第6話 更生

 真紀が死んだ日をやり直す。


 真紀が死んだのは間違いなく俺のせいだ。俺が世界を変えた影響で真紀は死んだ。

 ならば俺が救うべきだ。


 今日のミッションは、真紀を救うこと。そして、佐竹を更生させること。


 真紀を救うだけなら簡単だ。しかし、佐竹を更生させないままでは、いつまでも危険が付きまとうことになる。


 しかし、あの時の佐竹のニヤついた顔を思い出す。人が死んでいる現場でニヤついていた奴だ。軽く叱る程度では更生は見込めないだろう。


 どうしたものか……


「宏樹くん、どうしたの? 難しい顔してるけど」


「ああ、何でもないよ。ちょっとドッジボールが上手くなるにはどうしたらいいかって考えててさ」


「宏樹くんは何でも真剣ですごいね!」


 俺は一瞬罪悪感を覚えた。こんな嘘をつくなんて。でも、彼女を守るためには必要なことだ。

 真紀の無邪気な笑顔を見ながら、俺は心の中でやりきってみせると誓った。

 真紀と安心して暮らすためにも、佐竹も更生させてみせる。


 学校に到着し、自分の席に着く。授業もそこそこに聞き流し、俺は考え続ける。

 事前に止めるのはダメだ。反省しない。同じことの繰り返しで、より狡猾に、より陰湿になる可能性の方が高い。それなら、罪を犯す現場、現行犯で取り押さえるのが良いだろうと考えた。普通の考え方ではない自覚はある。これは俺にしかできない。ロードはまだ機能している。失敗してもまだやり直せる。

 もしもロードができなくなったら、その時は事前に佐竹を止めて、また別の方法を考えよう。


 学校に到着し、授業が始まるまでの間に佐竹の動きを観察した。彼は相変わらず悪ガキのリーダー格で、クラスメイトに嫌がらせをしている。昼休みまでの時間を過ごしながら、どうやって佐竹を更生させるか具体的な計画を立てた。


 昼休みになり、給食を食べ終わった後、俺は一度セーブすることにした。セーブポイントは10か所まで設定できる。当たり障りのないセーブポイントを選んで、今のタイミングでセーブを行った。


「セーブポイント、設定完了……と」


 次に、真紀が突き飛ばされる時間を確認しようと、ドッジボールの誘いを断り、真紀と帰ることにした。

すると、二人で家に何事もなく帰れてしまった。


「それじゃ、宏樹くん、また明日ね!」


 おいおい。なぜ帰れてしまったんだ?


 すると、ドッジボールに行くとき廊下でニヤついていた佐竹の顔を思い出した。


「そうか……計画的な犯行か!!」


 俺がいないことを、真紀が一人だって事を奴は確認してやがったんだ。

 冷や汗が背中を伝う。ここまで計画的だったとは…。無邪気に計画殺人ができる、佐竹の危険性を改めて認識した。


 もう一度昼休みにロードし直す。




「よし、まだロード機能は生きている。本当に、何のペナルティも無く何度も使えるのだろうか……」


 不安な気持ちをなんとか抑え込む。

 確認すべきことを確認した後、また放課後を待つ。

 今度はドッジボールの誘いを受けた。


 廊下で佐竹のニヤついた顔を確認すると、俺はみんなに言った。


「痛たたた…急にお腹が…… ごめん、俺やっぱ帰るわ」


「大丈夫?」と、みんな心配してくれるが、仮病だから大丈夫だ。

 そして、別のポイントにセーブをした後、俺は急いで佐竹を追いかけた。


 ……いた。


 物陰に隠れて佐竹の動きを観察する。彼が何をしているのか、どのタイミングで真紀に近づくのかを見極めるために、注意深く見守った。


 やがて、信号で足を止めたところで佐竹が真紀に近づき、彼女を道路に突き飛ばそうとしているのを確認した。家から持ってきておいた安物の時計で確認して、その時間を頭に刻んだ。


「よし、これで準備は整った。救えるかはタイミング次第だ。ミスるなよ、俺……」




 再びロードし、先ほどのセーブポイントに戻った。

 次は、先生を何とか説得して一緒に佐竹を取り押さえなければならない。

 ロード機能も大丈夫だ。案外、ロードは何回でもできるんじゃないだろうか。

 そんなことより先生だ。俺は急いで職員室に駆け込んだ。


「先生、ちょっとお話があります!」


「どうした、西森?」


「実は、隣のクラスの佐竹くんが、学校帰りに真紀ちゃんに悪いことをするって言ってたのを聞いてしまったんです。急いで追いかけないと! 先生も来てください!!」


 これでも中身は39歳だ。大人が子供の体で行う必死な演技に先生も焦ったようだ。


「わかった。案内してくれ」


 先生の返事に安堵しつつも、緊張は解けない。これからが本番だ。


 時間を確認しながら、佐竹を探しているふりをしてタイミングを調整する。やがて、信号待ちの直前に丁度良く来ることができた。忍び足で怪しい動きをしている佐竹を見て、先生と二人で走って近づく。

 そして、ゆっくり佐竹が真紀に近づき、彼女を突き飛ばす。その瞬間、俺は素早く動いた。


「真紀ちゃん、危ない!」


 俺は道路に突き飛ばされ倒れてしまった真紀の足を掴んで引きずり、なんとか歩道に引き上げる。

 どこか擦りむいてしまったかもしれないが、それは許して欲しい。

 間一髪だ。真紀の居た場所を、猛スピードでトラックが通っていく。

 同時に、先生が佐竹を取り押さえた。


「佐竹ぇ!! お前何をしているんだ!」


 先生の怒りの声に、佐竹は驚きと恐怖の表情を浮かべた。


「すみません…つい、悪ふざけをしてしまいました」


 佐竹は引きつった顔で謝罪した。


「悪ふざけだぁ!? お前がやろうとしたことは立派な殺人未遂だぞ!?

 流石にこの事は黙っていられん。親御さんを呼んで話をしなきゃいけない」


 先生はさすがに怒り心頭だ。


「お、オヤジだけは勘弁してください」


 この時、佐竹は初めてヤバイというような表情を見せた。


「佐竹くん、それは無理だよ。自分が何をしてしまったのか、ちゃんと考えてほしい」


 佐竹は泣きながら先生に連れていかれた。

 俺は真紀と一緒に家に帰った。


 心臓はまだバクバクしていたが、それと同時に大きな達成感が込み上げてきた。やり遂げたんだ。真紀を救えたんだ。


 真紀をしっかり家に送り届けると、学校から既に連絡があったらしく、真紀のお母さんが真紀を抱きしめた。


「よかった! 真紀! 無事で……!!」


 少し涙ぐんでいるが、前回の涙とは違う。

 俺は安堵すると共に、強烈な眠気に襲われて意識を失った。



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 目を覚ました時、あたりは暗かった。

 うっすらと見える天井は、見たことがない。


「知らない天井だ……」


「あ、起きた?」


 隣がもぞもぞと動いたので、そっちを見る。

 真紀だ。


「あれ? 真紀ちゃん?」


「宏樹くん、ウチの玄関で倒れちゃって……

 宏樹くんち、誰もいなかったから、とりあえず私のベッドで寝かそうって事になって、宏樹くんちのお母さん帰ってきたんだけど、そのまま起きるまで寝かせておくことになって……」


「ごめんね、真紀ちゃん。迷惑かけて」


「迷惑なんかじゃないよ!

 私の方こそ、助けてくれてありがとう。

 宏樹くんが居なかったら私死んじゃってたかも……」


 思い出したのか、真紀は少し震えているようだ。

 そっと抱きしめて背中をさする。


「大丈夫、大丈夫だよ、真紀ちゃん」


「ふえぇぇぇ……」


「怖かったよね、もう大丈夫だから」


 真紀の小さな体が震えるのを感じながら、俺は自分の行動が正しかったことを再確認した。この子の命を救えたんだ。

 しかし、それと同時に「しまった」と思った。

 これは同級生の対応じゃない。完全に大人が子供にすることだ。しかし、このまま放っておくこともできない。


 しばらく背中をさすっていると、寝息が聞こえ始めた。

 時計を見ると夜の9時。

 家に帰ろうかとも思ったが、それはそれで両家の迷惑になると思い、そのまま眠ることにした。

 しかし、あの突然の眠気は何だったんだろうか。

 まるで徹夜明けの……


 そうか!

 俺は夜にロードして、再び朝からやり直した。肉体的じゃなくて、精神的にはブッ続けで動いていたわけで。ほぼ徹夜のデスマーチと同じ精神疲労状態だったわけだ。

 ロードしても記憶、そして精神状態はそのままだ。

 つまり、精神的に疲れていればその状態が引き継がれる。

 この『精神を引き継ぐ』ということについて、真剣に考えないといけないな……


 例えばスポーツ。

 100M走を始まる前にセーブして、走り終わったところでロードする。

 これを繰り返すと、おそらくだが、肉体的には元気なのに精神だけ疲労の限界に達した状態になるだろう。逆に、サッカーなどプレイ中にセーブし、別の場所をロードし、休憩してからロードして戻ってくれば、精神だけだがリフレッシュした状態で動きやすくなるかもしれない。

 今後の検証項目として覚えておこう。


 この能力の仕組みを完全に理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。でも、今回の経験で一つ確実なことが分かった。使い方次第で、本当に人生を変えられるんだ。


 それにしても、今回は上手くいって良かった。

 なかなかきわどいタイミングだったが、ひとまず真紀を守れた。


 佐竹はどうだろうか。

 これで更生して無かったらまた大変だが、あのオヤジさんを考えると、ただでは済まないだろう。

 そして、学校での彼のこれからはきっと……


 とりあえずまだ眠い。

 俺は明日のために意識を手放した。



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「……おはよう」


「ん、おはよう」


 目覚ましの音で俺と真紀は同時に目を覚ます。


 朝日が窓から差し込み、真紀の頬を赤く染めている。俺の顔をチラチラっと見ると、赤はより強くなった。この状況が彼女にとってどれほど特別なものか、中身が39歳の俺には痛いほど分かる。


 ……そうか。

 俺の事を好きになっちゃったっぽいな。

 ただでさえ仲が良かった幼馴染。

 最近じゃ『カワイイよ』とまで言って、そこへトドメの命を救ったつり橋効果だ。

 惚れない理由がどこにもない。

 もし俺がかなりの不細工だったとしても、間違いなく惚れるコースだ。


 でもゴメン、真紀。

 俺は中身39歳のオッサンなんだ。

 小学5年生に惚れる事は絶対にない。

 本当にゴメン。

 むしろ異性として意識して惚れるような精神構造をしてたら、前回の人生でブタ箱の中だよ。


「昨日はありがとう、宏樹くん。本当にありがとう」


「うん、さて、朝の支度をしちゃおうか!

洗面所借りるね」


「あ、私も行くよ」


 二人で顔を洗うと、俺の母親がいた。

 どうやら荷物や着替えを持ってきてくれたらしい。


 洗面所に行って手早く着替える。

 着替えを待っていた母親に渡すと、


「あんたやるじゃない!

 真紀ちゃんのヒーローだね!」


 と言って茶化された。


 先生から電話があったらしい。ランドセルの中身も、先生に予定を聞いて入れ替えてくれたようだ。

 そして、俺と真紀の二人とも、宿題は免除というありがたいお言葉も頂いた。

 そう、寝ていてやってないのだ。

 本当にありがとう、先生。


 母親の言葉に照れながらも、昨日の出来事を思い出す。ヒーローか…。そんな大それたものじゃない。

 ただ、大切な友達を守りたかっただけだ。


 真紀と一緒に家を出て学校に向かう。


 真紀が俺の方を見て真剣なまなざしで言った。


「宏樹くん、手を繋いでも良いかな……?」


 よく見ると少し表情がこわばって、足も震えている。

 それはそうだ。

 昨日あんなに怖い思いをしたのだから。

 車や道路というものに対して、トラウマが生まれてしまったのかもしれない。


「いいよ。落ち着くまではずっとこうしていよう?」


「うん、ありがとう」


 にっこり笑って真紀と手を繋いで歩く。


 時々軽く握ると、真紀も握り返してくれる。

 そんなことを楽しみながら学校に到着。教室に入る。


「あー!

 西森と北里が手を繋いでるー!」


 あー、そうか。ずっと手を繋いでいたんだ。

 真紀は困ったような顔をしている。

 仕方ない、大人がちゃんと言ってやらないとな。


「あのなぁ、真紀ちゃんは昨日、帰り道ですごく怖い目にあったんだ。だから安心させるために手を繋いでるんだよ。茶化すな」


「ご、ごめん」


「わかってくれたなら良いよ。多分先生からも話があると思うけどさ」


 クラスメイトたちの表情が一瞬で変わる。揶揄からかうつもりだった顔が、真剣な表情に変わった。子供たちなりに、事の重大さを理解したようだ。


 その朝は臨時の朝礼が行われた。

 名前は伏せられたが、道路に突き飛ばすといういたずらをしたものがいること。いたずらでは済まされず、ヘタをすれば殺人事件になっていたであろうということ。全校生徒に対して「絶対にするなよ」という校長先生の言葉が、かなりドスが聞いていたように思えた。


 佐竹の姿は見えなかった。




 そして放課後、真紀と手を繋いで帰る。ちゃんと真紀の家まで送る。

 すると、真紀の家の前に親子連れが待っていた。


 ああ、佐竹親子だ。

 佐竹君、顔が見事に腫れあがっている。


 俺たちの姿を見つけるなり、やはり90度に腰を曲げて謝罪してきた。


「この度は息子がとんでもないことをしでかし、本当に申し訳なかった」


 小学生相手にしっかり謝れる大人だ。このお父さんは信頼して良いだろう。

 佐竹の顔を見る。

 今度はニヤついていない。


 これなら大丈夫かな。


 真紀が謝罪を受け取ると、佐竹親子は帰って行った。


 佐竹親子の後ろ姿を見送りながら、俺は複雑な思いに駆られた。憎しみ、怒り、そして少しの同情。これで佐竹も変われるのだろうか。ただ、学校に来たところで、彼を待っているものはきっと……


 真紀が家に入ろうと玄関のドアを開けたところで、母親の聖子さんが出てきた。


「真紀おかえり! 宏樹くんも、ありがとね!

 それにしても佐竹さん、帰っていいよって言ったのに1時間も待ってたんだねぇ。

 全く、お父さんはあんなにしっかりしてるのに」


 そう言って少し怒ったような顔をする聖子さん。

割と好みだ。髪型やメイクに時代を感じるが、俺の知ってる『今風』に変えればどうだろうか。

 そもそも、精神年齢39歳の俺からすると、現在30歳ほどと思われる聖子さんの方が小学5年生よりも断然ストライクなのだ。そして何とは言わないが大きい。

 真紀も将来はこんな感じになるのだろうか。是非とも頑張って欲しい。


 聖子さんの姿を見ながら、俺は自分の状況の奇妙さを改めて実感した。39歳の精神を持つ小学生。これからどう生きていけばいいのか。真紀や他の子供たちとどう接していけばいいのか。答えは簡単には出そうにない。


 見た目は子ども、頭脳は大人! ってなぁ……案外大変なものなんだな。

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