第二章 小学生編
第3話 小学5年生からのやり直し
鏡に映る顔を見つめ、何度も瞬きを繰り返す。丸い瞳。やわらかな頬。小学生特有の、あどけなさが残る表情。
「本当に戻ったんだ……」
呟きながら、震える手で自分の体のあちこちを確認する。これは現実なのか夢なのか、まだ信じられないが、確かに感じる温かさが、これが幻じゃないと思わせてくれる。
少しずつ落ち着きを取り戻し、今の状況を確認するためにリビングへ向かう。キッチンからは夕食の良い香りが漂ってきた。
「お兄ちゃん、もうすぐご飯だよ!」
元気な声が聞こえて振り向くと、妹のあかねがにこにこしながらこちらを見ている。彼女は俺の一つ下の妹だ。
──そうだ。この頃は、まだ仲が良かった。
記憶の中で、最後に会った時の妹の冷ややかな視線が蘇る。
「もう会うことも無いわね」
ごみを見るような目でそう告げられてから、五年が経っていた。
しかし、小学生の頃の妹はよくお兄ちゃんお兄ちゃんと言ってくれて、いつもそばにいた。
なんだか懐かしいな。
俺は微笑み返しながらリビングへと歩を進めた。
リビングに入ると、母さんが夕食の準備をしており、あかねもそれを手伝っている。母さんもずいぶん若い。ロードする前の俺より若い。懐かしい家族の光景に、目頭が熱くなって涙がこぼれそうになる。
「ただいま」
玄関のドアが開き、父さんが帰宅した。
「おかえり、父さん」
「おお宏樹。今日は学校どうだった?」
この普通のやり取りが、今の俺にはとても特別なものに感じられる。仕事と家庭の板挟みで疲れ果てていた時とは全く違う、穏やかな時間だ。それに、父さんも若い。髪の毛も黒くてふさふさだ。
「うん、楽しかったよ」
とりあえずそう答えた。夕食の準備が整い、全員がテーブルについた。母さんの手料理が並び、食卓は賑やかだ。みんなで笑いながら食事をするのがこんなに幸せなことだったなんて、忘れていた。
「お兄ちゃん、今日学校で面白いことがあったんだよ!」
あかねが嬉しそうに話し出し、家族みんなでその話に耳を傾ける。俺も自然と笑顔になり、みんなの話に加わった。
食事が終わり、片付けを手伝った後、自分の部屋に戻った。セーブとロードの文字がまだ視界の隅に浮かんでいる。
「まずは現状の把握だな」
デスクに座り、机の引き出しを開けてノートを取り出す。自分がどの時点に戻ったのか、記憶を整理しながら書き留める。今は小学5年生の6月。その他、家族の状況、学校での出来事、友人関係など、覚えている限りの情報をノートにまとめた。
次に、セーブとロードについて考えた。この能力は一体どういうものなのだろうか。
能力を把握しなくては。
セーブ&ロードは無限にできるのか、何か制限はないか、この機能を使うにあたって、慎重に考え、試していく必要がある。
そもそもロードした世界は繋がっているのだろうか。それとも完全に別の世界なのだろうか。
「由紀奈と亜里沙も気がかりだが……」
冷静さを取り戻し、まず最初に気になったのは妻と娘のことだ。
しかし、間違いなく自分に大きな原因があるとはいえ、最低最悪だった現状。もう一度繰り返したいとは思えない人生。もう一度妻と出会い、やり直せたら、幸せな未来が待っているのだろうか? 今度は幸せに暮らせるのだろうか? そんな事を考えたが、「どうせなら死ねばよかったのに」という言葉、そして許したとは言え2回の不倫という事実が引っ掛かり、そんな気にはなれなかった。
「すまん、由紀奈、亜里沙……俺はそんなに器が大きくないんだ……」
俺は深呼吸して、覚悟を決めた。
───俺は人生をやり直す。
今回の人生は、前の人生の反省を活かし、まずは自己研鑽に努めようと決めた。肉体的にも精神的にも。失敗を繰り返してはダメだ。それに、もし運命ってのがあるのなら、きっと俺たちはもう一度出会うのだろう。
「さて、新たな人生をどう生きるか……」
これからの人生をどう歩んでいくか、具体的なプランを立ててみる。
「まずは体作りだな」
ずっと陰キャだった俺は体力がない。
健康な心は健康な体に宿る。それを大人になってから思い知った。
毎日軽くでもいい、体を動かそう。
そうだ。それに、今の知識があれば身長だって伸ばせるかもしれない。しっかり運動して肉を食べる。バスケやバレーなど、身長が重要なスポーツをするのもいいだろう。
筋トレのやり過ぎはよくないという話も聞いたことがある。
半信半疑だが、身長を伸ばす機材を購入してもよいかもしれない。
176cmだった俺。そこまで低くはないと思うのだが、できれば身長180cmは目指してみたい。
「そして勉強」
学業に励み、将来の選択肢を広げることは大事だ。学力とスキルは人を自由にする。今度こそ、勉強に全力を尽くしてみよう。
もし、セーブ&ロードが無限にできるのであれば、テストで良い点を取るのは楽勝だ。
しかし、日頃勉強ができないのにテストだけ良い点を取るというのはおかしいし、何より後ろめたいことがあれば、人間関係がおかしくなってしまうだろう。学校の授業をしっかり受け、復習と予習を欠かさず行う。自分の苦手な科目も克服するために、塾に通うことも検討するべきだ。
このように、小中学校では将来のため自己研鑽、身体づくりと勉強に集中することとした。
そして、以前の人生との最大の違いを生むために、友人関係もしっかりしようと決めた。俺は社会にもまれ、陰キャは卒業済みだ。そして大人の経験を持った今なら分かる。人脈はシンプルに強力な力だ。子供の頃は毛嫌いしていたが、「コネ」というのも素晴らしい力だ。
恋愛は……精神はこれでも39歳だ。さすがに小中学生に恋をするというのは無理だろう。それに、枯れ果てていると言っても過言では無いくらい、恋愛というものに興味を失っているのだ。
しかし、肉体年齢に精神が引っ張られるということもあるかもしれない。これはその時になってみないとわからないか。
学校……前の人生では当たり障りのない公立高校に進学したが、今回は名門私立を目指したい。
となると家庭の資金が問題になってくるが、これはいろいろな手段があるだろう。
「家族、家族か……」
家族との良好な関係も大切だ。家族との時間を大切にし、感謝の気持ちを持って接する。あかねと一緒に遊んだり、母さんの手伝いをしたり、父さんと話す時間を持つことも重要だ。
前の人生ではぎくしゃくしていた家族とのつながり。今度の人生ではそんな事にはならないようにしよう。
「今度は大切にしないとな」
これでひとまずの方針はまとまった。
「明日はまず一日、現状把握に努めよう」
しかし、慎重に検証しなければならないこともある。
セーブポイントを有効に活用するためには、重要な瞬間を見極めることが必要だ。人生の分岐点となるようなイベントを見逃さないようにする。例えば、受験や部活動の大会、重要な人との出会いなどだ。セーブポイントを設定することで、その瞬間に戻ることができるから、慎重に選ばなければならない。
「果たして、何度もセーブとロードができるんだろうか」
まずは明日から、1日1回、毎朝セーブしてみよう。おそらくセーブはセーブポイントがいっぱいになったところで上書きに変わるはずだ。セーブポイントがいっぱいになったらセーブできなくなるなんて聞いたことがないからな。
もし無限にセーブポイントが増えていく感じなら、回数を落として様子を見ていこう。さすがに毎日じゃ管理しきれなくなりそうだ。
それに、体調の変化にも気をつけてみよう。寿命が減るとかだったら気づくことができるだろうか?
「どんなリスクがあるのか分からない。少し怖いな……」
目標は、大人になったとき、やり直して良かったと思えるように生きること。そのために全力を尽くすのだ。
これらの計画をノートに詳細に書き留めた。明日からの新しい生活に向けて、気持ちを引き締める。これから始まる新しい挑戦に胸が高鳴った。
ベッドに横になり、今日の出来事を振り返る。家族との団らんの温かさを胸に、俺はゆっくりと目を閉じた。明日からの新しい生活に期待しながら、深い眠りに落ちていった。
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