操なくみんなとしてるみたいだけどね~」


 美玖の一言に全員が目を逸らして下を向いてしまった。教室に流れる空気が一瞬で重くなる。窓の外では、春の柔らかな風が桜の花びらを舞い上げていた。


「……みなさん、ズルいです」


 唯一キスをしていない薫が抗議の意思たっぷりの視線を送ってくる。

 どうしたものか、かける言葉を失ていると美玖が口を開いた。


「ほ、ほら、カオルンはアイドルだから? スキャンダルとかはマズいんじゃないかなー?」


「そうだよ。気を付けないと」


 何となく目をそらしながら言う美玖とは対照的に、真紀は本気だ。


「ばれないようにするもん……」


 ヤバい。なんだこの小動物的な可愛さは!

 危うくすぐに抱きしめたい気持ちを抑え込み、冷静さを保つ。

 

 キーンコーンカーンコーン……


 その時予鈴の音が鳴り響いた。


「あっ! ボク急いで戻らないと!!」


「私たちも戻りましょう」


 全力ダッシュの薫。次からはアラームを用意しておいた方が良いな。




 そして放課後。


「ちょっと西森、こっちに来い」


 声をかけてきたのはショーコ先生だ。

 今日もウェーブがかかったロングヘアーに着崩したスーツ、セクシーダイナマイツ(死語)を体現した女教師だ。


「聞いたぞ。女の子5人がお前を取り合ってるんだって?」


「どっから聞いたんですか。......まあ、そう言う見方をすれば、そうなんだと思いますが」


「西森。今お前は辛いか? それとも幸せ?」


 なんとも難しい事を聞いてくる。


「日常は彼女たちのおかげで楽しく過ごせています。けれど、先の事を考えると辛い、ですね」


 苦笑気味に本音をぶつけると、ショーコ先生は満足そうにうなずいた。


「うん、悩みたまえ、少年! 幸せと辛いは紙一重。なんたって棒が一本しか違わないんだからな。

 それと、ここで楽しいだけって言ってたら、ぶん殴っていたかもな。

 彼女たちの想いに、真剣に向き合えよ」


「わかっていますよ」


「話はそれだけだ」


「ありがとうございます」


 今度の人生では色々な人たちに思われている。

 そして、自分もちゃんと向き合えている。

 それだけで十分幸せだ。


 そう思った春の日であった。


 ゴールデンウィークまではあと少し。

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