第34話 流した汗は裏切らない

 去年の夏はフランス旅行が中心の夏休みだった。

 だが3年生となった今、今年の夏は部活に全力を注ぐ。


 8月の後半には『全中』と呼ばれる全国大会が行われる。俺たちが目指すのはただ一つ、全国制覇だ。

 そのために、練習に気合いが入る。

 今日もキャプテンのカツミの檄が飛んでいる。主要メンバーは次の通りだ。


 センター:柴田正臣、通称マサ

 身長188cmは中学生のセンターとしては圧倒的だ。俺たち以上に筋トレもこなしていて、不動のセンターとして中学バスケで確固たる地位を築いている。そのゴール下の支配力は中学生レベルではない。日本代表からも目を付けられているらしい。


 パワーフォワード:正木孝之、通称ユキ

 身長179cm、マサがいなければ間違いなくセンターだっただろう。しかも、デカい割には機敏に動く。敏捷性とシュート力ならマサより上だ。

タカユキだからタカと呼ばれていると思いきや、同僚に『タカシ』がいるため、みんな『ユキ』と呼んでいる。


 スモールフォワード:高梨信二、通称シンジ

 身長170cm、普段は無口でほとんどしゃべったことが無い。俺の次に足が速い。鋭いドライブは中学生でもトップクラスだ。

 ただし、ジャンプシュートに難があるため、いつもマサに助けられている。


 シューティングガード:西森宏樹、通称ヒロ、俺だ。

 身長176cm。驚くことに、前の人生の同じ時期に比べて10cm伸びた。ちなみに、中学最強のスリーポイントシューターと言われている。実績は圧倒的だ。

 それはそうだろう。真剣に取り組み過ぎたため、おそらくシュートを打った本数ならプロにすら負けないと思う。だって『セーブ&ロード』を使えば、球拾いも肉体的疲労も時間の経過も無いのだから。

なお、夏休みに入ってからは『20連続スリーポイント決めるまで帰れまテン』という企画を毎日やってきた。途中で失敗したらカウントがゼロに戻る奴だ。かなりキツかった。『セーブ&ロード』が無ければ絶対に無理だっただろう。左手の使い方もわかってきた。『左手は添えるだけ』の状態からシュートモーションに突入して、入らないなという感覚が出たら極わずかにひっかけて調整するのだ。これで成功率はグンと上がった。

 そんなわけで、本番では使っていないが、俺は十分にチート野郎なのだ。


 ポイントガード:佐藤克己、通称カツミ。キャプテンだ。

 身長169cm。本人は170だと言っているが、169cmだ。5人がかりで押さえつけて測ったから間違いない。頼れるキャプテンでコートの支配者だ。鋭いドライブは全国屈指。さらにパスはドンピシャ。今では空に浮いてる目で全体を見ているんじゃないかってくらい、コートを俯瞰的に見れるようになった。

 以前から俺がいつも言っていたので、本人も意識していたようだが中々できなかった。

 二年生のある日、3ヵ月付き合った彼女に、「好きな男ができた」と振られて拗ねて部活を三日休んだ。その翌日、突然できるようになったらしい。この世界には覚醒システムとかあるのだろうか?

 当然、日本代表からも注目されているらしい。


 これが俺達慶鳳中バスケ部のスタメンだ。


 そして、マルチな控えの吉村崇、通称タカシがメンバーの疲れを見ながらポジションに入っていく。

 身長175cmのタカシは、どんなポジションでもこなせる器用さが売りだ。

 試合中でもスイッチを多用するトリッキーなプレイや、変則的なポジショニングからのスティールなど、試合にスパイスを加えたいときに重宝する選手だ。


 他にもメンバーはいるが、主に試合に出るのはこのメンバーだ。



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 『全中』の予選は順調に進み、俺たちは難なく勝ち上がっていった。準決勝の相手は、全国的にも強豪として知られる大阪の星南中学校だ。彼らのチームはフィジカルもテクニックも高く、簡単には勝たせてくれない。


 試合当日、体育館には熱気が溢れかえっていた。観客席からの声援が響く中、俺たちはウォーミングアップを始める。


「今日も全力で行くぞ! 絶対に勝ァつ!!」


 カツミが力強く叫ぶ。

 俺達はその後、それぞれに拳を突き出してぶつけ合いこう言うのだ。


「『カツミ』だけにな」と俺。

「カツミだけに」とシンジ。

「カツミだけに」とユキ。

「カツミだけに」とマサ。


「お前らマジでヤメロ」


 試合が始まり、序盤は互いに得点を重ねるシーソーゲームとなった。星南中のディフェンスは固く、なかなか突破口を見出せない。しかし、俺たちも簡単には引かない。特にマサのリバウンド力が光り、ディフェンスリバウンドからの速攻で得点を重ねる。中学バスケはまだまだ選手のシュート成功率が低い。マサのリバウンド力は相手から見ても圧倒的に脅威だろう。


 「ヒロ、スリー!」


 カツミの指示に応じて、俺は3ポイントラインの外にポジショニングする。ボールを受け取り、一瞬でディフェンダーをかわし、シュートを放つ。


「おおおぉぉぉぉ!!」


 観客の歓声が上がる。俺のシュートは綺麗にネットを揺らした。




 試合は一進一退を繰り返し、最終クォーターに突入した。残り時間は2分。スコアは70-65で俺たちがリードしている。だが油断はできない。ここからが本当の勝負だ。


 星南中のエース、蒲生が強烈なドライブでゴールに迫る。しかし、マサがその攻撃をブロックし、ボールを奪う。カウンターのチャンスだ。


 「行け、タカシ!」カツミがパスを送る。交代で出ていたタカシが駆け上がり、速攻からのレイアップシュートを決める。これで2点リード。


 しかし、星南中も黙ってはいない。シンプルな連携から2点を確実に決めると、彼らはプレッシャーディフェンスを強め、ボールを奪い返そうと圧力を強める。


 残り時間は1分を切った。ここでの一瞬の判断が試合の行方を左右する。


 「一本! 時間を使って、確実に決めるぞ!」


 カツミが人差し指を立てて指示を出す。俺たちはボールを回しながら、タイミングを計る。


 「ユキ、スクリーン!」


 カツミの指示でユキが動き出し、俺を自由にさせるためにスクリーンをかける。相手ディフェンダーが一瞬遅れた隙に、俺はフリーになり、スリーポイントラインの外でボールを受け取る。


 「決める…!」心の中で自分に言い聞かせる。俺は深く呼吸し、集中を高め、シュートを放った。

 いつもの感覚。

 ボールは高く弧を描き、ネットに吸い込まれるように入った。スリーポイントだ。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 観客席から大きな歓声が上がる。残り時間は10秒ちょっと。俺たちは全力でディフェンスに戻る。


 星南中の最後の攻撃を必死に防ぎ、試合終了のブザーが鳴った。スコアボードには「75-67」の数字が表示されている。俺たちは見事に勝利したのだ。

次は決勝戦だ。



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 いよいよ決勝戦の日がやってきた。相手は一昨年まで連覇していた愛知県の名豊中学。去年俺たちに連覇を阻まれ、リベンジを図っている。彼らもまた全国屈指の強豪であり、連覇を目指す俺たちの最大のライバルだ。


 体育館は熱気に包まれ、観客席は満員だ。美玖と真奈美も応援に来ている。二人の姿を見つけ、軽く手を振ると、彼女たちも大きく手を振り返してくれた。


「よし、いくぞ!」カツミの声が響く。俺たちは円陣を組み、互いの肩に手を置く。


「今日までの練習、全てを出し切るんだ。俺たちなら絶対に勝てる! 俺たちの流した汗を信じろ! 流した汗は裏切らない!!」


「おうッ!」全員で気合いを入れ、コートに向かう。


 しかし、この全国決勝という大舞台でも俺たちは忘れない。

 それぞれ拳をぶつけ合って言い合う。


「ゲロを吐いた回数もな」とユキ。

「ぶっ倒れた回数も」と俺。

「女に振られた回数も」とシンジ。

「汗は裏切らないが、女には裏切られたな」とマサ。


「1回だけだよ!? お前ら後で覚えとけ!!」




「ピッ!」


 試合開始のホイッスルが鳴り、ボールは空高く投げ上げられた。マサが跳躍し、ジャンプボールを制する。カツミがボールを受け取り、すぐさま攻撃態勢に入る。


 序盤から激しい攻防が続く。名豊中の守備は固く、簡単には崩せない。しかし、俺たちも負けてはいない。シンジの鋭いドライブからユキへのパス、そしてゴール下でマサに回してダンク。2点を先制する。


「うおおおおおぉぉぉぉ!!」


 観客席からいきなり大きな歓声が上がる。

 俺は、マサ以外に豪快なダンクを決められる中学生を見たことがない。


 名豊中も黙ってはいない。彼らのエース、佐藤龍之介が鮮やかなフェイダウェイシュートを決める。

名豊中の佐藤は黒人の父を持ち、昨年までバスケットの本場、アメリカに留学していた。日本代表入りは確実と言われている。俺たち全員の長所を一人で持っているような、いわゆるバケモノだ。


 第1クォーターはカツミのペースコントロールが功を奏し、終わったところでスコアは20-18で俺たちのリード。しかし、油断はできない。


 第2クォーター、名豊中が佐藤を中心に猛攻を仕掛けてくる。彼らの連携プレーは素晴らしく、ディフェンスを翻弄する。俺たちも必死に食らいつくが、徐々にリードを許してしまう。


 ハーフタイム。スコアは38-42で名豊中のリードだ。


「まだ大丈夫だ」


 カツミが声を上げる。


「後半は俺たちのペースで行く。ヒロ、外からを多用するぞ。マサ、身長もジャンプも誰にも負けてねぇ。ゴール下、頼んだぞ」


 マサが頷く。


「任せろ」


 第3クォーター開始。俺たちは激しいディフェンスで名豊中の攻撃を封じ込める。そして、カウンター。カツミから俺へのパス。スリーポイントライン外からシュートを放つ。「いける!」


 ネットを揺らす乾いた音。スリーポイント成功だ。今日は調子がいい。今のところ成功率は100%だ。


 観客席から大きな歓声が上がる。


「宏樹ーーーー!!」


「ヒロっちーーーーーー!!!」


 美玖と真奈美の声も聞こえる気がした。


 しかし、名豊中も簡単には崩れない。一進一退の攻防が続く。


 第4クォーター残り約40秒。選手層の厚さがここにきて響く。相手は数人入れ替えてフレッシュ。俺たちは全員がヘロヘロだ。佐藤がドライブからレイアップをキッチリ決め、スコアは75-77で名豊中のリード。俺たちにとっては逆転のラストチャンスだ。


 タイムアウトを取り、最後の作戦を練る。


「もし行けたら、例の作戦を使う」カツミが言う。「ヒロ、最後は頼むぞ」


 コートに戻る。残り約20秒。緊張感が最高潮に達する。


 カツミからのパスを受けドライブの態勢に入るシンジ。しかし中央には敵が深く守っていて、マサは一歩外側で中に入り込めないでいた。ボールをカツミに戻す。

 一瞬のスキをついて、サイドに開いたユキが両手を前に出し大声を上げる。


「パァス!!」


 これは決めていた秘密の作戦だ。土壇場で出してきやがった。


 マサがスクリーンを掛け、俺はスッとユキとは反対のサイドに出る。

 同時にシンジがフェイントで斜めのラインでクロスし、カツミのコースを作ろうとする。

 カツミはドライブに行くと見せかけ、ユキに向かってパスを……出さない。

 目だけでフェイントを入れ、そのままドライブの態勢で強引に切り込む。

 相手ディフェンスはカツミを止めに入った。

 しかしカツミはボールを持っていない。

 利き手じゃないはずの左手でアウトサイドのノールックパス。ドンピシャだ。

 ボールは俺の手元。スリーポイントラインの外側。


「左手は添えるだけ……じゃねぇ!」


 俺は一気に息を吸うと、ゆっくりと吐き出して集中を高める。

 周囲から音が消え、刹那の時間がゆっくりになる。ゾーンだ。

 シュート体制に入る。疲労で踏み込みがしっくり来ていない。

 佐藤が必死の形相で距離を詰めてきているのが見える。

 ジャンプ。右手はどうか。軸にわずかなズレを感じる。リリースの瞬間、添えた左手の親指をほんの少しひっかける。リリース。シュートを放った。

 何万回と体にしみこませてきた成功の感触がある。

 ボールは高く弧を描き、『ぱさっ』と乾いた音を立て、ゴールネットに吸い込まれていく。


「うおおおおぉぉぉぉぉ!」


 観客席から歓声が上がる。残り時間は0秒。ブザービーターだ。

 スコアボードには「78-77」の数字が表示されている。俺たちは見事に全国制覇を成し遂げたのだ。

 試合終了の瞬間、俺たちは全員で抱き合い、喜びを分かち合った。ベンチからも仲間たちが飛び出してくる。長い夏の練習が報われた瞬間だった。俺たちは自然に集まり、輪を作った。カツミが涙を浮かべながら俺たちに声をかける。


「みんだ、本当にありがどう。おばえらと一緒にプレーでぎで、本当に幸ぜだ」


 カツミは号泣していた。


「泣くなよギャプデン」


 そう言ったマサも涙を流している。


「…………アアアアアァァァァ!!」


 普段は無口なシンジも、天を仰ぎ見て雄たけびを上げた。目にはやはり涙。


 俺たちは一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に戦った。吐いて倒れて何度も這いつくばった。しかし、今、すべてが報われたのだ。全国制覇という大きな目標を達成できたことは、一生の思い出になるだろう。


「ヒロ、最高のシュートだったよ!」


 ユキが肩を叩きながら言う。


「ありがとう、ユキ。みんながいたからこそ、俺も全力でプレーできた」


 試合後、俺たちは表彰式でトロフィーを受け取り、全員で記念写真を撮った。流した汗は裏切らない。その笑顔は、今までの努力と達成感を物語っていた。


 会場を出ると、美玖と真奈美が待っていた。二人とも目を輝かせている。


「宏樹、すごかったよ!」


 真奈美が笑顔で駆け寄ってくる。


「ぐすん、ヒロっちぃ、しゅごかった、感動したよぉぉ」


 美玖は泣いていた。


 俺は二人に向かって笑顔を返す。


「ありがとう、二人とも。俺、もしかしてカッコよかった?」


「ええ!」「うん!」

「「とっても!!」」


 この瞬間、バスケットボールを通じて得た喜びと、大切な人たちの存在。これらが全て重なり合い、俺の中で大きな幸福感となって広がっていく。


 今年の夏は部活に全力を注いだ。まともに部活をやってこなかった俺にとって、かけがえのない経験だ。これからも、一つ一つの瞬間を大切にしながら、前に進んでいこう。そう心に誓いながら、俺たちは夏の日差しの中を歩いていった。


「ハーレム野郎。盛大に爆発しやがれ」


 というカツミのつぶやきを残して………

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