第9話 児童会選挙

 秋になった。


 ん?

 夏休みとか飛ばすのかって?


 小学生の夏休みだぞ。友達と遊んで宿題して自己研鑽けんさん、あとは家族で旅行に行った。そんな話を聞きたいか?

 甘酸っぱいキュンキュンするエピソードも事件のようなものも何もない。プールや海、遊園地なんて小学生だけで行けると思うか?

 そんなわけで、特筆すべきことは何もないまま新学期を迎え、秋になったのだ。


 ここで、少し肉体的な変化があった。身長が伸びたのだ。

 記憶違いかと思って39歳に戻り、実家で昔の記録を見たから間違いない。確実に昔の俺よりも身長が伸びている。これはうれしい変化だ。日々の運動と、母親に頼んで肉を増やしてもらった事が功を奏したか。


 そうそう、そんな事を確認しに39歳に戻れるほどには気軽にロードも出来るようになった。今の所何度ロードしても変化やペナルティは起きていない。まあ寿命が減るという線は考えられない事も無いが、気にしても仕方ないだろう。


 39歳時のセーブポイントも更新した。

 退院前の状態では何をするにも自由が利かない。

 退院後、自宅に帰って、準備を整えてからセーブをした。これで39歳でもすぐに色々動けるようになった。


 さて話を戻そう。


 今は小学五年生の秋だ。

 高校なら学校によっては文化祭があるんだろうが、小学校には無い。

 大きなイベントと言えば、児童会選挙だ。

 中学や高校で言う所の生徒会のような物だろうか。

 まぁ小学生なのでおままごとみたいなものだろうが。

 ただ、俺は今度の人生、児童会長になろうと思っている。

 ここで、『この人は色々任せても大丈夫だ』と多くの人に思ってもらえるようにするのが目的だ。

 もちろん中学、高校では生徒会長を狙う。肩書は人脈形成にとても大事だ。




 いつものように真紀と手を繋いで学校に行く。

 真紀も変わった。美容院に行くようになったのか、髪型は以前と同じポニーテールなんだが、前髪とかがすっきりして、何というか全体的に軽くなった印象だ。

 何よりも痩せた。まあまだ健康的なぽっちゃりではあるが、顔のラインなんかかなり変わってきた。

 なにか思うところがあったのだろうか……って、十中八九俺のせいだよな。

 真紀ちゃん、スマン。

 俺は小学生とは付き合えない……

 でも、この努力は絶対無駄にはならないから。

 頑張れ真紀ちゃん!





 いつものように一日を過ごす。終わりの会で先生からお知らせがあった。

「もうすぐ児童会選挙がある。

 誰か立候補したい奴はいるか?」


「はいッ!」


 すぐさま手を上げる。


「西森か。

 他にいないか?」


 おぼろげながら、前回の記憶では誰も立候補せず、推薦という名の押し付け合いになっていたと思う。


「西森君ならピッタリだよね!」


「西森なら任せられるな!」


「西森君、応援するね!」


 クラスの反応も上々だ。もう前の人生の陰キャだった俺はどこにもいない。


「よし、それじゃこのクラスからは西森が代表で出るとする。

 それでだ。

 推薦演説を一人やって欲しいんだが、これは誰かやってくれるか?」


 推薦演説。これは本人とは別の人が、推薦する理由などを皆の前で読み上げるという、何の得にもならない苦行だ。本人には何の利も無い。

 これも前回はかなり揉めていたはずだ。


「はいっ!

 私にやらせてください!!」


 ざわざわ……


 教室がにわかにざわついた。

 推薦演説なんて何の得にもならない事をやりたがる奴なんて……

 いた。

 真紀だ。

 

「よし!

 スムーズに決まって先生はうれしいぞ!

 西森と北里はこの後説明があるから残ってくれ」


 先生の説明を聞き、二人でまた手を繋いで帰る。


 説明をまとめるとこうだ。

 俺達5年生は3クラスある。

 その各クラスから1名、会長候補と推薦演説者を出す。

 そして、投票当日、候補者と推薦演説者が演説し、4~6年生の投票で会長を決定する。

 3人で会長の座を争うのだ。


 次の日、学校に行くと、先生に呼ばれた。

 

 なんと、隣の一組は候補者を出さないそうだ。

 その代わり、全員一致で俺を推すのだそう。

 それってアリなのかと聞いたが、職員会議でも十分な理由だという事で通ったらしい。

 やり過ぎたような気もするが、信頼されるのは悪い事じゃない。



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 選挙当日。


 午後からの授業は無しで、4・5・6年生は体育館に集合させられた。

 児童会選挙のスタートだ。

 まずは候補者の紹介。

 1組は無し、2組が俺で、3組からは女子だ。名前は向田和美むこうだかずみ……だったかな。話したことも無い子だ。

 まずは推薦演説から始まる。1組は候補者がいないので俺達からか、と思ったが、そうではなかった。


「こんにちは。

 5年1組の佐竹義明です。

 僕たち5年1組は候補者を出しません。なぜなら、2組の西森君を推薦するからです」


 1組は俺を推薦するため推薦演説を行うらしい。

 なんと、舞台の上で話すのは佐竹君だ。


「僕は以前、最低の子供でした。

 自分さえ楽しければよいと思っていました。

 たくさんのいじめもしてきました。

 やられた人の気持ちなど、考えたこともありませんでした。

 今回、僕たちが推薦する西森君も、いじめのターゲットにしたことがありました。

 そして、僕は6月、やってはいけない事をしました。

 道路で女の子を突き飛ばしたんです。

 その子は、西森君が助けなければ死んでしまう所でした。

 僕は怒られ、親には殴られました。

 僕の学校での立場も変わりました。

 みんなをいじめていた僕は、皆から無視され、いじめられる立場になってしまいました。

 僕はいじめられる辛さを初めて知りました。自分がなんてひどい事をしてきたんだろうと、身をもって知りました。でも、僕が悪いんだから、耐えなければ、そう思って過ごしていました。

 その僕を助けてくれたのは、西森君でした。

 あんな最低な事をした僕を、西森君と北里さんは許してくれたんです。

 その上、皆にいじめをやめるように言ってくれました。

 そうして、皆がいじめをやめてくれました。

 僕もみんなに謝りました。

 それからは、クラスの雰囲気がとても明るく、楽しいクラスになりました。

 僕と、僕たちのクラスを救ってくれたのは西森君です。

 そんな西森君なら、この学校もとても楽しいところにしてくれると思います。

 だから、僕たち5年1組は、全員一致で西森宏樹くんを児童会長に推薦します!」


 大きな拍手が起きた。

 人は変われば変わるもんだ。前の人生での佐竹君を知らないけど、俺は佐竹君にも良い影響を与えられたのではないだろうか。

 今回の人生では、きっと佐竹君は良い奴になると思う。


 次は二組の推薦演説、真紀だ。

 舞台に上がってぺこりとお辞儀をする。


「皆さんこんにちは。

 私たち2組は、西森宏樹くんを推薦します」


 そこまで言うと、真紀は原稿を置いて前を向いた。


「さっきの佐竹君の話にも出ましたが、西森君に命を救われたのは私です。

 車にひかれる寸前、引っ張って助けてくれました。


 私は、西森君の幼馴染です。

 小さなころからずっと西森君とは一緒でした。彼は、以前はとても大人しく、クラスもみんなともあまり関わらない変な子でしたが、5年生になって変わりました。

 毎朝運動をしていて、勉強も頑張っていて、テストでも100点ばかりです。でも、昔からとても優しくて、その西森君らしさはずっと変わっていません。

 それに、色々なアイデアを持っていて、沢山の楽しい提案をしてくれます。

 今ではすっかり、クラスを引っ張ってくれているリーダーです。


 知ってる人も多いと思いますが、私たちは毎日手を繋いで登校しています。揶揄からかわれることもあります。けれど、道路に出るのが怖くなってしまって、一人で歩けなくなってしまった私のために、西森君は揶揄からかわれるのを承知で手を繋いで学校まで連れてきてくれているのです。

 そんな優しい西森君が児童会長になったら、きっとこの学校はもっと素敵なところになると思います。

 私は今も、怖くて震えています。でも、西森君の凄い所を皆に伝えたくて、勇気を振り絞りました。

 こんな、私たちのクラスの西森宏樹君を、どうかよろしくお願いします」


 体育館に盛大な拍手が響き渡る。

 真紀は少し涙目になっていた。

 ありがとう。こんな俺を応援してくれて。

 すごいのは当たり前なんだよ。

 むしろズルいと言っていい。

 俺は39歳で、何度もやり直せるのだから。


 そして、3組の推薦演説が終わり、俺の番だ。


「皆さんこんにちは、西森宏樹です。

 二人に推薦演説をして頂き、とてもうれしく思っています。

 でも僕は、彼らが言うような、そんなヒーローみたいな人間ではありません。

 偶然が重なり、たまたま助けられたというだけです。

 きっと、僕が助けられなかった人も大勢います。

 ですが、もしも皆が皆、誰かを少し助ける、という事が実行できれば、もっと沢山の人が誰かに助けられるかもしれません。

 僕は、この学校をそういう場所にしたいです。毎日が楽しい、それは、幸せだから言えることです。みんなで支え合って、みんなで楽しい学校を作っていきませんか?

 そのためにも、僕は匿名で何でも相談できる『目安箱』の設置を公約とします。

 問題解決の方法は、児童会が中心となって考えて行きます。

 簡単ではありますが、僕からの挨拶とさせて頂きます。

 なにとぞ、皆さんの清き一票をよろしくお願いします!」


 頭を下げると、大きな拍手が起こった。


 俺の次に3組の向田和美という子が演説をした。

 が、やはりW推薦のインパクトは相当なものだったのだろう。

 選挙は俺の圧勝で終わった。

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