第30話 勉強会
ひと悶着あった俺たちだが、真奈美と美玖は友達となり、3人で話す事も増えた。
6月末、ある日の昼休み、俺たちはいつものメンバーに美玖を加えて話していた。
春樹が俺に尋ねた。
「なあ、もうすぐ期末じゃね? ヒロは相変わらず余裕なん?」
「前から言ってるが、予習に復習、それで授業をちゃんと聞いていればそれなりの成績は取れるはずだぞ」
と俺は答えた。そう尋ねてきた春樹は真ん中よりも低い方の成績なのだ。
香苗が心配そうに言った。
「私も今回ヤバいかも。ちょっと部活に時間を使い過ぎちゃって。
もう最後だって思うと……ね」
「カナちゃんもか。実は私も……」
と美結が続けた。
春樹は驚いて声を上げる。
「おいおい、今回はミユまでヤバいのか?」
「えへへ……」
美結は照れ笑いを浮かべた。
いつもは中の上といった成績をキープしていた香苗と美結も、今回はヤバいらしい。
「意外にも今回はケンタが一番余裕そうだが……」
と俺が言うと、健太は楽観的に答えた。
「おう。俺は諦めてるだけだぜ」
いい笑顔で親指を立ててくる健太に俺はチョップした。
「でもまあ、赤点だけは避けねーとな」
と健太。
「赤点回避で満足してたらマズいだろ!?」
俺は呆れて突っ込む。
春樹が俺たち3人を見て言った。
「そっちの3人は余裕そうだな」
そっちの3人とは俺、美玖、真奈美のことだ。
真奈美が冷静に答える。
「余裕って……私たちはちゃんと普段から勉強してるだけなんだけど」
「私も毎日2時間は勉強してるよ?」
と美玖が加えた。
香苗は驚いて声を上げる。
「えええ! 意外!!」
「し、失礼な……」
美玖は少し怒ったように頬をふくらめてみせた。
美玖が毎日勉強しているという事実に驚く香苗。
確かに見た目はギャルっぽいしな。
春樹が話題を変えた。
「そういや前回の中間テストは何位だったんだ?
ヒロが1位って言うのは知ってるけど」
「真奈美が3位で美玖が11位だったか?」
「うん、あってる」
真奈美が肯定する。
「そういう春樹は?」
「俺は丁度ピッタリ150位だったぜ」
春樹は少し得意げに答えた。
「すごくないから。しかも微妙にピッタリでもないから」
香苗がすかさずツッコんだ。
さすがカップルだけあって息はピッタリだ。
「カナは?」
と健太が尋ねた。
「私は58位だったよ。ミユが57位」
「一点差だったんだよね」
と美結が付け加えた。
「ケンタは?」
と俺が聞くと、
「222位」
健太はさらっと答えた。
「ぞろ目じゃん!」
春樹が声を上げる。
「ふ……」
健太はなぜか得意げな表情をする。
「いや全然すごくないから! 危機感持とうね!?」
俺は呆れて言った。
こいつらとのやりとりは楽しいが、さすがにちょっと心配になったので、俺はある提案をした。
「なあ、もしよかったらなんだが、皆で勉強会でもするか?」
「それだッ!」
健太が『クワッ』という感じで食いついた。
「うん、宏樹くんが教えてくれるならお願いしたいかな」
「私も」
香苗と美結も乗り気だ。
「面白そうだね、ヒロっち! 私も参加するー!」
「勉強会だぞ? 面白くはないだろ」
と俺は美玖に冷静に返した。
「えー! 今しかできない青春って感じで絶対楽しいよ」
美玖は楽しそうだ。
香苗が呟く。
「美玖ちゃんって意外とオバさんっぽい……」
「なんですと!?」
美玖がだんだんと俺たちに馴染んできているのがわかる。
「ところで、マナミンはどうするの?」
と美玖が真奈美に聞いた。
「宏樹だけで面倒を見るのは大変でしょ? 私も教える側で参加するわよ」
「おおお! 助かる!! 中間テスト1位、3位、11位の豪華講師陣!」
春樹は喜んだ。
「おー、私も教える側なんだ!?」
「春樹、真面目にやるんだぞ?」
と俺は念を押す。
「あたぼーよ!」
春樹は自信満々に答えた。
そんな風に急遽勉強会が決まった。
だが一つ問題が残っていた。
健太が心配そうに言う。
「しかし、この人数だと場所が問題だよな。俺んちじゃ絶対無理だし」
「ヒロっちの部屋は?」
と美玖が提案する。
「7人も入り切らねーよ」
と俺は即答した。
「カナの部屋は? 割と広いじゃん?」
春樹が言うと、周囲は「行ったことあるんだ…」というような微妙な表情になる。
香苗は困った様子で答える。
「私の部屋は入れるとは思うけど、テーブルが無いよ」
「あ、そっか」
春樹も納得した。
「あの……」
そこで真奈美が口を開いた。
「そういうことなら、ウチに来る? ウチ、割と広いからみんなで勉強するスペースもあると思うから」
「「「是非、お願いします」」」
こうして、俺たちの勉強会が、テスト前の土日に開催されることが決まった。
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そして土曜日、駅で合流した俺たちは指定された住所へと向かった。
「何気に真奈美んち行くのって初めてだよな? ヒロは行ったことあるのか?」
と春樹。
「いや、無いよ」
「女子は?」
「私も無いよ。誰か行ったことある人ー?」
香苗が聞くも、誰も返事をしなかった。
「そっか、みんな初めてなんだ!
ちょっと広いって言ってたし、楽しみだね」
すると、きょろきょろしながら健太が不思議そうに聞いていた。
「ところでさ、さっきから気になってんだけどさ、右手の塀、長過ぎじゃね?」
「確かに。ずっと続いているよな」
確かに、石造りの高い塀が延々と続いている。まさかこれが一つの敷地だとでもいうのだろうか。
「お、あそこに門が見えるぜ?」
と春樹。
「いやいや、これは個人宅じゃないでしょ」
と美結。
それは、優美な曲線を描いた鉄製の門だった。
そしてその門にたどり着くと……
「ひょ、表札には『堀北』って書いてあるね」
「うん」
固まる香苗と美結。
いや、全員が固まってしまっていた。
沈黙を破ったのは春樹だ。
「おいヒロ、お前代表なんだからチャイム押して来いよ」
「お、おう」
とはいったものの、これだけの豪邸を前にしたら緊張感はマックスだ。
この豪邸に比べたら、大人の世界で俺が購入したタワマンなんぞ子供部屋だ。
意を決してチャイムを押そうとすると門が開いた。
そこには、執事服を身にまとった初老の紳士が立っていた。
「西森様ご一行ですな? お待ちしておりました。お嬢様が中でお待ちです。こちらへどうぞ」
あ、俺知ってる。この人きっとセバスチャンって名前だ。
「ご丁寧にありがとうございます。私は西森宏樹と申します。この度は屋敷にお招きいただき、ありがとうございます」
「ほっほっほ、そんなに畏まらなくて大丈夫ですぞ。私はこの家で執事を任されております、伊藤と申します。お嬢様は私の事を『じい』と呼んでおりますので、お気軽にそうお呼びください」
違った。セバスチャンじゃなかった。
俺達は歩き出した伊藤さんについて行った。
おかしいなあ。絶対にセバスチャンだと思ったんだが。
途中、不安そうな顔で香苗が聞いてきた
「ねぇ宏樹くん、お嬢様って……」
「まあ、真奈美の事だろうな」
「私、不敬罪で処罰されないかな?」
香苗の顔は大まじめだ。
「ぷっ、そんな時代じゃないし、俺たちは友達だ。大丈夫だよ」
でも、この景色を見ているとその気持ちもわからんでもない。
1分ほど優美な日本庭園を見ながら歩くと、ようやく西洋風の3階建ての豪邸に到着した。
セバスチャンに促されてエントランスをくぐると、豪華なシャンデリアが特徴的な見事なエントランスホールだった。大理石の床が足音を反響させる。
ん?
ああ、セバスチャンじゃなくて伊藤さんだった。
頭がグルグルになっている俺たちの前に現れたのは、清楚なドレスに身を包んだ真奈美だった。
「いらっしゃい」
「「「「お、お邪魔します」」」」
春樹たちが声を合わせて挨拶をする。
緊張のあまり、小学生みたいになってしまっていた。
「ふふ、あまり緊張しないで欲しいのだけれど……」
真奈美は苦笑しながら言った。
「よう、真奈美、お邪魔します。今日は誘ってくれてありがとうな。
それにしてもその恰好……似合ってはいるが………」
「……言わないで。初めての同級生の来客だから、みんなが気合を入れてしまったのよ」
真奈美は困ったような顔する。
「マナミン! すっごいお家だね!!」
目をキラキラさせている美玖は、完全におのぼりさん状態だ。
「はぁ……こうなると思ったから、同級生は家に呼んだことは無かったのよ」
「まあ、普通はこうなるよな。
さて、いつまでも玄関にいるわけじゃないだろ?」
「ええ。
じい、今日は予定通り会議室を使わせてもらうわね」
「はい、既に整えてございます。
今日は会議の予定もございませんので、ゆっくりとお使いください」
「それじゃあ皆、こっちよ」
真奈美に促されて俺たちは移動を開始する。
移動中、メイドさんのような人を見かけたので、真奈美に聞いてみた。
「なあ、ここって何人くらい人を雇ってるんだ?」
「そうね、じいと、メイドさんが三人くらい、それと料理人かしら」
「ひゃー、マジもんのお嬢様だったんだな」
「もう。だからって態度を変えたら許さないんだから」
「真奈美は真奈美だろ? 変わんねぇよ。な?」
「うん」
「だな」
「ああ」
春樹や香苗たちもそれぞれに返事をした。
お嬢様だからって俺たちの関係が変わるわけじゃない。
「さ、ついたわ」
そう言って案内された部屋は、まるで高級ホテルのような会議室で、長机が2つ、椅子が7脚用意されていた。
正面にはホワイトボードやプロジェクターなどが完備されていて、本当に普段は会議室として使われているのだろう。
「なあ、真奈美んちのご両親ってどんな仕事をしてるんだ」
健太が率直に聞いた。
「ディグノースっていう会社で、色々な事をやっているわ」
「ディグノース!? 東証一部上場の巨大企業じゃねーか!」
「あら、さすが宏樹ね。知ってるの?」
「ああ、父さんと株をやっていてな。上場企業については結構詳しいんだ。
それに、俺も父さんも株主なんだぜ。
っていうか気にもしてなかったけど『ディグノース』って『掘北』だったのか」
「安直よね」
くすくすと笑う真奈美。
しかし、すぐに思い出した。
このディグノースという会社、2000年代の初頭に記録媒体事業や液晶テレビ事業に参画するも、進化する韓国や中国産の製品との価格競争について行けず大損害を出して撤退、さらには利益を過大に計上する不正会計問題で信用失墜、ぐんぐん上昇していた株価も一転して大幅下落。そして、代々の経営者一族を追い出し、何年もかけて企業再建を果たしたと、大人の方で見た記憶がある。
代々の経営者一族を追い出し、というのが気になる。今度未来で調べてこよう。
「あ、座るなら宏樹はこっちね」
2つの向かい合ったテーブルに4:3で椅子が置かれている、その3の方の真ん中の席を真奈美は指定した。
「ああ、こっちが講師陣で、こっちが生徒ってわけか」
「そういうこと」
「それじゃ私はこっちだね!」
美玖が俺の右隣に座る。
「私はどちらでもいいわ」
と、真奈美が俺の左に座った。
「それじゃ俺たちはペアでいいか?」
「そうだね」
春樹と香苗、健太と美結がそれぞれペアで座る。
こうして俺たちの勉強会は始まった。
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