第11話 山下君を救うための準備

 落ち着け、もう一度ニュースを確認しよう。


『〇✖市のアパートで、小学四年生くらいと思われる子供の遺体が発見されました。遺体は死後二週間ほど経過しており、警察は母親の山下清美容疑者(28)と同居していた男性の行方を追っています』


 別のチャンネルでも同じ内容を報道している。


 間違いない。

 児童会に相談に来たその日か次の日に、山下君は殺されたんだ。

 また俺が余計な事をしたんだろうか。


 この失敗ルートでセーブしても意味がない。俺はロードするついでに確認と調べたい事があったので、39歳のセーブポイントをロードした。



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 視点が高くなり、無事39歳の時点がロードできたことを実感する。

 まずは母さんに電話だ。コールするとすぐに出てくれた。


「あ、母さん、おはよう」


「おはよう、宏樹。体調はどうなの?」


「ああ、もう元気だよ。でさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「なに? 急にどうしたの?」


「だいぶ昔で覚えてるか分からないんだけど、俺が小学5年生の頃、ウチの町で小学生が殺される殺人事件ってあった?」


「ああ、それならよく覚えているわよ。確か二月……バレンタインの前日くらいだったかしら。あかねの同級生の小学4年生の子が殺されたってニュースでやって、保護者説明会や通学路の見回りとかで大変だったからよく覚えているわ。

 でも、そう言えば犯人が捕まった話は聞いてないわね。

 あんなことをしてのうのうと生きているのかしら。

 で、その事件がどうしたの?」


「いや、友達とそんな事件があったとか無かったとかいう話になってさ。

 確かめたくなったんだ」


「ああ、そうなのね。確かにあったわ」


「ありがとう、母さん。それじゃあね」


「うん、それじゃあね」


 事件があったことは確認できた。

 それにしても2月か。一か月のズレは俺が原因かもしれないが、たとえ俺が何もしなくても殺されてしまうと分かった今、見捨てる選択肢はない。

 もしも俺が何もしない事で助かるなら……

 いや、それでも暴力が無くなるわけじゃない。

 救うと決めた。だからやる。やってみせる。


 大雑把な計画だが、まず、殺された日時と場所を特定する。

 そして、証拠を押さえる。

 タイミングを合わせて警察に来てもらい、現行犯で取り押さえてもらう。

 これがベストだと思う。

 俺ならできる。いや、俺にしかできない。セーブとロードを駆使すれば、いくらでも調整が出来る。

 ここでネックになってくるのが証拠だ。

 39歳の世界なら、スマホやボイスレコーダーなど、持っているもので実行可能だ。

 だがこの時代、小学生の俺はそんなもの持っていないし、おそらく父さんも母さんもボイスレコーダーなど持っていないだろう。

 向こうで買うしかない。

 小学生では出来る金策など限られている。

 

「うーん、これは完全にズルなんだが、この際仕方ないか……」


 確認すると、ちょうどその近くの日付が残してある。


「しかし、冬休みの宿題をもう一度やるのは面倒だな……」


 そう思いつつも、

『山下君を救うためなら、どんな苦労も厭わない』

 と、決意を新たにして、俺は小学5年生の12月をロードした。



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 その日、父さんが仕事に行く前に話しかけた。


「ねぇ父さん、聞いてくれる?」


「なんだ?」


「僕ね、すっごく不思議な夢を見たんだ」


「ほう、夢か。

 どんな夢を見たんだ?」


「普段あまり覚えてないんだけど、気持ち悪いくらいはっきりと覚えてるんだ。

 なんかね、沢山の馬がレースをしてる夢」


「そりゃ競馬じゃないか?」


「競馬って?」


「競馬って言うのはな、馬をレースさせて1着になる馬を当てるんだ。当たると沢山お金がもらえるんだぞ。予想に参加するにはお金を少し払わないとダメだけどな。それに、子供はやっちゃダメって事になってるから、お前はダメだぞ?」


「そうか、きっとその競馬ってやつの夢だったんだね。

 でもすっごい賑やかだったよ。それに、なんだかレースが終わるくらいで見学してるおじさんたちに、喜んでる人や怒ってる人が沢山いたもの」


「はは、競馬ではよくある光景さ」


「それでね、お馬さんには名前も付いてたんだ。カッコいい名前だったよ。1着がグラスランダー?だったかな。2番目のお馬さんはメジロブランドっていう名前だったよ。馬なのにメジロだなんて面白いよね!」


「おいおい、それはリアルな夢だな。って、ん?」


そう言って父さんはスポーツ新聞を見る。


「おい宏樹。お前の言ってた馬、明日の在馬記念って言うレースで出るぞ?」


「本当!? 僕応援したいな!!」

「い、行ってみるか? 競馬を見に」


「行きたい!!」


 そう言って、俺は父さんと競馬場に行くことになった。



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 その日の昼。時計の針が2時を指す10分前、俺と父さんは山中競馬場の正門前に立っていた。冷たい北風が頬を撫で、吐く息が白くもやとなる。


 「うわぁ...」


 思わず漏れた俺の声に、父さんも頷いた。巨大な門構えの向こうに広がる景色は、まさに異世界だった。


 入場ゲートをくぐると、一気に喧騒に包まれる。興奮した観客の声、馬のいななき、実況アナウンス。それらが混ざり合って、独特の空気を生み出していた。


 「宏樹、手を離すなよ」


 父さんが俺の手をしっかり握る。人混みに飲み込まれないよう、俺も父さんの手を強く握り返した。


 観客席に向かう途中、屋台が立ち並ぶエリアを通過した。焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。普段なら「食べたい!」と駄々をこねていたかもしれない。でも今日は違う。


 「父さん、馬券売り場はどこ?」


 きょろきょろと辺りを見回す俺に、父さんが顎をしゃくった。その先には長蛇の列。体格のいいおじさんたちが、まるで戦場に向かう兵士のように真剣な面持ちで並んでいる。


 「一緒に並ぼうか」


 父さんがそう言うと、俺は小さく頷いた。約束通り、父さんが俺の分も買ってくれるのだ。


 列に並ぶ前に、俺は父さんを呼び止めた。


 「あの、父さん」


 懐から取り出したのは、500円玉と千円札の束。


 「これ、全部使って」


 かつての俺がゲームを買うために貯めていた1万円だ。父さんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情になった。


 「分かった。何を買えばいい?」


 俺は父さんの耳元で囁いた。


 「グラスランダーとメジロブランドが勝つやつを。これで買えるだけ」


 父さんは少し躊躇したように見えたが、すぐに頷いた。


 列に並びながら、周囲の会話が耳に入ってくる。


「今日はグラスランダーが本命だな」

「いやいや、メジロブランドの調子も良さそうだぞ」


 知っている馬名が聞こえてくると、思わずドキリとする。


 15分ほど並んだだろうか。ようやく窓口に着いた。


 「これとこれ、あとこれも。お願いします」


 父さんが窓口で告げる。俺はその横で、緊張で手に汗握っていた。


 「はい、どうぞ」


 窓口から差し出された馬券を、父さんが受け取る。俺はその様子をじっと見つめた。馬連2-10。グラスランダーとメジロブランドの組み合わせだ。1着と2着を当てる賭け方で、外れれば一文無しになる。でも、当たれば……。


 未来が変わってもし外れたら…その時はロードをすればいいだけの話だ。

 今の俺にとって、賭け事は未来を反映させる作業でしかない。


 「ほら、買ったぞ。観客席へ行こう」


 父さんの声に頷きながら、俺は父さんが胸ポケットに馬券をしまうのを見届けた。これから始まるレースが、俺の人生を、そして誰かの人生を大きく変えることになる。そう確信しながら、俺は父さんの手を握ったまま、観客席への階段を上っていった。




───レースが終わった


 父さんがさっきから震えている。


「マジか……

 マジかマジかマジか……

 うおぉぉぉぉぉ!!」


 叫びたくなる気持ちは分かるが、抑えてくれ父さん。俺は1万円分、父さんは他にも買ったが、俺が全額突っ込むのを見て3万円分も買っていた。

父さん、俺を信じてくれるのはうれしいが、それはまともな大人の感性じゃないぞ。


 結果は大勝だ。

 当たり前だ。39歳に戻ればいくらでも検索できてしまうのだ。

 もし何らかの原因で結果が変わっていても、ロードするから問題ない。

 やはり、俺にとって競馬場は、確実に金を増やせる場所だ。


 目的は達したが、換金した後、父さんに言われた。


「なぁ宏樹。今回競馬で勝ったお金は、小学生が持つには大きすぎるんだ。だから、父さんが預かっておくから、必要な時は言いなさい。それと………母さんには内緒だぞ」


「うん、わかったよ。

 それじゃあさ、欲しいものがあるから電気屋さんに連れて行ってよ!」


 競馬場を出た俺たちは、一路電気屋さんへと向かった。

 そういえば、競馬の高額当選は所得として課税対象になるのだが、父さんは知っているのだろうか。

 確定申告はちゃんとしろよ、父さん。



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 電車で移動し、辺りが暗くなったころ、俺と父さんは電気屋を訪れていた。


 電気屋に入ると、明るい照明に照らされた棚に様々な電化製品が所狭しと並んでいた。

 テレビからは番組の音声が流れ、どこからともなく店員の説明する声が聞こえてくる。

 この時代特有の、最新技術への期待感に満ちた雰囲気が店内を包んでいる。

 しかし、この時代では最新のものでも、俺にとってはレトロな製品だ。

 その不思議なワクワク感を、俺は楽しんでいた。


「ところで、宏樹は何が欲しいんだ?」


「声を録音する機械だよ。

 児童会でさ、前に言った言わないで揉めたことがあって。

 先生に相談したんだけど、予算が無いって断られちゃったんだ。きっと、後々も使うと思うから、お金があったら欲しいと思ってたんだ」


 嘘だけどな。今後使うことがあるかも、とは思うが。


「そうか。

 宏樹も成長したな。父さんはてっきり新しいゲームが欲しいのかと思ったぞ」


「うーん、ゲームはもういいかな……」


 そうなのだ。

 あれだけゲーム好きだった俺だが、ゲームをやる気にならない。

 当たり前だ。

 ここから十数年先まで、主だったゲームはクリア済みだし、最新と言っても俺の感覚からしたらすべてレトロゲームなのだ。


 元々TVは見ない性質だったし、今では時間を潰すのは専らトレーニングと勉強、読書だ。

 よくよく考えればとんでもない優等生だ。


 さて、そんなわけで売り場に到着した。

 商品を物色する。



「この時代にはまだカセットがあったのか」


「宏樹、どうした?

 このカセットタイプなんかどうだ?

 安くて良さそうだぞ」


 おっと、聞こえてなくてよかった。

 使い道を考えるとカセットタイプはダメだ。カチャッという音がしたり、何より録音時間が心許ない。

 ICレコーダーを見てみる。


 ………タカスギぃ~!


 高ッ!!

 高ぇぇぇぇ!!


 ボイスレコーダー機能しかない機種で4万円近くする、だと!?

 技術の進歩って凄かったんだな、と思い知る。

 例えば、128GBのマイクロSDカードをこの時代の人に見せたら、何の冗談だと笑われるだろう。


少し脱線したが、このICレコーダーにしよう。


「父さん、これにするよ」


「結構するもんだな。

 しかし、言った言わないの問題は父さんの会社の会議でもあることだからな。

 俺も一度会議で使う事を提案してみるか。

 それじゃ、店員さんを呼ぼう。

 すみませーん!」


 店員さんを呼んで購入する。


 よし、これで機材は準備できたぞ。



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 その後、事件が起こるまで、基本的には前回の軌跡をなぞるように過ごす。

 下手な事をして事件が起こらなくなってしまっては本末転倒だ。どんなルートでも殺されてしまう可能性が高い事がわかった今、事件を起こして救うことこそ、山下君を救う道だ。

 もし事件が起きなければ、すべてやり直さなくてはいけなくなってしまう。

そうならないように、慎重に準備を進めなければならない。


 競馬で得た資金を元手に、俺は行動を開始した。


 まず、山下君の家の特定だ。放課後、さも友達の家に遊びに行くふりをして、山下君の後をつける。一度顔を見られてしまったためロードした。未来が変化する要素はできるだけ排除したかったからだ。


 目的地は、学校から徒歩15分ほどの場所にある、古びた二階建てアパート。薄汚れた外壁と、錆びついた階段手すり。部屋番号は205号室。この光景を、俺は脳裏に焼き付けた。


 次の日から、俺の観察作戦が始まる。下校時間を調整し、毎日違う場所から山下君のアパートを観察する。時には近くの公園のベンチで本を読むふり、またある時はたまたま通りかかったフリをして情報を集める。なお、観察を終えると毎回ロードをして、にするのも忘れない。


 2日目、母親らしき人物を発見。初日は仕事が休みで家から出なかったのかな。目つきは悪いがかなりの美人だ。細身の体つきに、少し疲れた表情。だが、その目には何か危険なものを感じる。


 3日目、がっしりとした体格の男が205号室から出てくるのを目撃。きっとあの「彼氏」だ。わざとすれ違って近くで観察する。粗暴そうな態度と、酒臭い息。見ているだけで胸くそ悪くなる。


 1週間の観察で、おおよその生活リズムが把握できた。母親は不規則な仕事、彼氏は週3~4日の頻度で泊まりに来る。そして、山下君が一人で過ごす時間が異常に長いことも分かった。


 作戦は順調に進んでいたが、9日目に予想外の展開が起きた。郵便配達員が205号室のポストに何かを入れようとしたとき、中から鍵らしきものが「カラン」と音を立てて落ちた。配達員は気づかずそのまま去っていく。


 これはチャンスだ。


 周囲を確認し、誰もいないのを確かめてから、俺は素早くポストに手を伸ばした。案の定、中には古ぼけた合鍵が。


 「すみません、鍵屋さん。お母さんに頼まれて合鍵を作りに来ました!」


 演技力を総動員して、地元の鍵屋で合鍵を作ってもらう。良心の呵責に耐えながら、この非常手段の必要性を自分に言い聞かせた。


 そして、ついに内部潜入の日。

 

 学校を抜け出すのは簡単だった。具合が悪いと言って早退した。家にも電話をかけ、友達の家で遊んでくるから遅くなる、と伝える。どうせロードするからなかったことになるのだが、なるべく心配はかけたくないのだ。


 緊張で手が震える。深呼吸を何度も繰り返し、ゆっくりと鍵を差し込む。

 

 カチリ。


 音を立てないように慎重にドアを開け、中に入る。狭い玄関、古びた家具、そして生活感の薄さが目に入る。素早く間取りを頭に入れる。これで、いざという時の動きがイメージできる。

 押入れの中には、布団などの日常的に使っているものは無さそうだったため、隠れて観察する事もできそうだ。


 その後も外からの観察を続けていると、時折中から聞こえてくる声に背筋が凍る。

 壁が薄いのか、中の音はかなり外でも聞こえるのだ。


 「このクソガキが!」


 男の怒鳴り声と、それに続く鈍い音。そして、小さな悲鳴。


 思わず駆けつけそうになる自分を、必死に抑える。「まだ早い」と自分に言い聞かせる。でも、このままでは……。

 それにしても、近所の人はなぜ何もしないのだろうか。


 ロードして日常に戻りながら、俺は救出計画の最終調整に入った。時は刻一刻と迫っている。


「絶対に救ってみせる。山下君、もう少しだけ待っていてくれ」


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