第23話 東城美玖

 4月。


 桜の舞う中、新学期が始まった。

 久しぶりの学校だ。

 全校集会が行われるため体育館に向かう。廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「おはよう、宏樹」


 振り返ると、副会長の堀北真奈美が笑顔で立っていた。


「おう、真奈美。おはよう」


「今日の挨拶、準備はできてる?」


「ああ、大丈夫だ」


 体育館に着くと、すでに大勢の生徒たちが集まっていた。壇上に立ち、マイクを手に取る。


「おはようございます。生徒会長の西森宏樹です。今日から新年度が始まりました。

 ─────

 ─────

 ─────

 三年生のみなさん。いよいよ私たちは最上級生となりました。後輩たちの模範となるよう、一人一人が自覚を持って行動していきましょう」


 全校集会を終えると、3年A組の教室に戻った。

 そこで、クラスメイトの春樹が話しかけてきた。

 春樹とは三年間ずっと一緒のクラスだ。


「おい、ヒロ。昨日の入学式、凄く可愛い子がいたらしいぞ!

 お前会長挨拶しただろ? どんな子か見なかったか?」


「ええ!? 気づかなかったな。全員は見えたけど、そういうふうには見てなかったからな。

 しかし、そんな事言ってるとカナに怒られるぞ?」


「おまっ! カナには言うなよ!?」


 その時、担任の先生が教室に入ってきた。


「はーい、みなさん、席について。今日は転入生を紹介します」


 教室がざわついた。転入生とは珍しい。そもそも入るのが難しい難関私立だが、編入試験はそれに輪をかけて難易度が高いと聞いている。それを突破してきたのか。


 先生が廊下に向かって「入ってきていいですよ」と声をかけると、教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた。


 スラっと高い身長、細身の体。月光を連想させるような淡い銀色の髪は、毛先に向かって徐々に青紫へと変化するグラデーションが入っていた。透き通るような茶色の瞳。大人びた風貌はとても中学生とは思えない。整った顔立ちと相まって、まるで別世界からやって来たような美しさだ。


 教室中がどよめいた。彼女の美しさだけが原因じゃない。自由な校風とは言え、こんなに派手な髪色の生徒は初めてだったからだ。


「はじめまして。東城美玖とうじょうみくです。よろしくお願いします」


 クラスメイトたちの間で小さなざわめきが起こる。「すごい髪...」「染めてるのかな?」「校則大丈夫なの?」といった声が聞こえてきた。

 俺は驚いて目を見開いた。彼女の存在感は予想以上だった。

 担任の先生が咳払いをして、クラスの注目を集めた。


「えー、皆さんも知っての通り、この学校には髪型に関する規定はありません。東城さんの髪型についても、仕事の関係という事で校長先生の許可を得ています。みなさん、くれぐれも差別的な言動をしないようお願いします」


 その言葉に、クラスメイトたちは少し落ち着いたようだった。


「東城さんは...西森くんの隣の席に座ってください」


 くっ、なぜか隣の席が空いてると思ったらそういう事か。

 ラブコメあるあるじゃねーか!


 東城はゆっくりと俺の隣の席に向かった。


「よろしくね、西森宏樹くん」


 彼女は柔らかな微笑みを浮かべながら、俺に話しかけてきた。


「ああ、よろしく」


 俺は平静を装って返事をした。しかし、内心では違和感を覚えていた。なぜフルネーム……

 それに、教室に入ってからずっと見られている気がした。


(この子、俺のこと知ってるのか? どこかで会った事とかあったかな……)


 前の席の真奈美が振り返り、やや警戒するような目つきで東城を見ていることに気づいた。




 休み時間になると、東城の周りにクラスメイトたちが集まってきた。


「東城さん、その髪本当に素敵!」


「すごく綺麗! どこで染めたの?」


「手入れとか大変そう!」


「前の学校でもその髪だったの?」


 質問攻めにあう東城だが、彼女は優雅に微笑みながら、一つ一つ丁寧に答えていく。


「ありがとう。渋谷の美容院で染めたんだよ」


「手入れは大変。毎朝一時間ぐらいかかるもの」


「前の学校はこんなふうにできなかったから、髪型や髪色の校則が無い所を選んだんだー」


 その様子を見ていると、彼女の対応力の高さに感心せざるを得なかった。


「あの、西森くん」


 東城が俺に話しかけてきた。


「なんだ?」


「あなたって、バスケが凄く上手いんでしょ? 雑誌で見たわ」


「ああ、まあ...…シュートだけな」


 突然の事に驚いたので、少しそっけなく答えてしまったが、東城は目を輝かせた。


「すごい! 私、バスケ見るの大好きなの。今度、練習見に行ってもいいかな?」


 その瞬間、教室の空気が一瞬凍りついたように感じた。クラスメイトたちの視線が、俺と東城に集中する。


「あー、まあ、見学者はいつもいるからいつでもいいぞ」


 曖昧に答えると、横から真奈美の声が聞こえた。


「宏樹は忙しくて出られない日もあるわよ。生徒会長だから」


 東城は真奈美を見て、にっこりと笑った。


「えー! そうなんだ。すごいね、西森くん。生徒会長もやってるんだ!」


 二人の間に、微妙な緊張感が流れる。

 その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。



 そして放課後。

 東城が俺の方を見ながら席を立った。

 その瞬間、


「あ、宏樹。今日は生徒会の打ち合わせがあるわよ」


 真奈美が立ち上がり、俺の腕を軽く引っ張る。


「ああ、行こうか」


 俺は席を立ち、東城に軽く会釈してから教室を出た。

 廊下を歩きながら、真奈美が小声で言う。


「あの子、ちょっとおかしいわ」


「どういう意味で?」


「なんていうか...…裏がありそうな感じ?

 猫被ってるって感じがプンプンするのよ」


 俺も同じように感じていた。美玖の態度には計算されたものを感じる。


「まあ、計算だろうな。色々と」


「あと、あざと過ぎ。

 宏樹の事ずっと見てたもの。

 転校初日で何なのかしら」


「どっかで会ったことがあったのかな?」


「多分違うわ。単純にクラスで一番の獲物を狙ってるってだけよ」


 まあ好きになられても、付き合う気とかはないのだが。



◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢



 5月、爽やかな風が吹く中、学校全体が体育祭の準備に追われていた。

 俺達生徒会もフル稼働だ。

 転入生の東城もクラスに馴染んできていた。しかし、彼女の周りには常に一定の距離感があるように感じられる。だが、妙に俺だけにはその距離感をむしろ詰めてくるように感じられた。

 ぶっちゃけ、グイグイくる感じだ。

 そのたびに真奈美も不機嫌になるし、正直勘弁して欲しい。


 俺は生徒会長として全体の指揮を執りながら、自身のクラスの練習にも参加していた。


「ヒロ、リレーのアンカー頼むぞ!」


 クラスの体育委員になったカツミの声が響く。

 カツミは同じバスケ部のキャプテンだ。


「ああ、任せろ」


 小学5年生から、そして三年間のバスケ部、その他週に5日の自主トレーニングに現代知識も加えて体を鍛え抜いた結果、俺はクラスで一番足の速い男になっていた。その結果、陸上の短距離選手がいるにもかかわらずアンカーとなった。


 そのやりとりを見ていた東城が驚く。


「生徒会長でバスケ部のエースで足も速いの……?」


「頭もよくて成績もずっと学年一位なんだよ」

 

「凄すぎない?」


 近くにいた女子が答え、さらに驚いた顔をする東城。

 俺としてはそんなに持ち上げられると、さすがに恥ずかしいのだが……


「しかも性格も超イケメン」


 近くにいた別の女子たちがさらに持ち上げてくる。


「ま、優良物件過ぎて、あたしらには無理ってハッキリわかるんだよねー」


「高嶺の花って奴?」


「そうそう、あはは」


 聞こえるように言うのはやめてもらえないだろうか……

 羞恥心で顔が赤くなるのがわかる。


 ただ、顔の作りだけはどうにもならないんだよな。

 身だしなみと清潔感に気を付けてはいるが、もともとがフツメンだからな。



◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢



 体育祭当日、俺は様々な競技で活躍した。

 競技に出るたびに黄色い声援が飛ぶ。

 中学生くらいの年齢では、やはりまだ運動ができる奴が人気があるのだ。

 

 そして注目のクラス対抗リレー。


「生徒会長の西森選手は3位でバトンを受けとりました! 追い付くことはできるのでしょうか! 」


 放送部の実況の声が響く。

 クラスメイトは全員立ち上がり、叫ぶように応援している。


 俺は最初のカーブの前であっさり前を走っていた奴を追い越した。


「西森会長、ものすごい速さです!」


 1位はかなり前だ。

 だが俺の調子は絶好調。

 耳に届く歓声が心地いい。体が軽い。足もよく動く。これはイケる。


 そうして最後の直線で追い抜くと、白いテープを体で切る。

 テープが足に巻き付いて、派手に転んでしまった。

 クラスメイトが叫びながら俺の元に駆け寄った。


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 叫びながら手を差し出したカツミに引っ張られ、俺は起き上がって抱き合った。

 その流れで、男同士で叫びながら次々とハグをしていく。

 勢いで、つい近くにいた真奈美ともハグをしてしまった。

 真奈美の顔は真っ赤だ。


「ご、ごめん……」

「いいわよ、別に……」


 ヤバい、勢いでやってしまったな。


 選抜リレーを最後に体育祭も終わり、総合優勝が発表された。


「総合優勝は...紅組!」


 ギリギリだったが俺達紅組の勝利だ。

 クラスメイトたちが歓喜の声を上げる中、俺は冷静に微笑んだ。

 正直、体育祭がこんなに面白いものだったとはな。

 前の人生では、俺は体育祭なんて大嫌いだった。

 真剣にやれば、何事もこんなにも面白くなるのだ。

 これに気づけただけでも、人生をやり直した価値はある。

 そう思った。




 閉会式後、東城が俺に近づいてきた。


「西森くん、今日は本当にかっこよかった。優勝できたのはあなたのおかげね」


 彼女の頬が赤くなっている。


「ありがとう。でも、みんなが頑張ったから勝てたんだと思うよ」


 俺は平静を装いながら微笑み、答えた。

 

「あの、少し話があるの。いいかしら?」


「ごめん、俺まだ生徒会でやることがあるから」


「それじゃ待ってるわ。用事が終わったら、体育館の裏手にある松の木のところに来てくれる?」


「ああ、多分30分位で終わると思うから。待たせて悪いな」


 また十中八九告白だろうな、と思い気が滅入る。

 どれだけ真剣に思われても、俺は子供としか思えない中学生とは付き合う気が無いのだ。




 その後、体育祭の後片付けを終え、生徒会室の鍵をかけると真奈美が来た。


「あの、途中まで一緒に帰らない?」


「あー、ゴメン、何か呼び出されてて」


「そうなのね。もしかして女の子?」


「ああ」


「そっか、それじゃ先に帰るわね」


 真奈美は曇った表情で帰って行った。

 色々思うところはあるのだろう。

 一年生の時に俺に告白して断られて以来、ずっとアプローチしてくれているのだ。

 クリスマスにはプレゼントをくれるし、バレンタインにも必ず本命をくれる。

 そして毎回言うのだ。

『もし気が変わったのなら、すぐに教えてね』と。

 これだけ思われているのに答えてやらなくていいのか?

 と自問した事もあるが、仕方なくで付き合っても彼女は喜ばないだろうと思うのだ。




 ふと外を見ると、校庭には夕暮れの柔らかな光が差し込んでいた。最後まで残っていた生徒たちも、疲れながらも達成感に満ちた表情で帰路につき始めていた。


 真奈美の姿を見送り、俺は待ち合わせの場所に来た。

 松の木の下で青いグラデーションのかかった銀髪が風に揺れている。


「お待たせ」


「来て……くれたんだ」


「当たり前だろ」


「もうこのシチュエーションじゃわかっちゃってるよね」


……俺は何も答えない。ただ彼女を見つめた。


「西森宏樹くん。私はあなたが好きです。

 転校してきて、クラスであなたを見つけたとき、どうしようもない胸の高鳴りを感じたの。

 ううん、初めて見たのは前の中学のバスケの試合を応援に行った時。

 その時、初めてあなたの姿を見て、シュートする姿の美しさをみて、目が釘付けになった。

 敵だったのにね。

 そして、去年本屋さんで雑誌の表紙になっているのをみて、それからずっと片思いしてたわ。

 この学校に入るために必死で勉強したのよ?

 そうしたら同じクラスになれたの。

 ……絶対に運命の人だって思った。

 それから同じクラスで過ごして、あなたの事をもっと知っていって、どんどん好きになっていったわ。

 もうこの気持ちが抑えきれないの。

 好き。大好き。

 だから……」


 彼女は耳まで真っ赤だ。

 目にも涙が溜まっている。

 相当な思いをため込んでいるのだろう。


 そして彼女は震える唇を開いた。


「結婚を前提に付き合ってください!!」


「え?」


「あ……」


「えええ、結婚!?」


「ち、違うの!! そうじゃなくて!!」


「今、結婚って言ったよね!?」


「言ったけど、そうじゃなくて!

 間違えたの!!」


「びっくりしたよ……」


「もう、これじゃ台無しじゃない……」


 彼女の顔は別の意味で真っ赤だ。


「はは…」


「ふふふ……」


 妙な雰囲気になってしまった。


「もう一度やり直させて」


 彼女は軽く深呼吸をする。


「私、西森君が好きです。私と付き合ってください」


 妙な雰囲気に流されたのか、俺の心臓がドクンと跳ねる。顔が熱くなる。なんだこれは。俺が中学生にドキドキしている……?

 結婚という言葉に反応した?

 それとも彼女の見た目が中学生にしては大人びて見えるからか?

 付き合うのもアリなのか?

 いやいやいや、ダメだろうそれは!

 ん? でも俺も中学生だからいいのか!?

 ってそうじゃない、真奈美に嘘をついた事になってもいいのか?

 い、いったん落ち着こう!

 冷静になれ、俺!


 俺は素早くセーブすると、もう何歳かもわからなくなった大人の世界をロードした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る