第10話 児童会始動

 選挙が終わり、俺は児童会長に就任した。

 例年通りに行くと、選挙で負けた二人に副会長と書記をお願いするのだが、副会長は向田さんで良いとして、書記がいない。

 ここは真紀にお願いして書記をやってもらう事にした。

 そして、佐竹にも声をかけ、児童会に入ってもらった。佐竹は最初こそ遠慮していたが、熱心に誘うと最後はちょっと嬉しそうだった。

 向田さんにも相談して、3組で向田さんの友人の沢井綾子さわいあやこも加えた。

 仲が良かった田中修二たなかしゅうじも無理矢理加える。

 あと一人、1組から必要だったので、声を掛けたら学級委員長の吉田幸彦よしだゆきひこ君が入ってくれた。


 これで決まった。


児童会長:西森宏樹(2組)

副会長:向田和美(3組)

書記:北里真紀(2組)

児童会役員:

・佐竹義明(1組)

・吉田幸彦(1組)

・田中修二(2組)

・沢井綾子(3組)

 この7人で児童会を運営していく。


 早速、公約だった目安箱を設置した。

 目安箱の設置には色々アイデアを出した。

 まず、複数の場所に設置する。一か所では目立つため、相談しにくくなってしまう。これでは本末転倒だ。

 階段や廊下のような通りすがりに入れられる場所や、逆に人が滅多に来ない場所に設置した。

回収が大変だが、これはローテーションで行うことにした。目安箱と一緒にメモ帳とペンを置いて、その場で投函できるようにもした。デザインも、真面目一辺倒ではなく、女子の力も借りて「気軽に相談してね」と可愛く仕上げた。

 そして、まずは実例を示すために協力者に投函してもらい、そしてその問題を解決し、発表を行った。まあ、いわゆるサクラだ。

 サクラを何回かやると、いくつか相談が来るようになった。それを俺たちは一つ一つ丁寧に対応していった。

 当初は匿名の相談が多いかと思ったが、案外相談事は記名が多かった。匿名は要望的なものが多かった。


 目安箱の設置は予想以上の成功だった。子供たちの悩みや要望を直接聞ける場ができたことで、学校全体の雰囲気も少しずつ変わってきたように感じる。


 児童会の活動も普段の生活も順調だった。


 3学期が始まったばかりの1月の半ば、特大の爆弾が投下されるまでは。



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 その日、目安箱の回収係だった佐竹が児童会室に戻ってくると、佐竹の顔がこわばっていた。


「どうしたヨッシー?」


「ちょっとヒロ、見てくれ」


 この頃にはすっかり仲良くなり、俺と佐竹はヨッシー、ヒロと呼び合う仲になっていた。

 佐竹から目安箱の中身を受け取って読んでみる。

 こ、これは……

 間違いなく俺たちの手に余る案件だ。


『助けてください。

 ぼくは4年2組のやましたかおるです。

 ぼくにはお父さんがいません。

 でも、9月くらいから、お母さんが見たことのない男の人を家につれてくるようになりました。

 その人はとてもこわい人で、よくぼくのことをたたいてきます。

 せなかにたばこをおしつけてきたり、おゆをかけたり、何かをなげてきたりします。

 とてもいたいしこわいです。

 どうか、じどうかいのみんなで助けてください』


 手紙を読んでいる間、俺の手が震えていた。こんな深刻な問題が、この学校で起きているなんて。39歳の経験を持つ俺でさえ、一瞬言葉を失ってしまった。


 佐竹が口を開く。


「なあヒロ、これはさすがに俺達で対応するのは無理だろ」


「ああ、ヨッシー。でも、これ先生でも無理じゃないか?」


「だよなぁ……警察か?」


「俺達で勝手に相談していいと思うか?

 まず子供の言う事じゃ警察が信じてくれないだろ。

 それに、もしも警察が対応してくれたとして、家まで行って嘘つかれて警察が何もできずに帰ってしまったら、その山下君がもっとひどい目に合うかもしれない」


「そうだな。しかし、確実なのは俺達だけじゃ対応できないって事だ」


「ああ、それに、もし何とか助けたいなら、先生にだって相談できないぞ」


「ヒロ、先生にも相談しちゃダメなのか?」


「確実に『大人に任せてお前たちは何もするな』って言われる」


「それもそうか」


「とりあえず、皆が来てから相談しようぜ」


 その後、俺たちは全員集合してからこの話をした。


 そして、話し合いの結果、山下君を呼び出して直接話を聞くことになった。



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 昼休み、先生にお願いして放送を使わせてもらう。

 ちょっと嘘をついた。

『無記名で相談があったんですけど、本人と直接話をした方が良いと思ったので、放送を使わせてください』と言って、相談内容は当たり障りのない恋愛相談を捏造した。


 ♪ピンポンパンポーン

「児童会よりお知らせします。先週、とても大事な相談をしてくれた人がいます。その人の名前は言えませんが、もし心当たりがあるなら、今日の放課後、児童会室に来てください。遅くなっても大丈夫です。僕たちは夕方5時まで待っています」



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 その日の放課後、山下君は来てくれた。

 ちょっと遅くなったのは、一度帰ったふりをして時間をずらしたからだ。

 それを見こして、俺は「遅くなっても大丈夫」と言っていたのだ。


「山下君、よく来てくれたね。

 僕が児童会長の西森宏樹だよ」


「私が副会長の向田和美よ」


山下薫やましたかおるです」


 それぞれ自己紹介をし、本題に入る。


「山下君、君の相談してくれた問題はとても大変な問題だ。すごく辛かったね。これは、大人でもうまく解決できるか分からない問題なんだ。それでも何とかしたいと、凄く勇気を出したんだと思う。いくつか確認させてほしいけど、良いかな?」


 俺は出来る限り優しく言った。


「はい」


「それじゃ、君に、お母さんの連れてきた男の人が暴力を振るっている、これは間違いないね?」


「はい」


「9月頃から家に来るようになって、すぐに暴力を振るうようになった?」


「はい」


「もう一つ聞きたいんだけど、お母さんも君に暴力を振るっているよね?」


「………」


「勇気を出して。僕たちは敵じゃないから」


「……は、はい」


「いつから?」


「ずっと……ずっと前からなんだ。

 助けてください……」


 そうだよな。

 新しく連れてきた男が、連れてきた直後に我が子に暴力を振るったら、普通は止めるはずだ。

 話を聞いていて思ったんだ。母親も普通じゃない、と。


 俺たちは言葉を失った。

 俺たちの学校で、まさかこんなに苦しんでいる子がいたなんて。


 深く息をして、俺は山下君に語りかけた。


「君の家庭の問題を解決する方法はあるかもしれない」


「!?

 ほ、本当!?」


「だけど、それは君が思っているのとは違うかもしれない。

 もし君が、お母さんと仲良く、暴力も無く笑って暮らしていけるというのを求めているなら、それは無理だ」


「そう……ですか」


「僕は君にすごく辛い事実を言わなければならない。

 君が取れる選択肢は二つ。

 今の生活を続けるか、暴力は無くなるけど、お母さんと離れて暮らすか、だ。

 もしお母さんが心を入れ替えたと認められれば、もう一度一緒に暮らせるかもしれないけど、それにはすごく時間がかかってしまうんだ。」


 山下君は下を向いて言葉を失った。

 だが、現実的に取れる選択肢はこれしかない。

 子供に平気で暴力を振るって楽しむクズを改心させて良い人間にするなど、余程の地獄を見せない限り無理だ。

 もしかしたら、セーブ&ロードをうまく使って、精神的に追い詰めれば自己保身で一時的には改心したように見えるかもしれない。が、しばらくしたら元に戻るだろう。クズは本質的にクズなのだ。


 そんな事を考えていると、山下君が口を開いた。


「……お母さんと離れて暮らすって言うのは?」


「そうだね、まず、警察に相談する事になると思う。そうすると、お母さんと、お母さんの連れてきた人は逮捕されて刑務所に入る事になる。君は一人では暮らせないから、誰か知り合いの人の所で、そうでなかったらそういった子が沢山集まって暮らしている施設に行くことになるだろうね。

 山下君のお父さんやおじいちゃん、おばあちゃんは?」


「お父さんは、僕が小さいころに他の女の人とどこかに行っちゃったみたいです。だから僕は、お父さんに似てるからってよく叩かれて……」


「………ひどすぎるわ……」


 気が付くと女子は皆泣いていた。男子も言葉を失って、顔は青ざめている。


「おじいちゃんは、多分いるとおもうけど、あったことないです」


「そうか……ここまで話してどう? 君はどうしたい?」


「痛いのは嫌です。でも、お母さんと離れるのも嫌です」


「そうだよね、急には決められないと思う。

 だからそうだな、少しずつ話して、どうしたいか決めよう?」


「はい……ありがとうございます………」


 そうして一度、山下君を帰らせた。

 全く、小学4年生なのにしっかりと受け答えも出来るいい子じゃないか。

 なんでこんな子がこんな目に合わなきゃいけないんだ。


 山下君が去った後、児童会室には重苦しい空気が漂っていた。誰もが、この状況の深刻さを痛感していた。



「西森君、あなた本当にスゴいわね」


 山下君が帰った後、向田さんが話しかけてきた。


「ん? 何がだ?」


「私は……ううん、きっと私だけじゃなくて、みんな、何をどうしたらいいか全然分からなかった。

 そんな知識、どうやって身に着けたの?」


「あ、ああ、ニュースとかよく見るしさ、なんかドラマとかマンガでやってるのを思い出したりしてたんだよ」


「ふぅん、ドラマや漫画も役に立つのね。私も見てみようかしら」


 ご、ごめん向田さん。

 39年の蓄積です……


 そして俺達も解散して家に帰った。

 帰り道、真紀はいつもより多く、そして強く俺の手を握ってきた。


「ねぇヒロ」


「なんだ?」


 そういえば、佐竹の影響で、真紀もヒロ呼びになっていた。


「私たちってさ、恵まれてる家だったんだね」


「そうだな。下を見ればきりがない位、めちゃくちゃ恵まれてるよ」


「お金持ちの子とか、正直うらやましいって思った事もあったけど、間違ってたよ」


「そうだな」


「助けてあげたいね、山下君」


「ああ……」




 しかし、次の日、山下君は学校に来なかった。

 次の日も次の日も次の日も。


 先生に聞いたが分からないという。

 家にも不在だと。


 そして二週間がたった夜、母が付けたテレビのニュースに驚いた。


『〇✖市のアパートで、小学四年生くらいと思われる子供の遺体が発見されました。遺体は死後二週間ほど経過しており、警察は母親の山下清美やましたきよみ容疑者(28)と、同居していた男性の行方を追っています』


「あら、ウチの街じゃない! 嫌なニュースねぇ、子供を殺すなんて、何があっても許されないわ」


 は?

 今このニュースキャスター何て言った?


 少し冷静に考えてみる。

 同じ市内、一つ下の小学四年生、母親の名字は山下、結婚していない同居男性、導き出される結論は自ずと明らかだ。


 どうやら俺はまた、未来を変えなくてはならないらしい。

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