第15話 部活
入学してしばらくすると、教室の空気が少しずつ変化し始めた。窓から差し込む春の柔らかな日差しの中、徐々にグループが形成されていく様子が見て取れた。
だいたい男女別々のグループになりがちだったが、不思議なことに、陽キャを中心として形成されるトップカーストのグループだけは男女混合になっていた。その理由を考えながら、俺は自分がそのグループの中心に位置していることを実感していた。クラスメイトたちの笑い声や話し声が教室に響く中、俺の存在感は日に日に大きくなっていった。
そして、教室の隅には、前の人生の俺のような陰キャも当然いた。彼らの姿を見るたびに、過去の記憶が蘇り、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
ある日、グループの中の一人が陰キャをバカにするような発言をした瞬間、俺の中で何かが反応した。陰キャの気持ちが誰よりもわかる俺は、穏やかだが芯の通った声で彼を軽く
「彼らには彼らの世界があるんだよ。俺達とは価値観が少し違うだけ。間違ってるとかじゃないと思うよ。彼らは俺達みたいな生活に興味がない。俺達もまた、彼らのやっている事に興味がない。それだけの事さ」
その言葉を聞いた周囲の生徒たちの表情が変わった。特に女子たちは、まるで初めて俺を見るかのようなキラキラとした目で見つめてきた。すると、正義感が凄いと勘違いされ話題になってしまった。
「すごいね」「やっぱ違うね」「カッコいい……」
陽キャの中心って、こんな些細な事でも持ち上げられるのか、と内心驚きを隠せなかった。しかし、その反応に戸惑いながらも、クラス全体の雰囲気を良くしていく責任を感じ始めていた。
放課後、俺達一年生にとって、中学生活の新たな章が始まろうとしていた。『部活』だ。緊張と期待が入り混じる空気の中、俺は事前の計画通り、まずはバスケ部に体験入部することにした。
体育館に足を踏み入れた瞬間、バスケットボールの弾む音と、シューズが床を擦る音が耳に飛び込んできた。俺がバスケ部に入る理由はたった一つ。肉体改造だ。以前の人生との違い、すでに俺の体には変化が起きていた。前の人生の同時期と比較して、身長が2cmも伸びていたのだ。これは予想外の快挙だった。
「前の人生で最も身長が伸びたのは高校生になってからだったな……」と心の中でつぶやきながら、180cmという目標が現実味を帯びてきたことに密かな喜びを感じた。
挨拶と自己紹介の後で練習開始。バスケ部の練習は、想像以上に過酷なものだった。主に体力作りに重点が置かれており、とにかく走らされた。
体育館内を何十周も走り続ける中、ちょっと前まで小学生だった連中が次々とリタイアしていった。しかし、俺だけは先輩たちについて行けていた。毎日のランニングの成果が如実に現れていることを実感し、内心で小さな勝利感を味わった。
汗が滴る額を拭いながら、ふと振り返ると、先輩の一人が俺を見つめていた。
「西森だったか。お前体力あるなあ!」
「結城先輩、あざっす!」
話しかけてきてくれたのは
「君、何か運動やってた?」
「はい、毎日ランニングしてました」
と俺は答えた。実際、前世の経験を活かして、入学前から計画的にトレーニングを積んでいたのだ。
「そっかそれでか。うん、期待の新人だな」
結城先輩の声には明らかな期待感が込められていた。
俺は少し躊躇しながらも、疑問を口にした。
「しかし先輩、体験入部からかなり走らせますね」
結城先輩は真剣な表情で答えた。
「ここは誤魔化したってしょうがないからな。体験入部で甘やかして、いざ入部したら走ってばっかり、そんなだったら嫌になっちまうだろ」
「たしかにそうですね」
俺は納得しながら頷いた。この先輩の考え方に、俺は好感を抱いた。
そのとき、結城先輩が大きな声で全体に呼びかけた。
「よし、みんな、これからボールを触って基礎練すっぞ。新入生も動けるようになったらこっちにこいよ。でも無理はすんな。体験入部から無理すると、吐いて二度と来たくなくなるからな。動けるようになるまで休んどけ」
うん、厳しいけどいい先輩だな、と俺は思った。理不尽にいじめるだけの先輩がいたらどうしようかと心配していたが、その不安は杞憂に終わったようだ。初日からボールに触らせてもらえるとは思っていなかったが、体験入部だからこその配慮なのかもしれない。
しばらくすると、先輩から再び声がかかる。
「新入生に経験者はいるか? いたら手を上げろー」
俺を含めて三人が手を挙げた。体育館に緊張感が走る。
「お、三人いるのか。よし、それじゃ3on3をやってみるか。先輩ってのが伊達じゃない所、見せてやるぜ?明石と山田ー! ちょっとこっち手伝ってくれー!」
俺達3人は先輩たちとミニゲームをする事になった。実力の差をキッチリ分からせるつもりらしい。緊張感と期待感が入り混じる中、俺の心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。
俺は前の人生では一度もバスケをやったことはない。しかし、この人生では小学校でバスケのクラブチームに入って、週末はバスケをやっていた。それどころか、去年、家の庭にバスケのゴールを設置したんだ。個人で使える金は十分にあったからな。それで家でも練習をしていた。
ただの練習じゃない。俺には特別な能力がある。『セーブ&ロード』だ。この能力を駆使すれば、体力は増やせないが、テクニックだけはどれだけでも磨ける。さらに、ビデオカメラと大型テレビも購入し、フォームのチェックも入念に行った。
俺の場合、同じ時間を使った練習でも密度が違う。ロードすれば球拾いに行く必要もないし、違和感を感じたら即ロードする事で、シュートが成功する瞬間の感覚を体に覚え込ませた。いや、体というより、頭……というか精神か? まあ、そんなこんなで、シュートだけなら誰にも負けない自信がある。
3on3をやるメンバーが集まり、軽く自己紹介とミーティングをする。緊張感漂う空気の中、それぞれが自己紹介を始めた。
「E組の
佐藤克己は少し背が低く、スピードタイプに見える。その目には決意の色が宿っていた。
「B組の
柴田正臣はとにかくデカい。中学一年生になったばかりだというのに、170cm以上ありそうだ。その体格に圧倒されそうになりながらも、俺は冷静さを保った。
「A組の西森宏樹だ」
俺は少し間を置いてから続けた。
「クラブに週末だけ参加させてもらっていただけだから、経験は君たちの方が上だと思う。ポジションは一応シューティングガード。特技はスリーポイント。フリーで撃たせてもらえれば、まず外さない自信がある」
少し大げさかもしれないが、自信を持って言えた。
「試合運びは佐藤君に任せようと思うんだけど、お願いできるかな?」
「OK! それとカツミで良いぜ。俺もヒロって呼ばせてもらうからな。それにしてもすげぇ自信だな」
カツミの目に興味の色が浮かぶ。
「誰よりもシュート練習を頑張ってきた自負があるからね」
俺は少し照れくさそうに答えた。
すみません、嘘です。『セーブ&ロード』でやり直せるからこその成功率です。この頃の俺は『セーブ&ロード』のテクニックも向上していて、一瞬でセーブとロードが出来るようになっていた。
だから、試合中でもポイントを見極めてセーブして、シュートが入るまでロードし続けたり、疲労が蓄積してきたところで他の記録をロードして、精神的な休憩をしてリフレッシュすることも出来た。
完全にズルでチートだ。
その結果、常に冷静沈着なシュートマシーンというイメージが定着していた。
「マサオミって呼ばせてもらってもいいか? ゴール下は任せたい。それと、ヒロを生かす時はスクリーンも頼む」
カツミがマサオミに向かって言った。彼の体格を見ると、スクリーンの信頼性は相当なものになりそうだ。
「わかった。マサオミでいいよ。みんなも名前呼びで良いかな?」
マサオミの声には少し緊張感が混じっていた。
「ああ、良いぜ。さて、先輩方がどのくらいすげえのか、見せてもらおうぜ! 行くぞ!」
カツミの声に、俺たち三人の気持ちが一つになるのを感じた。
「「おぅ!」」
こうして試合が始まった。
体育館に響くシューズの音、ボールを追う息遣い、そして観戦している部員たちの声援。すべてが一体となって、緊張感溢れる空間を作り出していた。
審判は先輩がつとめてくれている。ルールは10分間の一本勝負、21点先取でK.Oという一般的なものだ。また、得点は普通のゴールが1点、普通のバスケで言うスリーポイントの外からの得点で2点が入る。
先行は譲ってもらったので、まずは事前に打ち合わせた通りの動きをやってみる。ポイントガードのカツミが切り込むふりをして、俺はサポートする感じで横にフェード、マサオミがスクリーンをかけて俺をフリーにしてシュートだ。丁度よいパスが来たのでシュートを打つ。しっかりと入る時の感覚を感じる。
(パサッ)
ゴールから乾いた音が響く。
リングの中央をボールが通過し、乾いた音が鳴る。
スコアボードに2点が記録される。先制の2点は大きい。俺たちの顔に小さな喜びの表情が浮かぶ。
「フォーム綺麗……」「新入生? かっこよくない?」「がんばれー!」
隣の女子バスケの人たちが見学し始めた。
さて、これで攻守交代なのだが、先輩も驚きで足が止まっていた。
「お前らやるなー!! すっげー綺麗な連携じゃん!」
結城先輩の声には明らかな驚きが混じっていた。
「お前ら本当に一年生か? 特にお前! 柴田だっけ? 年誤魔化してない!?」
別の先輩が半ば冗談、半ば本気でマサオミに詰め寄る。
「ご、誤魔化してませんよっ!」
そういうマサオミだが、なんとなく嬉しそうだ。その表情に、チームの雰囲気がさらに明るくなるのを感じた。
「悪い悪い、それじゃ、先輩のメンツを守るために頑張りますか! 行くぞ!!」
結城先輩の声に、試合の緊張感が一気に高まる。
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結果として俺たちは負けた。しかし、その試合は予想以上に激しく、そして充実したものだった。
先輩たちは、流石に体も技術も俺たちの一回りも二回りも上だった。マサオミは完全に抑え込まれ、カツミは健闘したがやはり先輩の方が何もかもが数段上だった。
それでも21:19というスコアは立派だっただろう。俺が2点を決めまくったからな。最後のシュートを放った瞬間、体育館全体が息を呑む音が聞こえたような気がした。
恐らく先輩たちとしては、先日まで小学生だった俺たち相手に無双して、現実を叩き込むつもりだったのだろうが、最後はメチャクチャ必死だった。彼らの額には汗が滝のように流れ、息も荒く上がっていた。
「はぁ…はぁ……よし、お前ら、先輩の凄さを思い知ったか!」
全身から汗と湯気を出しながら指さしてポーズを決める結城先輩。その姿は誇らしげでありながら、どこか子供っぽさも残っていて、思わず笑みがこぼれそうになった。
三年の先輩方が苦笑いしている。彼らの目には、驚きと共に、何か期待のようなものが浮かんでいるように見えた。
「おーい、結城君たち、ちょっとOHANASHIしようか? 練習量が足りなかったかな? それとも俺が甘くし過ぎたのかな?」
三年生の声には、冗談めかした調子の中に、真剣さが混ざっていた。
「え、ま、待ってくださいよ六郷さん!!」
結城先輩の声が裏返るのを聞いて、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「言い訳は聞かん。来い。一年生はボール回しな。二年生! 誰か見てやってくれー」
こうして俺達と死闘(?)を繰り広げた結城先輩たちは、三年生にドナドナされていった。合掌。体育館に残された俺たちは、まだ興奮冷めやらぬ様子で、黙々とボール回しを始めた。
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試合が終わり、疲れ切った体を引きずりながら部室に戻った。シャツは汗でびっしょりで、足の筋肉がピクピクと
着替えを済ませて外に出ると、驚くほどの熱気が待ち受けていた。何やらざわついた声が聞こえる。夕暮れ時の校庭に、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。
「西森君、見てたよ! 君、体力あるなあ!!」
「すごかったぞ、西森君! バスケだけじゃなくて、他のスポーツでも通用するんじゃないか?」
部室の前で待ち構えていたのは、サッカー部と陸上部の先輩たちだった。彼らの目は興奮で輝いていて、まるで宝物を見つけたかのような表情をしていた。先ほどの試合、そしてきつい事で有名なバスケ部のランニングに問題なくついて行けたことが瞬く間に話題になり、その噂が他の部活にまで広がったらしい。
「明日の体験入部は是非サッカー部に来てくれ! 君のような才能は、うちの部にピッタリだよ。フットワークも速そうだし、パスセンスもありそうだ!」
「いやいや、うちの陸上部が君を欲しがってるんだ。あの持久力、普通じゃないだろ? 陸上でも相当な記録を出せると思うよ!」
先輩たちは次々と自分の部活に引き入れようと、熱心に勧誘を始めた。その熱意に、思わず身が引けそうになる。俺は少し戸惑いながらも、その熱意に感謝の気持ちを感じた。
だが、内心は決まっていた。バスケこそ俺の体作りに必要だ。
「ありがとうございます。でも、俺はバスケが一番好きなんです」
俺の言葉に、先輩たちの表情が少し曇った。しかし、すぐにサッカー部の先輩が言葉を継いだ。
「でもさ、西森君、もしバスケじゃなくてサッカーだったら、全国大会を目指せるかもしれないぞ?」
その言葉に、少しだけ心が揺れた。全国大会。それは確かに魅力的な響きだった。一度『セーブ&ロード』の力で試してみるのも良いかもしれない。未来の可能性を一瞬だけ体験し、どちらが自分にとって本当に正しい選択かを確認するために。
次の日、俺は『セーブ&ロード』を使ってすべての体験入部を行った。ここまで慎重にすべての部を体験した者は未だかつていないだろう。……まあ普通はできないのだが。
その結果分かったことは、自分の目指す理想の体作りには、やはりバスケが最適だということだ。バカげた運動量、持久力と瞬発力が同時に要求される非合理性、全身の筋肉をすべて使う動き、そして高い身長を体に渇望させるゲーム性……
このバスケで、俺は理想の身体を作り上げる。
ロードし、すべての体験入部を
「よう西森。他の部の体験に行かなかったのか?」
結城先輩が聞いてくる。その声には少し緊張が混じっているように感じた。
俺は笑って答えた。その笑顔には、迷いを振り払った後の清々しさが滲んでいた。
「俺はバスケ部に入りますよ。俺はバスケがしたいですから」
「そりゃシンプルな理由だ」
部室に笑い声が上がる。その瞬間、チームの士気がさらに上がるのを感じた。みんなの目が輝き、空気が一変する。
俺たちは一つになり、これから降りかかる数多くの試練に立ち向かうのだ。未来は不確実で、困難も待ち受けているだろう。しかし、この瞬間、俺たちの心は一つだった。バスケットボールを通じて、自分自身を成長させ、チームとして強くなっていく。
以前の陰キャ人生では味わうことの無かった『運動部』という新たな生活。
俺はワクワクを抑えられないでいた。
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