第18話 女神様、ここ現代に降臨す。

「――ほら、出かけるからこれに着替えて」

「分かったっ」


 菜乃果は元気よく頷くと、優から受け取った洋服をソファに置いて着ていたパジャマを脱ぎ始める。

 それを見ていた優はふとあることに気づき、視線をソファに座っていた和紗へと移した。


「そういえば会長、着替えはどうするんですか?」


 今の和紗は指定ジャージを身にまとっている。

 学校指定のものゆえにお世辞にもデザインが良いとは言えず、それを抜きにしても年頃の女子学生はジャージで出かけるのを避けたいだろう。


 つい話の流れで和紗を自宅に連れてきてしまったものだから着替えのことがすっかり頭から抜け落ちていた。


(まずい……会長、着替え持ってきてなかったらどうしよう。一回帰ったら出掛ける時間が減っちゃうよな? 現地で調達ってわけにもいかないし……というか、もし会長がこのことを気にしてたら……)


 内心ハラハラとしながら問いかける優。

 しかし和紗は優を安心させるためかふわりと笑みを浮かべると「ありがとう」と言葉を置いた。


「着替えは持ってきてあるから大丈夫だよ」

「よかった……。着替えるなら、寝室を使ってください。そこの廊下を出た一番奥にあるので」

「うん、分かった」


 コクリと頷いた和紗はリビングを出て寝室に向かう。

 それを見送りながらそっと胸を撫でおろしていると、隣で「おきがえできた!」と声が上がった。


 見るとそこには淡い青のスウェットとジーンズを身に着けた菜乃果が立っており、腕を上にあげた反動か袖にあしらわれた白いリボンがひらひらと舞っている。

 その可愛さに優は笑み崩れると、労いの意味も込めて菜乃果の頭を撫でた。


「よし、じゃあ後は髪を……って、そうだ。ドライヤーとかは全部寝室にあるんだった……」

「なのかがとってくる?」

「いや、いいよ。たくさん道具があるから持ってくる頃にはお姉ちゃんの着替えも終わってるだろうし、ちょっと待ってよう」

「わかった」


 そうして待つこと数分後。

 着替えを終え、寝室へ繋がる廊下から姿を現した和紗に、優は思わず息を呑んでしまう。


 和紗が身にまとっていたのはベージュのショートブルゾンに白のチュールスカートというものだった。

 ショートブルゾンはツイル生地で出来ていて、中に見える黒のインナーが和紗のクールさをより引き立てている。

 しかしチュールスカートは控えめなティアード仕立てになっていて、クールさの中にどこかあどけなさも垣間見えるようなコーディネートになっていた。


 その姿はまさに現代に降臨した女神様。

 和紗の私服を初めて見たこともあって、あまりのインパクトに優は言葉を失っていた。


「……あの、どこか変なところでもあった?」


 優に見つめられることに痺れを切らした和紗が照れ交じりに言う。

 そこで優はやっと正気に戻り、慌てて顔と手をブンブンと横に振った。


「い、いえ! 何も!」

「久々にこの服着たから、皺がないか心配なんだけど……どう?」

「だ、大丈夫だと思いますよ。とっても可愛いですし」

「へっ?」

「あっ、いえ! 今のは気にしないでください!」

「あ、えと、うん……」


 優の失言により、二人の間に気まずい空気が流れる。

 それを側で見ていた菜乃果は、二人の居たたまれなさそうにしている様子にニンマリとしながら野次を飛ばした。


「イチャイチャしてる~」

「「し、してないからっ!」」

「えー?」

「ほら、時間がなくなるからさっさと髪するよ」

「はーい」


 優に背中を押されながら寝室に向かう菜乃果。

 一人残された和紗は照れ臭さに頬を淡く染めながら、ラブコメ脳が作り出すあらぬ妄想を頭を振ってかき消すのだった。



          ◆



 菜乃果の支度を終え、自身の着替えも終えた優は彼女らとともに表へ出ていた。

 ちなみに優の格好はジーンズに緑のパーカーといったありきたりなもの。

 服に興味がなかった優はお洒落な服を持っていなかったため、これで本当に和紗の隣を歩いていいのだろうかと少し不安だった。


「佐伯くんって、いつも菜乃果ちゃんの髪やってあげてるの?」


 靴のかかとを直し終えた優に、和紗が問いかける。


「えぇ、まぁ」

「すごいね、男の子なのに」

「前は母さんがしてたんですけど、こっちに来たらする人がいなくなるからって必死で練習しました」


 今日の菜乃果はボブの髪を少しだけ外にハネさせている。

 ヘアアイロンで施したものだが、お洒落に疎い優はヘアアイロンを使いこなすのも一苦労で、練習用のマネキンを使った約一ヶ月間の練習の賜物だった。


 苦笑しながら頬を掻いた優は「そろそろ行きましょうか」と出発を促しながら菜乃果に手を差し出す。

 それを菜乃果は嬉しそうに右手でぎゅっと握った。


「ねぇ、菜乃果ちゃん」

「なに?」


 ふと、和紗が菜乃果の名前を呼ぶ。

 菜乃果が顔を上げると、和紗は膝に手を当てて菜乃果に近づきながらもう片方の手を差し出した。


「私も菜乃果ちゃんと手を繋ぎたいんだけど……いいかな?」


 和紗の提案に、菜乃果は表情をぱぁっと明るくさせる。


「うん! なのか、おねえちゃんとも手つなぐ!」

「ほんと⁉ ありがとう!」


 そうして菜乃果と手を繋いだ和紗は少し驚いた様子を見せつつも、菜乃果と同じように表情を明るくさせていた。

 その様子に優も微笑ましく思いながら、三人は休日のお出掛けへと繰り出すのだった。

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