第21話 食べさせ合いっこ
「ねぇ菜乃果ちゃん、私のドリアも食べてみる?」
「ドリアって何?」
「簡単に言えば、“グラタンご飯”かな。味のついたご飯の上にグラタンのソースをかけて焼いた美味しい食べ物なんだよ」
「グラタンごはん……食べるっ!」
身を乗り出す菜乃果に和紗は嬉しそうに微笑むと、自分のスプーンでドリアを掬って菜乃果に差し出す。
「はい、あーん」
「あー」
それをそのまま口に入れた菜乃果は次の瞬間大きく目を開き、そのあと幸せそうに顔をとろけさせた。
「おいしい……」
「よかった」
「わざわざありがとうございます」
「ううん、気にしないで」
そう言って、再びドリアを食べ始める和紗。
そのスプーンは、先ほど菜乃果が口をつけている。
つまるところ間接キスだ。
(いいなぁ……)
叶わないこととはいえ、いや叶わないからこそそんな邪な気持ちが芽生えてしまう。
今自分がクソ気持ち悪い考えを巡らせているとも知らずに、優はただ和紗の食べているところを眺めることしか出来なかった。
すると突然、菜乃果が「そうだ!」と目をキラッキラに光らせながら声を上げる。
「みんなで食べさせ合いっこしようよ!」
「「食べさせ合いっこ?」」
「さっきおねえちゃんがなのかにあーんしてくれたから、なのかはお兄ちゃんに、お兄ちゃんはおねえちゃんにあーんしてあげるの!」
「……へっ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がして、優は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
(俺が、会長にあーん……?)
その言葉の意味を段々と理解していくにつれ、優の頬は段々と熱を帯びていく。
「い、いやいやいや! どうして兄ちゃんがお姉ちゃんにあーんすることになるんだ? 兄ちゃんじゃなくて、菜乃果がお姉ちゃんにあーんしてあげればいいだけの話だろ?」
「でも、それだとお兄ちゃんがひとりぼっちになっちゃうでしょ?」
「兄ちゃんのことは気にしなくていいから、菜乃果がお姉ちゃんにあーんしてあげて?」
自分が和紗にあーんをするのはまずいと、何とか菜乃果を説得する優。
したい気持ちがないわけではないが、現状に便乗して和紗に近づくのは和紗の善意を利用しているようで些か嫌悪感があった。
しかし菜乃果は優の反応に不機嫌そうな表情を浮かべると、ぼそりとまるで嫌味のように呟く。
「お兄ちゃんは、おねえちゃんと付き合ってるのにあーんもしてあげられないの?」
「なっ……」
鋭い切り口で優を責める菜乃果。
まさかそこを責められるとは思っておらず、優は何も言えなくなってしまう。
助けを求めるように和紗に視線を送ると、和紗は頬を赤らめたまま固まっていた。
(会長、それはどういう反応ですか……?)
優は知らない。
この状況にラブコメ脳が喜んで、今はただ必死に悲鳴を抑えることしかできなくなっている和紗の状態を。
むしろ自分にあーんしてもらうのが嫌すぎて固まっているのかと、優の心を支えている柱は今にも崩れそうなほどにグラグラと揺れていた。
「ね、ねぇ菜乃果? 兄ちゃんがあーんするのはお姉ちゃんが嫌がると思うから、するなら菜乃果が――」
「いいよ」
「えっ」
優の言葉を遮ったのは、恥ずかしそうに瞳を伏せながら頬を染めている和紗だった。
「佐伯くんなら、別に……」
「…………」
お許しを貰えたことの衝撃と、そのあまりにも可愛すぎる仕草に今度は優が固まってしまう。
和紗の方もこんなことを言うのは恥ずかしすぎて、ただ口を噤むことしか出来なかった。
そんな二人を尻目に、菜乃果はもう一本のエビフライを優に差し出す。
「はい、まずはなのかからお兄ちゃんに」
「もうそれだけしかないけど、兄ちゃんが食べていいの?」
「うんっ。なのかとお兄ちゃんではんぶんこだから。はい、あーん」
「あー」
とりあえず和紗とのことは置いておいて、菜乃果からエビフライを貰う。
市販のエビフライよりも美味しいような気がしたが、緊張であんまりわからなかった。
「どう、おいしい?」
「う、うん、美味しいよ。ありがとう」
美味しいような気はしたから、この言葉は決して嘘じゃない。
「じゃあ、次はお兄ちゃんからおねえちゃんね」
「……ねぇ、本当にやらなきゃダメ?」
「ダメ。食べさせ合いっこなんだから、ちゃんとおねえちゃんに食べさせてあげて」
「食べさせ合いっこなんだから」という理屈が腑に落ちない優だったが、ここで反論しても菜乃果は聞き入れないと分かっているので、無駄なあがきはせずに諦める。
静かに息をついて決意を固めると、優は催促するように菜乃果に手を出した。
「菜乃果、フォーク貸して」
「いいけど、どうして?」
「兄ちゃんの口が付くフォークよりかは、菜乃果の口が付いたフォークの方がいいからね」
あくまでこれは菜乃果の指示で和紗にあーんをするだけであって、それ以上を求めることはしない。
それは優が和紗を心より好いているからこその選択だった。
菜乃果から手渡されたフォークでハンバーグを切り分け、その一切れに手を添えながら和紗に差し出す。
「会長……いいですか?」
「う、うん」
和紗も準備ができたらしい。
流石に「あーん」と声に出すことはできず、優はそのままハンバーグを和紗に近づけた。
それを和紗が咥えた瞬間、理性を働かせていたおかげで冷めていた熱が一気に戻ってくる。
和紗の口からフォークを抜き、自分の席に戻ってくるその時間はたった数秒だったが、優には数十秒にも感じられた。
「ど、どうですか……?」
優が問いかけると、和紗は咀嚼する口を両手で覆いながら震えた声で言う。
「分かんないよ……」
二人のラブコメっぷりを、菜乃果はニヤニヤとしながら見守るのだった。
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クール系なのに笑顔の可愛い生徒会長。孤高の女神様のはずが、なぜか俺の前でだけ弱くなる。 れーずん @Aruto2022
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