第7話 佐竹義明
佐竹が真紀を突き飛ばした事件から数日が経った。
重かった学校の空気は若干和らいだものの、隣のクラスだけはいまだ重い。
クラスメイトたちは佐竹に対する態度を一変させた。今まで彼に従っていた子供たちも、事件を機に彼を無視するようになった。
「あいつ、自業自得だぜ」
「ホント佐竹君ってサイテー」
「たくさんイジメてたから罰が当たったのよ」
「あいつの指示で他の子に嫌がらせするの、本当は嫌だったんだ」
「もう話しかけるのやめようぜ」
「どうせなら消えてくれればいいのに」
クラスメイトたちの声が聞こえる。
一緒にやっている時は楽しそうにしていた連中も、こうなれば手のひらをくるっと
さらに数日が経った。
俺と真紀はずっと手を繋いで登下校している。
放課後、俺がドッジボールをやる時は、他の女子と一緒に応援して待っていてくれる。
ちなみに、日頃の身体づくり、大人としての身体コントロール技能もあって、ドッジボールはエースと言っても過言ではないほど活躍している。
周りからは何も言われないが、もしかして微笑ましいラブラブ小学生カップルみたいに見えているんだろうか。
真紀は少し痩せた。
事件のショックもあったんだろうが、聖子さんがこっそりダイエットしている事を教えてくれた。
成長期なんだし、無理はしないように注意してくれと頼むと、「アンタ大人みたいな事を言うじゃない」と聖子さんに笑われた。ええ、大人です。
休み時間、たまに隣の教室を覗くと、佐竹は一人教室の隅でうなだれている。
まるで陰キャの頃の自分のようだ。
そして、彼に対する無視は日に日にエスカレートし、次第に無視だけではなく、いじめに変わっていった。
人はどうしてこうなってしまうのか。
ある日の放課後、隣の教室を覗くと、エスカレートしたひどいいじめが行われているのを目撃した。数人のクラスメイトが佐竹の机を囲み、落書きをし、彼のノートを破いたりしていた。
「お前、よく学校に来れるな」
「お前なんかいなくなればいいのに」
「死ねよばーか!」
佐竹は無言で耐えていたが、その目には涙が浮かんでいた。
俺が今からやろうとしている事は酷いマッチポンプだ。大人のズルさ、強かさを感じながら、俺は隣の教室に入っていく。
そして、その様子を見ていた真紀も付いてくる。
真紀とは事前に話をしておいた。このいじめを止めるために協力して欲しい、と。
「やめろよ。佐竹が悪い事をしたのは事実だけど、いじめるのは違うだろ」
クラスメイトたちは驚いた表情を見せたが、すぐに反論してきた。
「でも、あいつが真紀ちゃんを突き飛ばしたんだぞ」
「だからって、いじめていい理由にはならない」
俺の言葉に一瞬の沈黙が訪れた。その時、俺に付いてきた真紀が、静かに語り始めた。
「みんな聞いて。
佐竹くんは確かにひどいことをしたけど、私は彼を許すことにしたの。
私はいじめられる悲しみを知ってる。
もう誰にもこんな思いはして欲しくない。
だから、もう佐竹君をいじめるのはやめてほしい、です」
少し涙目で言った真紀の優しい言葉に、クラスメイトたちは戸惑いながらも少しずつ引き下がった。彼女の言葉には、本当に人を動かす力がある。俺も心の中で彼女の強さと優しさに感謝した。
「真紀ちゃんがそう言うなら…」
「ああ、分かったよ。
もうやめようぜ」
クラスメイトたちは次第にいじめをやめ、教室は静けさを取り戻した。佐竹は涙を拭いながら、俺と真紀に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう……本当にありがとう………そして本当にごめんなさい…………」
「いいよ。佐竹くん、もう二度とこんなことしないでね」
「うん……」
真紀の言葉に、佐竹は深く頷いた。
ゴメン、佐竹。
みんなにあえて佐竹をいじめさせ、精神的にボロボロになったところで救いの手を差し伸べる。
これが俺の更生計画だ。
本当にひどいマッチポンプだ。大人であることが嫌になる。
その日から、彼は大きく変わった。授業も真剣に取り組み、クラスメイトたちとも少しずつ話すようになった。聞いた話によると、かつてイジメていた全員に謝罪したらしい。
俺も彼をサポートするために、放課後のドッジボールに誘うことにした。
「佐竹、今日は一緒にドッジボールやらないか?」
「え、本当に?」
「もちろんだよ。ところでさ、佐竹って名前何て言うの?」
「俺は義明。
「それじゃヨッシーで良いか。ヨッシー、ドッジしようぜ!」
彼は驚きながらも嬉しそうに頷いた。クラスメイトたちも彼を受け入れ、みんなでドッジボールを楽しんだ。
佐竹は完全に更生したように見える。彼の態度は完全に変わり、他人に対する優しさや思いやりを持つようになった。彼が変わったことで、クラス全体の雰囲気も良くなり、皆が仲良く過ごせるようになった。
ある日の放課後、佐竹が俺に話しかけてきた。
「西森くん、本当にありがとう。君のおかげで、俺は変わることができたよ」
「いや、ヨッシー自身が頑張ったからだよ。これからも頑張っていこうな」
「うん、ありがとう」
彼の笑顔を見て、俺は自分の選択が正しかったことを実感した。真紀も嬉しそうに微笑んでいる。
「これからも、みんなで楽しく過ごそうね」
「うん!」
そう言って、俺たちはこれからの未来に向けて新たな一歩を踏み出した。クラスメイトたちと一緒に成長し、支え合いながら、これからも素晴らしい日々を過ごしていくことを誓った。
その日の帰り道、真紀がふと立ち止まり、俺を見つめて言った。
「宏樹くん、本当にありがとう。あなたのおかげで佐竹くんも救われたし、私も安心できたよ」
「いや、真紀ちゃんの優しさがあったからこそだよ。これからもみんなで支え合っていけば、どんな困難でも乗り越えられるさ」
「うん、そうだね」
真紀の笑顔を見ながら、俺はこの新しい人生で自分以外も変えていける事に気づいた。
この『セーブ&ロード』という力があれば、成し遂げられることがまだまだたくさんある。
世界平和とまではいかなくても、自分の周りには幸せになってもらいたい。
俺は神様じゃない。でも、手の届く範囲は幸せにしたい。そう誓った。
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