第20話 まるで家族のような

「――いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「三人です」

「三名様ですね。お席にご案内します、こちらへどうぞ」


 店内へ入ると客は多く、部活終わりの学生や家族連れのサラリーマンなど、まさにファミレスといった様々な客筋の人たちが雑談に花を咲かせながら食事を楽しんでいる。

 そのおかげもあって、優たちの「子連れの学生」という少し異質な客筋が和らいでいた。


 店員に案内され窓際のボックス席にたどり着くと、窓側から菜乃果、優という順番で座り、その対面に和紗が座る。

 菜乃果は背が足りずに椅子の上で正座していた。


「ご注文がお決まりになりましたら、窓際にあるボタンを押してお呼びください」

「ありがとうございます」


 店員が去る背中を見送ると、優はスタンドからメニューを取り出しながら和紗に話しかけた。

 その隣で菜乃果は店員に示されたボタンを興味津々な様子で見つめている。


「会長って、ファミレス来たことあるんですか?」

「家族で来たことはあるけど、それ以外の人とはないかな。こうして誰かと出かける機会もなかったし」

「じゃあこうして……友達、と来るのは初めてってことですか?」

「そうだね」

「そう、なんですか……」


 和紗の初めてが自分であるという事実に昂りを抑えられない優。

 自分を和紗の友達だと言うことに対して咎められないことも、密かに喜びに拍車をかけていた。


「佐伯くんたちは初めてなの?」

「あ、はい、そうなんです」


 緩みそうになる口元に力を入れて、優は和紗の問いかけに答える。


「実家がドが付くほどの田舎だったので、近くにそういうお店がなかったですから」

「……気に障ったら申し訳ないんだけど、そんな環境でよくこっちに来られたね。青鸞に入学するのだってお金かかったでしょ」

「それに関しては、そこまで気にしてないというか……」

「そうなの?」

「実家が農家なんです。父が地元の農協の組合長をやっていて、稼ぎもそれなりにあるので。そういう意味では、僕も青鸞の生徒にふさわしいってなもんですよ」

「ふふっ、そっか」


 少し胸を張って誇らしげに言えば、和紗が口元に手を当てて笑みを漏らす。

 初めて和紗とまともな雑談を交わしたような気がしたので、優は自分のことを和紗に話すのが楽しくてしょうがなかった。


 しかししばらく二人だけで喋っていたのがわざわいしたらしく、横にいた菜乃果が不機嫌そうに頬を膨らませながら優の服の袖を引っ張った。


「おなかすいた」

「あっ、ごめんごめん、料理頼もっか。菜乃果はお子様ランチでよかったよね?」

「うん!」

「会長はどうしますか?」

「私はドリアにしようかな。佐伯くんは?」

「僕はハンバーグにしようと思います」

「ねぇねぇ、ボタンおしてもいい?」


 菜乃果がキラキラした目を向けてくるものだから、優は思わず苦笑しながら頷く。


「いいよ」

「やった!」


 そうして菜乃果がボタンを押すと、店の奥の方からピンポーンと店員を呼び出す音が聞こえてきた。


「できた!」

「上手だね」

「でしょ~」


 可愛らしいドヤ顔を見せると、ルンルン気分といった様子で体を揺らしながら店員を待つ菜乃果。

 そんな菜乃果を見て、和紗はさり気なく身を乗り出すと優に顔を近づけた。


「ご満悦だね」

「菜乃果にとってはおもちゃみたいなものなんでしょうね」

「可愛い」


 菜乃果を横目で見ながら軽く言葉を交わしていると店員がやってきたため、優たちはそれぞれ注文を言い渡す。

 それから料理が届くまで再び雑談を始めた。


 今度は菜乃果も混じって話をしていると、優はまた家族で団欒をしているように錯覚する。

 しかし今回は緊張ではなく、場に慣れてきたのか楽しさを感じるようになっていた。


(会長と結婚したら、こんな風になるのかな)


 穏やかな気持ちの中にふとそんな感情が芽生えて、もはや止める気力もなく和紗に見惚れてしまう。

 そんな優も知らないで、和紗は楽しそうに菜乃果とお喋りをしていた。


「――こちら、ご注文のお品です」


 少し時間が経つと、先ほどとはまた別の店員が大きなお盆を両手で持ってやってくる。

 その上にはお子様ランチ、ドリア、ハンバーグと三人の料理がすべて並んでいた。


「わぁ……!」


 目の前に並べられていく料理に、菜乃果は声を上げながら目をキラキラとさせる。

 その様子を優と和紗が微笑ましそうに見ている間に、すべての料理がテーブルの上に並べられた。


「もう食べていい?」

「いいよ」


 優が許可を出すと、菜乃果は希望に満ちた表情をより一層輝かせながら「いただきますっ!」と手を合わせた。

 そうしてフォークを手に取ると、まずは脇に盛り付けられたエビフライから食べてみる。

 サクッとした小気味良い音と共に、菜乃果の表情が笑み崩れていく。


「おいしい~」

「よかったね」

「私たちも食べようか」

「ですね」


 そう相槌を打つが、優は和紗の食べる様子を先に目に焼き付けておくことにする。


 和紗自身が言うに、彼女はどうやら人よりも健啖けんたんらしい。

 ならば和紗が美味しそうに食事をしているところが見られるかもしれない、と優は睨んでいるからだ。


(会長が美味しそうに食事をしてるところなんて、絶対可愛いに決まってる……!)


 以前、生徒会で昼食を取ったときは周りを気にしてか見られなかったが、今日は優と菜乃果だけ。

 しかも最近は徐々に心を開いてくれているようだし、少しくらい和紗のそういうところを見てみたい。


 ……そう思っていたのだが。


「うん、美味しい。……ん、どうかした?」

「あ、いえ、何も……」


 和紗が幸せそうに笑み崩れることはなく、ただドリアを咀嚼して薄っすらと笑みを浮かべるだけだった。


(あの薄っすらとした笑み、絶対に素を出すの我慢してるな……)


 そう勘づいていた優だったが、それを指摘する勇気はない。

 前にお腹の件でヘマをしていたこともあって、なかなか強気になれない優だった。



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 もう一話だけファミレスでのお話が続きます!

 次回では優と和紗の仲が少しだけ進展するかも……?

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