第27話 デート
西森家のリビングにて。
母さんとあかねの前に、俺と美玖は座らされていた。
少し重たい空気の中、母さんが口を開く。
「宏樹、まずはこちらのお嬢さんを紹介なさい」
俺が口を開こうとすると、美玖が自分で話し始めた。
「自分で言うわ。
初めまして、宏樹くんと仲良くさせて頂いています、東城美玖と申します」
「彼女ではないのね?」
「はい。仲の良い友達といった関係になるんでしょうか」
「それで、宏樹が『友人の家に急遽泊まる事になった』って言っていたのは……」
「はい、私の家です」
「あー、母さん。詳しくは言えないんだけどさ、彼女は昨日、とても嫌な目に遭ってしまったんだ。
それで、一人にはさせておけなかったんだよ」
「一人にさせておけないって、ご両親がいたでしょう?」
「私は父がいなくて、母も夜の仕事で出ていまして……」
「そう、それで放っておけなかったのね」
ああ、これは母さんもある程度事情を分かってくれているようだ。
「それで、宏樹。親御さんも留守にしている、お付き合いもしていない女の子の家に泊まって、当然、何もしてないでしょうねぇ?」
「………」
「ねえ?」
母さんからのすごい圧に、俺はつい目を逸らしてしまった。
美玖を見ると真っ赤な顔をして下を向いてしまっている。
「ああーーー!
やっぱりえっちなことしたんだ!!」
あかねが叫ぶ。
「あかね。あなたはちょっと上に行っていなさい」
「……はーい」
あかねがしっかりと部屋に戻ったのを確認して、再び母さんが言った。
「あなた達、どこまでしたの?」
「母さん、俺たちは……」
「いいの。ちゃんと言うから。
宏樹くんのお母さん、聞いてください」
「ええ、聞くわ」
「私は昨日、芸能スカウトを称した性犯罪者集団に騙され、監禁され、性暴力をされそうに……いえ、途中までされてしまっていました。
それを助けてくれたのが宏樹くんです。
ギリギリのところで警察を呼んでくれたんですが、警察も中に勝手には入れないみたいで……
そこに、危険を顧みずに飛び込んで来てくれたのが宏樹くんです。
見張りの人をすり抜けて、犯されそうになっている私を見つけ、警察を呼んでくれました」
「この子ったら、また危ない事をしたのね……」
「あの、怒らないでください。
もう十分に警察で怒られてきましたから。
それに、宏樹くんは私のヒーローなので」
「ですってよ宏樹。あんたまた助けてヒロインを増やしちゃったの?」
「いや別に助けたからヒロインとか無いだろ」
「あの……以前にも誰かを助けたことが?」
「ああ、小学校の時にね。
近所の幼馴染の真紀ちゃんって子を交通事故から守ったり、暴力を振るう親から山下君っていう男の子を守ったのよね」
「たまたまだよ。それに山下君は男だ」
「その子たちからしても、うちの子はヒーローなんでしょうね」
「そうですね、そうだと思います」
くすっと笑う美玖。
「そんなもんかな」
納得のいかない俺。
俺としては、もっと上手くやれたような気がして、心にもやもやが残っているのだが。
「すみません、話が脱線してしまいました。
それで、一人でいるのが怖いので、宏樹くんに付き添いをお願いしてしまったんです」
「そうね、中学生の女の子がそんな目に遭ったら、それは怖いと思うわ」
「そして、家に帰ってシャワーを浴びたんです。
でも、無理矢理キスされた唇と、触られた胸にこびりついた不快感が何度洗っても取れなくて……」
「それでウチの子を頼ったのね」
「はい。宏樹くんにキスと、胸を触ってもらったんです」
「そうしたら不快感は消えた?」
「はい。不思議なくらいに不快感は消えました。
全部が全部、幸せな気持ちで塗り替えられた感じで……」
「そこから先はしていないのね?」
「はい。誓ってしていません」
「まあいいわ。信じましょう。
ちょっと待ってて」
母さんは何やらごそごそと引き出しを探ると、二つの小さなパッケージを持ってきた。
……いわゆるゴムだ。
それを俺達の前に一個ずつ置いた。
「宏樹。それに美玖さん。これが何かわかるかしら?」
「ああ」「はい」
「あなた達は段々と大人に近づいている。だけどまだまだ子供なの。
二人の関係が進んで、ちゃんと付き合って、合意の上でその先の事をするのなら、これをちゃんと使いなさい」
「っ!? ちょっ! 母さん!?」
「宏樹。茶化してるんじゃないの。大事なことよ。するなとは言いません。できれば、せめて高校生になるまでは我慢して欲しいのだけれど。もし何かあった時に苦しむのは女である美玖さんだもの。あなたは絶対にそのことを肝に銘じておきなさい」
「わかってるよ。俺は、わかってる」
ああ、覚悟の無い野郎が欲望に身を任せた結果、どれだけ女性を傷つけるか、俺は本当によく知ってるんだよ。母さん。
「さ、真剣なお話はこれでお終い!
どうせ流れでデートに行くことになったから、シャワーを浴びて着替えに帰ってきたんでしょ?
お小遣いもあげるから、美玖さんとパーっと遊びにいってらっしゃい。
美玖さんも、宏樹にある程度渡しておくから、嫌な事なんて忘れて楽しんでらっしゃい!」
「え、でもご迷惑じゃ」
「中学生なんて、まだまだ子供だもの。子供は大人に甘えておけばいいのよ。遠慮せずにいってらっしゃい」
「あ、ありがとうございます」
美玖も喜んでいるようだ。
厳しくも優しい母さんに感謝だな。
でも母さん、そのエスパーみたいに全部当てるのやめてよ。
怖いよ。
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シャワーを浴びてスッキリすると、俺は着替えてリビングで待っていた美玖と家を出た。
「ふふ、デートっ、デートっ!」
つないだ手を大きく振り、美玖はご機嫌だ。
「子供かっ!」
「お
「何か『おかあさん』の漢字に違和感を感じたぞ」
「気にしない気にしない!
さー、どこに行こうか?」
「着替えながら考えてたんだけどな、ちょっと身長も伸びて来て、入る服が減ってきたんだ。良かったら買い物に行かないか?」
「いーね! 行こう行こう! 私も服とか色々見たいっ」
「どこか好みの場所はあるか?」
「んー、やっぱり渋谷かな?」
「あんなことがあったばかりなのに大丈夫か?」
「ヒロっちがいるから大丈夫!」
元気いっぱいの美玖を見ているとこっちまで元気になる。
「そういえばさ、私、何気に初デートなんだよね」
「そうなのか?」
「前の学校で行ったりしなかったのか?」
「あー、前の学校じゃお母さんの仕事でバカにされたりとかあってさ……」
「中学生にもなってくだらねー……ガキかよ」
「皆が皆、ヒロっちみたいに大人じゃないんだよ。学校のレベルがそんなに高くないっていうのもあったし」
「慶鳳では内緒にしてるのか?」
「ううん、何人かは知ってるよ。でもバカにされるとかは全然ない。これもヒロっちの影響?」
「俺はそこまで人心掌握してねえよ」
「そうかなー?
けっこう影響与えてると思うよ?」
「そうなのかな」
何だかムズ痒い気分になってくる会話をしていると、ちょうど駅に着いたので電車に乗った。
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渋谷につくと、俺たちはファッションブランドが色々と入っている渋谷105を見に行った。
渋谷105に足を踏み入れると、一気に若者の熱気が押し寄せてきた。
1階のエントランスは、日曜日ということもあって、まるで蜂の巣のように活気に満ちていた。カラフルな服を着た女子高生たちが、キャッキャッと笑いながら店から店へと移動している。彼女たちの間を縫うように、彼氏らしき男子たちが、少し困惑した表情で付いて回っている姿も見える。
「ヒロっち、すごい人だね!」
美玖が目を輝かせながら言った。
「さすが日曜日だぜ...…」
まずは一階から見ていく。
建物内も人で溢れかえっていた。壁一面に貼られたポスターやディスプレイは、最新のファッショントレンドを主張するかのように鮮やかだ。
「ねえねえ、ヒロっち! あのお店かわいい!」
はしゃいでいる美玖の無邪気な様子に、つい笑みがこぼれる。
ブラブラと見て回っていると、美玖が足を止めた。
「ヒロっち、ここ見て行こ?」
「ん?
ってランジェリーショップじゃねえか!」
「ちょ、声大きい……はずいよ」
「すまん。
まあついて来て欲しいならついていくが、美玖の方こそ大丈夫なのか?」
そう、俺は40過ぎのオッサン。ランジェリーショップなど、結婚する前や結婚後、ラブラブな時に何度も行ったことがあるので、恥ずかしいには恥ずかしいが、別に入れないほどでもないのだ。
「……やめとく」
やはりただの挑発だったようだ。ここは俺の勝ちだな。
「もし買いたいものがあるなら、俺はここで待っているから行っておいで?」
「それじゃちょっと待っててくれる?
最近サイズがきつくって」
「そういう話を付き合ってもいない男にするなよ……」
「ヒロっちならいいの」
そう言うと彼女は店内に入っていった。
しばらく待っていると、小さな袋をぶら下げて彼女が出てきた。
「良いのはあったかよ?」
「うん!
しっしっし、見たい?」
「ばっ……見たくない、と言ったら嘘になるな」
「もう……こ、今度ね」
顔を赤くする二人。
通りすがりの女性二人組が、「高校生カップルかな?」「初々しい~」「たまらん!」
等と言っているのが聞こえてきた。
それから俺たちは階段を使って上の階へと向かった。
「ねえヒロっち、次はどこ見る?」
美玖が嬉しそうに尋ねた。
「そうだな……下の階は女性向けのショップが多いから、美玖の服から見て行こうぜ」
「うん、それじゃ、下の階から順番に見て行こっか!」
俺と美玖は手を繋ぎながら、色々見ていく。
ふと、薄い青色のワンピースが気になってしまった。
水色ではなく、澄んだ空気を連想させる、そんな色だ。
「なあ美玖。これ、試着してみないか?」
「えー、私ワンピなんて着た事ないよ?」
「そっか、それじゃ他のにするか」
「ううん、でもヒロっちが着て欲しいなら着てみる!
ちょっと待ってて!」
そう言うと彼女はそのワンピースを手に取り、試着室へと入っていった。
しばらく待っていると、シャッという音とともに、少し開けたカーテンから美玖が顔を出す。
「ヒロっち、センスいいね。
自分でもびっくりするほど似合ってると思っちゃった」
そう言うと彼女はカーテンを開けて外に出てくる。
「じゃーん! 思ってたよりワンピもいいねー!」
…………
不覚にも俺は言葉を失ってしまった。
彼女の透き通るような魅力を十分に引き出してくれている。
この透明感は、見ているだけで心が洗われるかのようだ。
「ちょっ……ヒロっちが着て欲しいって言ったんだからさ、何とか言ってよ」
「……綺麗だ。それしか言えねぇ」
瞬間、ボンっと顔を赤くする美玖。
「あ、あー………き、着替えるね」
美玖は着替えを終えるとカーテンを開けて出てきた。
これをチャンスと思ったのか、店員さんが近づいてきた。
「よくお似合いでしたね!
髪色と相まって素晴らしい透明感でした。
ただ、こちらのお色なんですが、現在出ているだけになっておりまして……
他の色もお試しになりますか?」
「あ、この色が良いです」
「それでは、お包みいたしましょうか?」
「は、はい!」
「ありがとうございます!」
そう言うと、店員さんはワンピースをレジに持って行ってしまった。
「美玖、良かったのか?」
「うん、私も凄く気に入っちゃったから。
それに、ヒロっちも綺麗って言ってくれたし……」
「でもなぁ……
うん。それじゃ、俺が買って美玖にプレゼントするよ」
「えええ!? それじゃ悪いよ。
自分で買うよ?」
「それじゃあさ、美玖は俺にTシャツを買ってくれないか?
今日はTシャツを探しに来たんだ」
「初デート記念の交換プレゼント、みたいな?」
「そうそう」
「……する。
それ、めっちゃしたい。
絶対する」
「うん、それじゃ、これは俺が買ってくるね。
美玖は店の外で待ってて」
そう言うと俺はレジに向かった。
おそらく美玖は値札を見ていなかった。
あのワンピースは24,000円と、中学生が小遣いで買うには少しお高くなっていたのだ。
レジで支払いを終えると、値札を外してラッピングしてもらった。
美玖の所に戻り、紙袋を渡した。
美玖は袋を受け取ると顔を綻ばせ、
「次のデートの時に着ていくね!」
と言った。
次のデートの約束に使うとは。なかなかの上級者である。
その後、女性ものの服をしばらく見てから、俺のTシャツを探しに行った。
「あ、ヒロっち、これ似合いそう!」
彼女が薄い青色のTシャツを手に取った。
「美玖のワンピースと同じような雰囲気だな」
「うん。完全なおそろじゃないけど、二人でこれを着て出かけたいなーって」
「いいんじゃないか?
それに好きな色だ。
ちょっと着てみるよ」
俺はそれを試着してみる。
男の試着は早い。
「どうだ?」
「うん、いい感じ! とっても似合ってるよ!」
「ありがとう。やっぱ照れるな。
でもこれにするか」
「うん、次のデートにはお互いこれを着て集合だね!」
「ああ、そうしよう」
その後、美玖は薄いピンク色のTシャツを見て気に入ったらしく、一緒に購入しにいった。
遠目に、少しレジが混んでいるのが見えた。
待っている間に、ふと隣のアクセサリーショップを見てみると、細いシルバーチェーンのブレスレットが目に留まった。ユニセックスな仕様で、値段も手頃で、中学生の二人にぴったりだ。ポイントで入った、淡い色合いながらカラフルなキュービックジルコニアも、主張が強くなくさりげなさが良い。
「これはいいな。美玖とおそろいで買おうかな」
なぜかそう思った俺は、すぐに会計をし、小さな袋でこっそりと隠し持った。
「お待たせー」
105を出ると午後二時。俺たちは少し遅めの昼食にMなナルドのハンバーガーショップを目指した。
中学生は節約が大事だ。
「ヒロっち、一口ちょうだい?」
「ああ、いいぜ」
俺は食べていたダブルチーズバーガーを美玖に差し出す。
「ありがと」
美玖の耳を見るとほんのりと赤い。
「ヒロっちも食べる?」
そう言うと美玖は自分の食べていたてりやきバーガーを差し出してくる。
「おう、貰うぜ」
一口かじると、美玖は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて、「なんで平気なのよ」とつぶやいた。
ごめんな、美玖。
人は40年も生きると、『間接キス』なんて、何でドキドキしてたのかすらわからなくなるほど、何も感じなくなるんだ。
食事を終えた俺たちはハンバーガーショップをでた。
「さてと、もう少し時間があるな。美玖はどこか行きたいところがあるか?」
「んー……あ、カラオケ行きたい!
私、まだヒロっちの歌って聞いたことないもの」
「それじゃ、行こうか」
再び手を繋いで歩き出す。
そして俺はついに気づいてしまった。
なあ、俺。
何してんの?
やり過ぎだ。
これじゃ完全にカップルだよ!!
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