第13話 明るい受験計画

 山下君を救い、日常が戻ってきた。

 何度も時を超え、たった一日のために約1か月を費やしたのだ。

 正直疲れた。


 3学期が終わればいよいよ6年生だ。

 6年生の先には中学、高校と続いていく。

 過去は漠然と近くの公立中学に進学したが、今回は名門私立中学を受けてみたいと思うようになった。

 学力は問題ない。

 何しろセーブ&ロードがあるのだ。試験を終えてから試験問題を勉強し、答えを出してからもう一度受ける事も出来る。完全に現代チートって奴だ。

 問題はむしろ家庭環境にある。

 俺の家は裕福ではない。名門私立を目指すにあたり、親の収入が問題なのだ。


 前回は急ぎだったので競馬で増やした。

 しかし、毎回競馬で増やしていくのは避けたい。

 ギャンブルの魔力に取りかれては元も子もない。


 投資はどうだろうか。その言葉が頭をよぎった瞬間、俺の目が輝きを増した。


 そう考えた俺は、39歳の記録をロードした。

 39歳の方では、調べ物はAIを利用するのがベターだ。

 ChatGBTというのを俺は好んで使っていた。

 サブスク契約も結んでいるので最新モデルだ。

 そこに入力する。


『もしも、ゲームのようにセーブやロードが出来るとして、さらにロードしても記憶は引き継がれるとして、今の時代から28年前に行った場合、最善の金策は何だと思いますか?』


 AIからの回答はこうだ。


1. 株式投資

2. 不動産投資

3. ドメイン名の取得

4. 暗号通貨の知識

5. レアなコレクターズアイテムの収集

6. パテントの取得

7. ビジネス買収

8. 製品の開発


 詳細は割愛するが、やはりAIは役に立つ。

 数秒で、このような様々な提案を詳細にやってくれる。

 俺はそれぞれの項目について、じっくりと考えを巡らせた。


 そうだな……

 直近で大きく利益を出すにはやはり株式投資が一番だと思う。

 長期的に上がる銘柄も、短期で高騰する銘柄も、すべて調べられるのだ。

 仮想通貨はまだまだ誕生もしていないしな。

 未来の知識を持ち、しかも失敗したら何度もやり直せる俺にとって、これほど有利な戦場はない。


 しかし、最大のネックは子供の自分ではできない事だ。

 親を説得してやってもらう必要がある。

 それも、以前の時のような少額では株式投資はできない。

 まとまったお金が必要だ。

 様々な条件を加味してイメージをまとめる。

 だいたい大まかな計画ができた。

 まずは本を買って勉強する。正直俺には投資の知識はない。説得するにあたって、当然色々聞かれるだろうから、本で勉強するのだ。

 次に、ネット取引環境の構築。調べたところ、いくつかの証券会社がすでにネット取引を始めている。子供の俺が取引をするなら、ネット環境がベストだろう。

 最初の資金は……

 こればかりは……そうだな、また夢を見たことにするか。


 方針は決まった。


 俺は39歳のこちらでも株価を調べやすい環境を整えセーブすると、元のデータをロードした。小学生の身体に戻る瞬間、不思議な感覚に包まれた。

 しかし、これは完全に現代チートだ。

 やり過ぎないように注意せねば。


 小学5年生に戻ると、早速俺は初心者向けの株取引の本を買った。ゲームに興味を失った今、読書は最高の娯楽だ。それに、ある意味人生がゲームになっている感覚すらある。知識に関する自己研鑽は無限にできるのだ。本のページをめくるたびに、新しい世界が広がっていく感覚に胸が高鳴った。


 そうそう、話は脱線するが、最近では俺の一日に最適な時間は25時間なんじゃないかと感じている。

セーブして一時間読書をし、ロードして寝る。これが一番しっくりくるのだ。精神的にも肉体的にも、最高の状態になっている感覚がある。


 話を戻そう。

 ある日の夕食時、俺は株式投資に興味がある事、本を買って勉強していることを父さんに話した。


「父さん、株式投資って知ってる? この間ニュースで見てさ、僕すっごく興味があるんだ。最近じゃ本も買って、いろいろ調べてるんだよ!」


「ほう、宏樹はなかなか難しいものに興味を持ったな。ちょうどいい、父さんも今勉強中なんだ。この後俺の部屋に来て一緒に勉強するか?」


 なんと。

 父さんも今勉強中だという。

 前の人生では父さんが投資をしてるなんて全然知らなかったな。

 というか、親のことなんかまったく興味が無かったからな。


「うん、いっぱい教えて!」


「お兄ちゃん、すごいね。

 私には難しすぎて、二人が何を言ってるのかもわかんないや」


「あかね、あなたが普通なの。普通は小学生で株式投資なんて興味を持たないものよ」


 母さんが困ったような笑顔で言った。


「そっかー。でも、お兄ちゃんがやってるなら私も知りたい!お兄ちゃん今度教えてくれる?」


「うん、いいよ!」


 家族と交流できるって素晴らしいな。

 前回の人生では食卓ではほぼ無言だった。

 妹との関係も改善されるかもしれないな。




 夕食後、風呂に入ってから父さんの書斎に入ると、俺は驚いた。書斎の中央に置かれた最新鋭のパソコンが、まるで宝物のように輝いて見えた。ただし、この時代の最新鋭といっても、39歳の方では骨董品なのだが。


「すごい! 父さん、これってパソコン!?」


 興奮を隠せない俺の声に、父さんは誇らしげに微笑んだ。


「ああ、お前のおかげで購入資金が出来たからな。前から欲しかったんだ。

 母さんには貯金して買ったことにしてあるから、余計なことは言うなよ?」


 本当に驚いた。最大のネックだった『ネット環境の構築』が、あっさり片付いてしまった。

 父さんを競馬で勝たせて良かった、とこの時心から思った。


「うん、わかったよ。男同士の秘密ってやつだね」


 俺は大人びた表情で、わざと格好をつけて答えた。


「ああ、その通りだ」


 父さんも渋い表情で言う。ノリノリだ。


 父さんとの秘密を共有する感覚に、少し興奮を覚えた。前の人生では味わえなかった父子の絆みたいなものを感じる。


 そうして約一時間、俺と父さんは株について話をした。



「すごいな、大人顔負けの知識じゃないか。どこでそんな知識を?」


「うん、たくさん本を読んだんだよ」


 ええ、それはもうたくさん本を読みましたよ。立ち読みでもたくさん読みました。セーブ&ロードがあれば、立ち読みでもめちゃくちゃ読めるんです。


「そうか……俺はな、宏樹。

 最初は300万円で投資を始めてみようかと思ったんだ。

 だがな、お前に100万円を預ける。

 これで試しに運用してみろ」


「え?」


 嘘だろ?

 俺はただの小学5年生だぞ?

 そんな親、聞いたこともない。


「ただし、いくつかのルールを設ける」


「うん」


「信用取引はしないこと」


「それは分かってるよ」


「理由は分かるか?」


「もちろんだよ。自己資金だけで取引を行う現物取引げんぶつとりひきだと、よほどのことがないとゼロになることはない。けれど、証券会社からお金を借りて、最高で自己資金の3倍まで取引できる信用取引だと、簡単にゼロになるリスクがあるばかりか、ヘタをすると借金になってしまうこともあるから、だよね」


 父さんが満足いったという表情で頷いた。


「正解だ。そこまで分かっているなら問題はないだろう。

 それともう一つ。資金が半分の50万円になったらお終いだ。大人になって自分の資金でやれるまで勉強をし直せ」


「うん、わかったよ!」


 父さん、本当にゴメン。

 、俺にとって増やすことは、ドラ〇エでスライムを倒すより簡単なんだ。


「そ、それともう一つ。これが一番大事なことだ」


「なに?」


「こ……こないだのような夢をもし見たら、また教えてくれ」


「わ、わかったよ、父さん」


 このオヤジ、味を占めたな?

 まあ良い、いいタイミングで一回くらいは教えてやろう。


 そんなわけで、細部を話し合い、俺の分は竹井証券のネット取引を、父さんの分はヤマト証券で口座を作った。まあ両方とも父さんの名義なんだが。


 そうして口座を作って一か月、怪しまれないようにバカ勝ちをしないようにしていたけれど、俺はすっかり面白くなってしまっていて、資産の総額は現在1,000万円を超えてしまっていた。

 一か月で10倍はやり過ぎた。反省している。


 父さんも俺と話し合いながらなので順調だ。細かく勝たせながら、この年飛躍する予定のソフバンHD株を大量に買わせ、現在父さんの資産は800万円程度にはなっている。


 そして母さんにバレたが、勝っている分には問題なかったし、父さんにアドバイスして母さんに高級なネックレスをプレゼントさせた。これが功を奏して、母さんは大賛成の立場になってくれた。

 俺もあかねに大きなクマのぬいぐるみをプレゼントした。大事にしてくれているようだ。


 こうして俺の資金計画は順調を極めた。


 これなら、私立中学にも問題なく入れるだろう。





 6年生になり、初夏のころに俺は両親に進路を相談した。

 有名私立中学を受験して、自分を試したいと。

 資金も潤沢になっていた両親は、快く承諾してくれた。


 そして秋が過ぎ、冬を迎えた。

 受験シーズンだ。

 ここで俺は大きな節目として、固定セーブポイントとしてセーブした。

 もし学校が気に入らなければやり直せるポイントとして。

 しかし、中学はそんなに違いはないだろう。

 

 中学校生活もいわば自己投資期間だ。


 知識はセーブ&ロードで無限に学習できるが、肉体はそうはいかない。

 中学では、肉体をいじめ抜いてやると決めていた。



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 そして俺は卒業式の日を迎えた。

 真紀と手をつないで学校に行くのもこれで最後だ。


「真紀ちゃん。今日でこうやって一緒に行くのも最後だね。

 中学へは一人で行ける?」


「うん、ヒロのおかげで大丈夫になったよ。

 実は、結構前から大丈夫だったんだけど、なんとなく続けちゃった」


 真紀は照れたような、悲しいような顔をしていた。


「それでも家は近所だからさ、暇があったら遊ぼうよ。

 勉強だって、ついていけなかったら教えるし」


「うん!」


 そうして迎えた卒業式。

 真紀は大号泣していた。


 体育館を出ると、佐竹が声をかけてきた。


「おーい、ヒロ!!」


「おお、ヨッシー!」


「これでお別れだな。お前がいないと思うと、中学は寂しいぜ」


「だな、でも真紀とも一緒に遊ぶって言ってあるし、お前も気軽に連絡くれよな!」


「なあ」


「なんだ?」


「改めてお礼を言わせてくれ。

 ヒロは俺の人生の救世主だ。

 きっと、あのまま行ったら俺はクソみたいな人生を送ってたと思う。

 俺は一生、この感謝の気持ちを忘れねぇ。

 そっちの学校でなんかあったら、絶対に教えてくれ。人生をかけて助けに行くからさ」


「ヨッシー……人生って……ははっ!

 ったく、大げさだな!

 でもありがとう、何かあったら絶対に相談する!」


「ああ、それじゃあな!」


「ああ、また会おう!」


 互いに拳を突き出して合わせた。

 それは、前の人生では存在しなかった別れ。

 そして来月にはまた、前の人生では存在しなかった次の出会いがある。

 俺はワクワクを隠しきれず、その時を待った。

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