第25話 ヒーロー
俺は、美玖を救うために情報を集めることにした。
まず当時の事件について知るために、警察やマスコミに問い合わせをしてみたが、やはり無関係な個人が問い合わせたところで何ら情報を得ることはできなかった。
次に、SNSや掲示板で情報提供者を呼びかけると、掲示板で一人、事件について詳しく知る人物が現れた。
話を聞くと、彼は当時の恋人が被害に遭い、自殺してしまったという悲劇に見舞われた男性らしかった。
俺は、『片思いをしていた同級生がオーディションを受け、それっきり不登校になり、気づいたら学校を辞めてしまっていた。最近になってこの事件のことを知り、きっと彼女に関係があるのではないかと思った。詳しく知りたい』という設定で彼から直接話を聞く約束を取り付けた。
そして約束の日、渋谷で50歳くらいの男性と出会った。彼の名は村田という。
今もそのビルは存在し、現在は別のテナントが入っているという。少しの謝礼を支払い、その現場に案内してもらった。
「ここで美玖が……」
今は『(株)やくも』と書かれたドアの前で呟いた。
その言葉が聞こえたらしく、村田は
「美玖さんというのですか、あなたの大切な人は。
私の恋人だった明日香も、ここで彼らに犯され、動画を撮られて販売され、その事実が分かるとビルの屋上から飛び降りてしまいましたよ」
「どうして……そんな事が出来るのでしょうね」
「本当に。
知っていますか? 彼らはもう何事も無かったかのように出てきて、今では会社を立ち上げ、今も動画を撮影して販売しているんですよ」
「そんな事が許されるんですか? この国では」
「ええ、許されてしまうんですよ。
ただ、私は許すつもりはありませんけどねぇ……」
その時の村田はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべ、瞳はひどく濁って見えた。
場所は特定できた。あとは日時を確定し、どうするかを考えないといけない。
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中学に戻ってきた。
少し前のセーブポイントで、ちょうど美玖の撮影が行われる週の最初の日だ。
色々動きやすくするために、セーブとロードを駆使してまずは情報を集めることにした。
まず現場を確認しに行った。向こうで確認した時よりも建物が綺麗だ。
現場を確認した俺は、美玖を当日監視するため、彼女を尾行して家まで行った。
気を付けないと。一歩間違えればストーカーだ。
……いや完全にストーカーだな。
彼女の家は学校からはかなり遠く、電車を30分ほど乗り継いで行った郊外のアパートだった。
情報が揃ってきた。あとは当日、犯行時刻を特定するだけだ。
彼女が言っていた撮影当日、俺は目立たないような格好で彼女が家から出てくるのを待った。
昼の1時ごろ、彼女が家から出てきた。
そのまま尾行すると、彼女は例のビルに入っていった。
時計で時刻を確認しながら、ドアに耳を当てて待つ。
しばらく待っていると、中から女性の叫び声が聞こえてきた。
防音設備がしっかりしているのだろう。かすかな音に俺は耳を澄ました。
「いやッ、許して! いやぁぁぁ!!
やめっ…やめてよぉぉぉ!!
ダメ! 助けてヒロキぃぃ!!」
彼女の叫び声と男の怒鳴り声が聞こえる。
不快な感情が俺の中で渦巻く。
俺は時刻を確認すると、その日の朝のセーブポイントを再びロードした。
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朝起きると、俺はすぐ斜め前の真紀の家のドアを叩いた。
「はーい」と迎えてくれたのは真紀の母の聖子さんだ。
「あら、宏樹くん。久しぶりじゃない! 真紀は部活で出てるんだけど、何か用?」
「いえ、今日は誠さんは居ますか?」
「ええ、いるけど。どうしたの?」
「ちょっと急ぎの用事があって、お願いしたいことがあるんです」
「いいけど……誠さーん?」
「なんだ?」
聖子さんが誠さんを呼んだ。
「おはようございます。ちょっと聞いて欲しいお話があるんですけど、良いですか?」
「ああ、こっちで話を聞こう」
誠さんは、僕の雰囲気を読み取ってくれ、リビングでは話しにくいだろうと自室に案内してくれた。
「そんなに焦ってどうしたんだい?」
「焦って見えますか」
「ああ、必死さがにじんでいるよ。どうしたんだい?」
「実はですね、誠さんではなくて、以前お世話になった誠さんのお知り合いの警部さんに伝えて欲しい話があるんです」
「それは、以前のようなことかい?」
「……はい」
「それじゃ直接の方が良いだろう。ちょっと電話で確認するから待っていてくれ」
そう言うと誠さんは携帯電話を取り出し、しばらく通話をすると、
「すぐに会えるそうだ。いこう」
そう言って、以前お世話になった中村警部に会えることになった。
俺は誠さんの車に乗り込むと、中村警部との待ち合わせ場所へ向かった。車内で、どうやって説明すれば良いか、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。
ファミリーレストランに到着すると、中村警部が既に席についていた。緊張した面持ちで席に着くと、中村警部が穏やかな表情で話しかけてきた。
「西森君、久しぶりだね。前回の件では本当に助かったよ。今回も何か重要な情報があるんだって?」
深呼吸をして、俺は話し始めた。
「はい。今回は前回とは少し状況が違うんです。確定的な情報というわけではないのですが...」
俺は慎重に言葉を選びながら、芸能スカウトを装った性犯罪集団の存在、その現場を突き止められそうだということ、そして同級生の美玖がその被害に遭う可能性があることを説明した。
中村警部は眉をひそめながら、真剣な表情で聞いていた。
「西森君、そういった情報をどうやって得たんだ?」
この質問には備えていた。大人の世界での調査については触れず、最近始めたインターネットでの情報収集と、それで知り合った被害者の知人から聞いた話だと説明した。
中村警部は深刻な表情で頷いた。
「分かった。確かにその子は危険な状況だ。それに、この件は警察でも既に捜査を始めていてね。だが、西森君。こういった事態に君自身が関わるのは非常に危険だ。今回は協力させてもらうが、通報した後は絶対に現場から離れてくれ」
俺はとりあえず素直に頷いた。
通報用に父さんに携帯を借りていた。
今日は休みだから、と貸してくれたのだ。
父さんは俺を信じてくれているから話が早い。
きっと今回も、父さんから誠さんを通して、中村警部まで話が回っているのだろう。
そうでもなければ、こんなにすんなり警察が動いてくれるわけがないのだ。
そして、その日の二時半ごろ、俺は現場に到着した。
以前と同じように、通報して警察が来る時間帯を見極めるため、一度通報する。
女性の悲鳴が聞こえる。確かめてもらいたい、と。
通常の通報ではどのくらい時間がかかるか分からないが、今回の通報では3分もかからずに警察が到着した。今回はまだ時間的には早いのだが、犯罪者がどのような行動をとるのか見る必要があると思ったので、そのまま続けてみた。
俺は階段の上でこっそり待機していた。
そこへ、例の部屋の前に警察が来て、ドアをノックする。
これで犯人がドアを開けなければ、別の方法を考えないといけない。
そんなことを考えていると、ドアが開いた。
「警察だ! この部屋から女性の悲鳴のような声が聞こえると通報があった!」
「へ? 警察ですか?」男はすっとぼけて話を続ける。
「勘違いじゃないですかね? この通り、ここは静かなもんですよ?」
「中を確認させてもらっても?」
「構いませんが、令状は持ってるので?」
「いや、それは持っていないが……」
「令状なしで踏み込んで何もありませんでした、じゃそちらも都合が悪くねぇですか?」
その時、俺は彼らの横をすり抜けて室内へと突入した。
現場を押さえればどうにかなるはずだ。
「なんだテメェッ!」
男が手を伸ばすが振り切って奥の部屋のドアを開ける。
そこでは美玖が……
笑っていた。
「それじゃ次は本番だから! 準備よろしく!」
「え?」
「誰だお前は?」
「え? ヒロっち…?」
数人の撮影スタッフと準備を進めている悪役風の男、ベッドを中心とした部屋で、美玖は押すと引っ込むナイフをカシャカシャといじりながら談笑していた。
それは普通のドラマの撮影現場のように思えた。
クソっ……まだ早かったんだ。
俺はつまみ出され、警察と共に謝罪して現場を去った。
もしかするとこれでも抑止にはなったのかもしれない。
あのあと、警戒した連中が終わらせてそのまま何事もなく終わったかもしれない。
後日のことを考えると俺は気まずいが、それでもこれで終わりで良いのかもしれない。
しかしその時、俺の脳裏に、悲しそうだが、どこか
美玖を一時的に助けただけじゃダメだ。
村田さんの彼女、明日香さんの件もある。
美玖も日を改め、もう一度何かされるかもしれない。
やはりだめだ。これじゃ何も解決していない。
アイツらにはきっちり裁きを受けてもらわないと。
俺は通報する前のデータをロードした。
時間を調整し、再び通報した。
今度は、前回ちょうど中から美玖の叫び声が聞こえたくらいの時間だ。
警察がノックをする。
しかし、前回は何事も無かったから開けられたが、今回はどうだろうか。
すると、心配をよそに男がドアを開けた。
「警察だ! この部屋から女性の悲鳴のような声が聞こえると通報があった!」
「ああ、すみませんねぇ! へっへっへ、ちょっとそういうビデオを大音量で流してしまいまして」
前回とは男の反応が違う。
「中を確認させてもらっても?」
「は? 令状は持ってるんですか? 令状も無いのに家の中に入れるわけないでしょ。こっちが通報しますよ? 良いんですか?」
男の反応は明らかに違う。
俺は意を決してやり取りしている横をダッシュですり抜けると、部屋に突入した。
「あっ!? んだテメェ! 待てコラ!!」
掴みかかる男を躱し、奥の部屋のドアを開ける。
そこには両手両足を拘束され、上半身の服を破かれて胸が露出し、下半身は脱がされ、下着一枚の状態で喋れないように口を押さえられた美玖がいた。
隣には裸の男が一人、性器を露出させている。
男たちが振り向く。
「んーーーーー、んーーーーーーー!」
美玖は必死に叫ぼうとしていた。
「女性が襲われているぞぉぉぉぉ!」
俺が叫ぶと警察が突入してくる。
いつの間にか警察は二人だけじゃなく、大勢になっていた。
「動くな! 強制
警察官が男たちを制圧していく。
俺は美玖に駆け寄り、近くに落ちていた大きなタオルを掛けて体を隠すと、拘束具を外していった。
「ヒロっち……ヒロっちぃぃぃ!!」
拘束具が外れると、美玖は俺に抱き着いてわんわんと泣いた。
「大丈夫、もう大丈夫だ。もう大丈夫だから……」
俺も彼女を抱きしめ、頭を撫でてやった。
それからは大変だった。
中村警部も来て、俺は盛大に怒られた。
だけど最後には、後ろ向きのまま「よくやった」と言ってくれた。
これ以上遅かったら、彼女には一生の心の傷が残ってしまったことは誰の目にも明らかだったからだ。
警察署での事情聴取が終わったのは夜遅くだった。美玖の体には幸い大きな怪我はなかったが、精神的なショックは大きかったようだ。
中村警部が自宅まで送ってくれると言ってくれたが、美玖が俺に送って欲しいと強く要望したため、俺が電車で送っていくことになった。
警察署を出ると、美玖が俺の袖を掴んだ。
すっと差し出された手を繋いで歩く。
しばらく無言だったが、美玖が口を開いた。
「ウチがこっちの電車だって知ってるんだね」
「え?ああ……」
しまった。彼女の家を俺は知らないはずだったのに、迷いなく来てしまった。
ここは正直に言うか。
「ごめん。美玖の後をつけて……」
「ストーカーじゃん」
「返す言葉もない」
「で、今日もどうして現場にいたの?」
これは正直には言えない。
とっさに考えたストーリーでなんとか誤魔化そう。
「中村警部っていただろ?
俺の幼馴染の父親の友人なんだ。
その人に、最近芸能スカウトを装って集団で性的暴行をしているグループが居るって聞いてたんだ。
それで、美玖がスカウトされたって言ってたから気になって、朝から待ち伏せして後をつけてしまった。
後は、現場が分かったから中村警部に来てもらったんだ。
警察の人にも『何もできないかも』って言われてたんだけど、どうしても何かしたくて」
「心配してくれてたんだ?」
「うん……」
「……どうして、部屋の中に突っ込んできたの?」
「それは、入り口で対応した人が嘘をついたから」
「嘘?」
「本当にドラマの撮影をやっているなら、それを伝えて現場を見せればいい。
だけどそいつは嘘をついて警察を追い返そうとした。
直感で何かやましいことをしてるなって思ったんだ」
「そう……だったんだ」
「色々とゴメン」
「謝らないで。
私は助けてもらったんだから。
……あなたは私にとって、ヒーローなんだから」
それからは無言で。
手だけは繋いだままで。
それから電車を乗り継いで彼女の家に到着した。
「それじゃ……」
と言おうとしたところで、
「ねえ……今日は帰らないで。ずっと一緒にいて?」
上目遣いの美玖は必至な顔で。
「でも、ご両親が……」
「ウチは母子家庭なの。その母も夜の仕事で朝まで帰ってこないわ」
「それじゃなおさら……」
「お願い。今は……一人じゃいられないの」
彼女は繋いだ手をぎゅっと握りしめる。
彼女の目に涙が溢れそうになっているのを見て、俺は深く息を吐いた。
そうか、あんなことがあったんだ。
一人は辛いよな。
「分かった。君の側にいるよ」
「ありがとう」
そして俺は美玖のアパートにお邪魔することになった。
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