第12話 お願いします、神様

 児童会で設置した目安箱に、前回と同じ日付けで山下君からの手紙が入っていた。

 よし、大きく未来を変えずに来れたようだ。


「ふぅ……」


 俺は大きく息を吐いた。

 これは大きな心配事の一つだった。バタフライ効果という現象もある。実際のところ、何がどう作用するか分からないのだ。


 前回と同じように話し合いをし、話し合いが終わると、前回と同じように解散する。

 初めて聞いたかのように演技をするのも慣れてきた。


 ただし、前回と違って真紀と家には帰らず、俺は山下君を追いかけた。

 通学路は把握済みだ。


「山下君!」


「ど、どうしたんですか西森さん」


「君に渡したいものがあってさ。

 これ、ICレコーダーって言うんだけど……」


「これ、なに?」


「一言で言うと、声を録音する機械だよ。

 これをランドセルに入れてさ、スイッチをONにしておいてよ。君に痛い事をしていた重要な証拠になる」


「しょうこ?」


「証拠っていうのはね……

 そうだな、もし警察が来た時に、君をいじめていた人たちが『やっていません』って言ったら、警察はそれ以上何も言えなくなってしまう。やったかやっていないかなんて、他人にはわからないからね。

 だけど、録音でいじめているのが分かれば、警察も君を助けることができると思うんだ。

 ほら、こうやって使うんだよ。

 ところで、君のお母さんはランドセルの中身をチェックする?」


「ううん、しないよ」


「それじゃあ大丈夫だね。お母さんが帰ってくる前に必ずONにしておいて。一晩くらいは十分にもつから」


「分かった、やってみる」


 そう言ってICレコーダーを山下君に渡した。


 さて、これである程度は前回と違う流れにならないか確認する必要が出来た。

 果たして、今日このまま山下君は殺されてしまうのか、そして殺されてしまうとしたらその日時はいつか、確かめよう。

 俺はセーブすると、山下君を別の道で追い越し、合鍵で家に入ると、押し入れに忍び込んだ。




 夜。

 おそらく家では俺が帰ってこない事で大騒ぎになっているだろう。

 ゴメン。

 後でロードして、から今回は許して欲しい。


 持ってきた安物の時計の時刻は、20:12と表示されている。

 母親が彼氏と一緒に帰ってきたようだ。


「ただいまー」


「お帰りなさい」


「ひっく。あー気持ちわりぃー」


「ちょっとアンタ、吐くならトイレ行ってよ」


「飲みすぎちまったわー」


 二人とも酒に酔っているようだ。

 子供に夕食も食べさせず、二人で飲みに?

 どういう親だ。


 男はトイレに行った。

 母親の方はテレビを見ているようだ。

 バラエティ番組の笑い声が聞こえる。


 しばらくすると、山下君が恐る恐る口を開いた。


「お母さん、お腹空いた……」


「ああ!?

 あんた一人で飯も食えないワケ?

 冷蔵庫にあるもの適当に食べなさいって言ってあったでしょ!?」


「でも、冷蔵庫が空っぽで……」


「生意気言ってんじゃ無いわよ!」


(バチン!)


 引っぱたいたような音が響き渡る。


 冷蔵庫が空っぽという事を伝えただけで、何が生意気なのだろうか。

 理不尽にもほどがある。

 いや、この理不尽さは俺も知っている。ブラック企業で味わった理不尽さだ。

 それだけでも、大人の俺でも辛かったというのに……

 それに加えて暴力。

 

「よく耐えているな……」


 山下君の強さに、俺は涙が溢れそうになる。


「うえー、なんだなんだ、またお前何かやったのか?」


 男がトイレから出てきた。ジャーっと水が流れる音が聞こえる。


「いえ、何も……」


「口答えしてんじゃねぇよ!」


(ドゴッ! がたん!)


 蹴ったような音、そして何かにぶつかった?

 それに何が口答えなんだ?

 コイツら無茶苦茶だ。


「ちょっとアンタ、今日はやり過ぎないでよ。顔とかパッと見て分かる場所もやめてよね。また学校休ませなきゃいけなくなるんだから。」


「あぅ……うぅぅ………」


「泣くんじゃねーぞ!?

 お前みたいなガキが泣くのを見てると、殴りたくなってくるんだよ!!」


「うぅ……うぅぅぅぅぅぅぅ………」


「泣くんじゃねーっつってんだろうが!!」


(ドゴッ)


「おらっ! おらぁッ!!」


(ドゴッ)


「アハっ、アンタやり過ぎじゃん?」


「お前だってこういうの見て興奮するんだろ?

いつも終わった後はびしょびしょに濡れてんじゃねえか!

 オラァッ!」





 しばらく殴る音が続いていた。



「へへ、ようやく黙ったか」


「ね、ねぇ、アンタ、これ、さすがにヤバくない?」


「ん?」


「息、してるの?」


「ああ?

 ………してねぇな」


「ど、どうするの?」


「どうするたってよぉ、俺は酔っぱらってるから分かんねぇよ。

 とりあえず風呂場にでもぶち込んで明日考えんべ?」


「ねぇ、救急車呼んだ方が」


「っざけんな! んな事したら俺らが捕まっちまうだろうが!!」


 もうこれ以上のやり取りを聞いていられない。こっちの頭がおかしくなりそうだ。

 時間を確認する。

 現在は20:50。山下君はその短い生涯を終える最後の30分間、頭のイカれた大人の男に殴られ続けていたのだ。


「……ふざけんじゃねぇぞ。こんなのってあるか……?

 俺が…俺が絶対に助けてやる……!!」


 俺は今まで生きてきた中で最大級の怒りを感じながら、ロードして時を戻した。



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 ロードした直後、しばらくの間、俺はあふれる涙を止められなかった。


 唇を固く結び、俺は歩き出す。 

 今回は俺一人では動かない。

 俺と俺の親、そして真紀と真紀の親で動くつもりだ。

 なぜ真紀を巻き込んだのか、それは真紀の父、誠の友人が警察官だから、協力してもらえるかもしれないと思ったからだ。


 まずは真紀を説得し、俺たちの両親に集まってもらった。


「えっと、大事な話があります。

 今回、僕のアイデアで、学校に目安箱っていうのを設置して、誰でも相談できるようにしてあったんだけど、そこにとんでもない相談があったんだ。

 だから、お父さんお母さん、それに真紀ちゃんのお父さんお母さんにも力を借りたいです」


「ふむ。まず聞かせてくれ。どんな相談があったんだい?」


「父さん……相談をしてきたのは山下君っていうんだけど、その子はお母さんやお母さんの彼氏に毎日のように暴行されているみたいなんだ」


「なんだって!?」


「その子のお家のお父さんは?」


 真紀のお父さん、誠さんが聞いてくる。


「だいぶ昔に、お母さん以外の女の人と出て行ったって。

 それで、お父さんに似てるからってお母さんにたれるって、山下君が言ってた」


「それは助けてやらないとな。

 だが、先生には相談しなかったのか?」


 父さんが至極まっとうな事を聞いてくる。


「僕ね、学校は信用できないと思ってるんだ。

 ニュースでもたまにやっているでしょう?

 いじめですら見てみぬふりをする学校もあるくらいだ。

 きっと山下君も助けてもらえないよ。

 学校は、学校の方が大事なんだ」


「そうね、私もそう思うわ」


 母さんが同意してくれた。

 俺が陰キャになったきっかけは小学校低学年の頃のいじめが原因だ。

 これになんの反応も示さなかった学校に対して、母さんも不信感を持っていたらしい。


「そうか……そうだな。

 山下君の状況は分かっているのか?」


「うん、今日児童会で話したんだけど、それとは別に色々話を聞いてきたんだ」


「言ってみなさい」


 父さんに促され説明する。


「山下君ちの母親は、だいたい夜の8時半前くらいに帰ってくるんだって。

 それで、いつも酔っぱらっていて、すぐに暴力を振るわれるんだって言ってた」


「ひどいわ……」


 母さんたちは、既に目に涙をためていた。


「真紀ちゃんのお父さんの友達は警察なんでしょ?」


「ああ、だからと言って何もない一般の家に突入なんてできないぞ?」


「うん、だから僕は考えたんだ。

 警察の人に、山下君のアパートの近くをパトロールしてもらって、山下君に用事があった僕は玄関で暴行する音を聞いてしまう、そして、一緒にいたお父さんに通報してもらう」


「しかし、それでも、家に入れてもらえなかったり、何もして無いと言いはられたら警察だってどうしようもないぞ」


「鍵は多分大丈夫。山下君が合鍵をポストに入れてくれてあるはずだから」


「あとは暴行の事実か。これは小学生の君の証言では厳しいぞ」


「この間、児童会で使うのにICレコーダーを買ったんだ。山下君にはそれを持たせてる」


「……誠さん、中村警部に相談してみたら?」


 聖子さんは既に半分泣いている。


「ああ、ちょっと電話をしてくる」


 果たして俺の準備は足りているのだろうか。




 結論から言うと、誠さんの友人の警部、中村さんが協力してくれることになった。

 おおむね俺の立てた作戦の通りだ。

 女性たちは暴行する前に何とかして欲しかったようだが、さすがに何の証拠もない状態では無理だ。

 やはり現行犯で捕まえるのが一番良いだろう、という話になった。

 山下君には本当に申し訳ないが、少し痛い思いをしてもらわないといけない。

 きっとこれで最後になるから、許して欲しい……



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 作戦開始だ。車を出してもらい、アパートの近くに張り込んで、山下君の母親たちが家に帰るのを確認した。時刻は前回と同じ20:12だ。20:20には男がトイレから出てきて殴り始める。それより早くてもダメだし、遅すぎると山下君が死んでしまう。

 慎重を期すため、ここでセーブをしておく。

 そして僕はGOサインを出した。

 これで携帯電話を使って父さんが通報する。


 結果は失敗だった。

 近くに待機してもらっていたため、警察が来るのが早すぎ、男がトイレにいるうちに到着してしまったのだ。


 ロードし、少し時間をずらす。


 次に警察が到着したのが時刻20:21。

 ドアの中からは最初の「オラっ」が聞こえた。生きててくれ、山下君。


 警察がドアの前まで来た。鍵は用意してあったが、なんてことはない、山下君の親は酔っぱらっていて鍵をかけていなかった。

 そして、「君は下がっていなさい」と言って、警察官は突入する。


「警察だ! 暴力行為のような音がすると通報があった!」


「お前らその子に何をしているッ!!」


「……ああ……タス……けて」


 良かった、山下君はまだ生きてる!!


「傷害の現行犯で逮捕する!!」


「んだよっ! ッざけんな畜生!!」


 暴れる男。これも見越してか、周囲にはパトカーが集まっていた。


 何人もの警察官が来て、俺は父さんと合流した。

 今日は遅いので、後日事情聴取があるらしい。

 しばらくすると救急車が来て、山下君を病院へ連れて行った。



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 山下君は命に別状はなかったが、骨折していて全治3カ月の重傷らしい。

 クズ男はしらばっくれていたようだが、山下君の全身の傷、そして録音が決定的証拠となって、殺人未遂罪に切り替えて起訴されたらしい。

 山下君の母親も自白し、今は留置場にいる。

 山下君は入院中だが、その後は施設に行くようだ。

 残念ながら、山下君の引き取り手は見つからなかった。


 施設はここから少し遠い所にあるため、山下君はそれに合わせて転校するようだ。

 まあ、ここにはいない方が良いだろう。


 なぁ神様。

 もしいるなら、彼にはこの後たくさんの幸せを約束してくれないか?

 彼は普通の人の一生分の不幸をもう味わったはずだ。

 俺を救ってくれたように、彼のことも救ってやってくれないか……

 

「お願いします、神様」

 

 俺が真っ暗な空を見ながらつぶやくと、真紀がそっと手を握ってくれた。

 その手はとても暖かかった。

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