第16話 39歳世界の更新

 本格的に部活が始まると、俺は体力づくりに没頭した。

 ここでも、39歳のセーブデータが大いに役に立った。

 やはり25年以上の歳月はすごい。スポーツのやり方から体のつくり方まで、常識が違うのだ。

 バスケットボールのテクニックだってそうだ。

 俺が某マンガで見た『左手は添えるだけ』が、39歳の世界では違うなんて信じられるか!?

 ちくしょう!!

 バスケが……したいです!!


 そんなわけで現実の時間をバスケと筋トレ、身長を伸ばすことに費やし、勉強はセーブ&ロードに頼りまくった。


 GW中に、思う事があって39歳のセーブデータを更新した。

 GWを選んだのは、やりたい事が色々出来たため、しばらく39歳世界で過ごそうと思ったからだ。

 大人から戻ってきたとき、GWの期間があれば落ち着けると思ったのだ。


 また、これから俺は、おそらく人生の分岐点のセーブデータを残していくだろう。

 セーブデータがカツカツになってから、39歳の方も更新していっては色々問題があるかも、と思ったのだ。

 まずは39歳側でも多額の金銭を得ておこうと考えた。

 それと、自由。

 色々な事をしたい。

 色々な趣味を試したいし、語学なども勉強したい。

 自由に現地に行って語学を学べる強みは大人にしかない。


 家を出ることを決めた。


 これはかなり悩んだ。

 どこに住むか、そして家族の形をどうするか。

 俺なりにけじめを付けようと思っていた。


 そのため、一つテストをしようと考えた。



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 その日、俺は宝くじを買った。サッカーの勝敗を予想するくじで、自分で数字を選べるものだ。現在はキャリーオーバーが発生していて、一等の当選金は2億8000万円らしい。

 そして、セーブ&ロードが使える俺は確実に勝てる。

 ひとまずこれで大金を入手した。


 そして、会社も辞めてやった。


 辞めた後、本当に思う。

 俺は、何故あんなにも『辞められない』と思っていたのか。

 辞める時は、必至に圧力をかけてくる上司が滑稽に見えた。

 ボロクソに貶され、「今すぐ出て行け!」というので業務の引継ぎもせずに出てきた。

 なお会話は録音してある。

 同僚に負担をかけるのは若干申し訳ない思いもあるが……

 お前らも早く辞められますように、と少しだけ祈った。


 そして、家に帰って家族の話し合いをした。


「由紀奈、今まですまなかった」


 ひとまず、謝罪から入った俺は、

・会社を辞めてきたこと

・宝くじに高額当選して2億8000万円が手に入ったこと

 この二つを伝え、一緒にやり直すか、謝罪の意味も込めて半分の1億4000万円を渡して離婚するかを話し合おうとした。


 妻は即答した。

「離婚するに決まってるじゃない。1億4000万円が無くても、もう無理だと思ってた」

 だそうだ。

 その晩、娘の亜里沙にも話した。娘が少し悲しそうに「お父さんはずっとお父さんなんだよね?」と聞いて来て、ちょっと泣きそうになってしまった。


 そして、俺たちは離婚した。

 俺は一度実家に帰る形で、住んでいたアパートを出た。

 不思議と悲しさはなかった。

 むしろ、なにか病巣が取り除かれて健康になった気がした。

 体ではなく、心が蝕まれていたのか。

「家族を続けることが、幸せとは限らないんだな」


 ただ、一つ下の大学の後輩で、引っ込み思案だけど可愛かった由紀奈。

 よく笑い、たくさんの同じ時を過ごし、たくさん愛し合い、永遠の愛を誓って結婚したにも関わらず、彼女を幸せに出来なかったのは俺のせいだ。

 それだけは忘れちゃいけないと、心に誓った。


 そして、俺は本格的に資金を増やす事を始めた。


 セーブ&ロードを駆使して稼ぐのに一番手っ取り早い手段はなんだろうか。

 それは『仮想通貨』である。

 ビットコインなんかで有名なアレだ。

 毎日の変動が大きく、レバレッジを掛ければ所持金の何十倍もの金額を取引できる。

 普通の人なら絶対にやらないことでも、セーブ&ロードが出来る俺なら100戦100勝だ。


 そして、僅か1週間後、俺は鼻水を垂らしながらボケた顔で画面を見ていた。


「や、やり過ぎたかもしれん……」


 そこには、約1億USDT(※1)と表示されている。

 現在のレートで日本円に換算するなら、約150億円だ。

(※1 USDTとは、アメリカドルと同じ価値を持つ、ステーブルコインという暗号資産です)

 一番大変だったのは、これを日本の銀行に送金する事だった。

 今後、確定申告も大変になるだろう。税金でいくら取られるのだろうかと考えると頭が痛い。

 いっそ暗号資産に対して税金がかからない国へ逃げようかとも思ったが、俺は無限に稼げるのだ。わざわざ外国で不便な思い、危険な思いをすることは無いと思った。

 日本の最大の利点は『安全であること』だ。


 これで何も気にせず色々出来る様な環境が整った。



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 お金の用意ができた俺は、早速目星をつけていたタワマンの最上階(中古)を8億円で購入した。

 東京都心の一等地に建つ、高さ200メートルを超える超高層マンション。50階建ての最上階は、まさに雲の上の生活だ。

 4LDKもあるので、いくつかの部屋をリフォームして趣味部屋に改造してしまおう。

 270平米を超える広さは、以前の家とは比較にならない。天井高3メートルの開放的な空間に、大きな窓からは東京湾まで見渡せる。

 一室は完全防音仕様にしたい。ギターなどの音楽にも挑戦してみたかったのだ。

 40畳のリビングダイニングはパーティにも耐えうる形にしたい。俺自身、そんな事をするのかどうか甚だ疑問ではあるのだが。さらに大型スクリーンを設置し、映画鑑賞を楽しめるようにしよう。キッチンは本格的な設備を。料理の腕を磨くのもいいかもしれない。

 空いている部屋については追々考えるとしよう。ジムなんかはマンションの設備としてあるので、そちらを利用する事にした。

 

 指でガラス窓に触れる。50階からの眺めは息を呑むほど美しい。昼は遠くに富士山を望み、夜は輝く東京の夜景が広がる。これが俺の新しい城だ。



 そして3か月後、リフォームが終わり、暮らしに必要なものを揃え、さらに趣味部屋に色々と設置をしている時、スマホのLIMEに連絡がきた。

 なんと娘からだ。


『お父さん助けて…いま通話できますか?』


 何事かと思ってすぐにメッセージを送る。


『こっちはいつでも大丈夫。都合のいい時にかけてきなさい』


 するとすぐに電話がかかってくる。


「お父さん!!」


「どうした? 何があった?」


「話すとちょっと長くなるから…

 とりあえず家から逃げてきたの。

 お父さんは今実家にいるの?

 そっちに行っていい?」


「いや、俺はもう実家を出てる。

 車も買ったし、迎えに行こうか?」


「お、お願い! 〇△駅の北口にいるから」


「そうか、多分30分くらいかかるから時間を潰しててくれ」


「わかった」


 まあ、頼られてうれしくないわけはなかった。実の娘だからな。

 しかし、迎えに行ったら驚くだろうな。

 実は車も買っていたのだ。

 有名な、馬が跳ねた姿のエンブレムが付いた赤い車を。



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 予定より早く着いた俺は、娘を呼び出す。

 コーヒーショップのスナバで時間を潰していた娘が出てきて俺を見つける。

 デカい荷物を持っていた。

 そして、俺を見つけるとその荷物を落として棒立ちになった。


「お父さん!?

 な、何その車!?」


「ああ、あれから色々あったんだよ。

 ちょっと仮想通貨って奴をやったらお金が増えちゃってな。

 それで買ったんだ。

 とりあえず乗んなよ。家に行って話を聞くから」


「う、うん……」


 車の中で娘はおとなしかった。

 が、タワマンの駐車場に入ったところでようやく口を開いた。


「ね、ねえ。

 お父さんの住んでるところって……」


「うん、ここだよ」


「えええ……セレブじゃん………」


 駐車場に車を止め、エレベーターに乗り込む。

 俺がカードキーを取り出して指し込むと娘は驚いた顔でこちらを見る。


「なに……それ?」


「ああ、これか。

 上の方の階には専用のカードキーが無いとエレベーターがいかないんだよ。

 このマンション、50階建てなのにエレベーターは44階までしかないだろう?」


「いやマンションの階数とか知らないから」


「そっか。すごく眺めが良いから驚くぞ」


「既に驚きまくりですよ……」


 そしてエレベーターのドアが開く。

 数字は50を指している。


「え゛...…タワマンの最上階……?」


「だから、色々あったって言ったでしょ?」


「3ヵ月くらいしか経ってないけど……」


 玄関を開けてリビングに向かう。


「うえぇぇぇ!?

 ひっろーーーーーい!!」


 女子中学生らしからぬ奇声を上げる娘。

 しかし……あっちの基準で言えば、我が娘ながらなかなか可愛い部類に入るのではないか、そんな親バカな事を考えてしまう。

 うん、でも確かに現在やり直している中学校生活。あの学校で、娘がいたらかなりモテるだろう。

 ん?

 というか現在進行形でモテているんじゃないのか!?

 か、彼氏とかはいるんだろうか?

 そんな事は全く分からない。

 娘と全然会話をしてこなかったなあ、と後悔はしているのだ。


 リビングのテーブルに座らせて話を聞く。


「で、何があった?」


「うん、まずはお父さんとお母さんが別れてからの話をするね」


 娘の表情が曇る。これから聞く話が、決して楽しいものではないことを予感させた。


「聞いて驚くかもだけど、お父さんが出て行って、僅か一週間後に別の男の人が家に来ました」


「はぁっ!?」


「そりゃ驚くよね。『結構前から付き合ってたの』そうニコニコしながら紹介してくれるんだけど、それが気持ち悪くてつい言っちゃったの。

 『それってまた不倫してたって事!?』って。

 そしたらお母さんキレちゃって。

 連れてきた男の人が宥めてなんとかおさまったんだけど……」


 娘の話を聞きながら、俺は拳を握りしめる。由紀奈、お前は…

 しかし、自分のしてきたことに思い至り、冷静さを取り戻す。


「まあ、薄々は気づいていたさ。仕事は辞めちゃダメだって、謎の洗脳状態だった俺も悪いんだよ。

 それは許してやってくれ」


「うん……それでね、その地持ち悪い男の人が一緒に住むようになって」


「い、いきなりか?

 それは多感な中学生女子にはキツイな」


「でしょ!?」


「で、それだけじゃないんだろ?」


「うん。ある日気づいちゃったんだ。

 お風呂に入った後、時々下着の位置がずれてるなって」


「おいおいまさか」


 娘の言葉に、俺の中で怒りが沸き起こる。こんな最低な男を家に入れた由紀奈も由紀奈だが…


「でね、何日かスマホを録画にしてしかけといたんだけど、昨日撮れたのがこれ」


娘のスマホで撮った動画には、40前後のオッサンが脱衣所にそっと忍び込み、娘の下着を袋に入れてハァハァしている姿がバッチリと収められいた。


「で、これを見て逃げ出してきたってわけ」


「何かある前でよかったよ……

 これは帰れないよな……」


「さすがに無理。こんな男がいる家とかマジ無理」


「由紀奈には言ったのか?」


「うん。動画送って、『こんなのが家にいるのマジで無理。私はお父さんと暮らします』って送っといた。まだ仕事してるみたいで既読は付かないけど。付いたら修羅場になるのかな」


 娘の機転の良さに感心しつつ、この状況を招いてしまった自分の責任も感じる。


「なるだろうな……

 しかしここに泊まるのか」


「泊まるっていうか暮らすつもりだけど?

 迷惑……かな?」


「あのなあ、これでも俺はお前の父親だぞ。

 そりゃ父親らしいことはしてこれなかった事は反省してるけど、頼られてうれしくないはずはないし、この話を聞かされて帰れっていうほど鬼畜じゃないぞ?

 しかし……現実問題として寝る場所が無いな。

 うーん、今3時過ぎか……

 とりあえず布団だけでも買いに行くか。ギリギリで間に合いそうだし」


「あ、私も行きたい!」


「ゴメン、亜里沙はここで待ってて。多分あの車、もう一人乗せたら布団を乗せるスペースが無いから」


「ああ……高級スポーツカーって不便だね」


 苦笑いの亜里沙。


「生活用じゃないからなぁ。生活用の車も買うかぁ……」


「お父さん、金銭感覚大丈夫?」


 娘に心配されてしまった。たくさんあるとはいえ、気を付けよう……

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