第14話 気を遣うって大変だね

 とりあえず七星公園に場所を移すと、優は自販機で買ってきたお茶を木のベンチに座っている和紗に手渡す。


「どうぞ」

「い、いいのに、わざわざ……」

「そういう訳にもいきませんから。これから体も動かすんですし、受け取ってください」

「……ありがとう」


 おずおずとお茶を手にした和紗は、それを開けて中身に口をつける。

 優も隣に座って買ってきたスポーツドリンクを飲んだ。


 和紗の顔はさっきほどではないにしろまだ赤い。

 その真偽が優には分からなかったが、とりあえずしなければいけないことはしておこうと思った。


「さっきは急に手を取ってしまってすみません」

「えっ……あっ、大丈夫だよ。それしか方法がなかったんだから」

「いえ、僕も咄嗟に割り込んだから上手く立ち回れませんでしたし」

「関係ないよ。佐伯くんが私を助けてくれたことに変わりないんだから、それくらい気にしてない」

「ありがとうございます」


 和紗は他人と干渉しないよう、周りと距離を置いて交際している。

 しかし先ほどの優の行為は、その和紗の意向に反した行動だったから謝っておきたかったのだ。


 しかし、この話題を長々と続けたい訳でもない。

 だから早々に別の話題にシフトしようと口を開きかけたが、遠くに見えた人影にその必要はないと感じ口を閉じる。


「やっほ〜。二人とも早いね〜」

「おはよう和紗、佐伯くん」

「おはようございます、会長」

「お、おはようございます……」


 香菜、涼花、池鶴、蒼真の四人が向こうからやってきた。

 清掃ボランティアということで、全員学校指定の赤いジャージを来ている。

 もちろん優と和紗もジャージだった。


「今日も涼花先輩いるんですね」

「もう生徒会メンバーみたいなもんだからね。私も手伝いたくて来てるから、そこは気にしないで」

「いつもありがとうございます」

「なんもだよ。佐伯くんは礼儀正しいね」


 優は礼儀正しいかもしれないが、気を遣えるのは涼花の方だ。

 何を言わずとも優の気にしていることを汲み取り、先回りして罪悪感を薄れさせる。

 流石は池鶴を手懐けているだけあって、そのスポーティな雰囲気に見合わず気の利く少女だった。


 優が涼花と話していると、その隣で香菜が口を開く。


「あれ、和紗の顔ちょっと赤くない?」

「えっ?」

「なんかあったの?」

「もしかして、風邪でもあるんじゃ……!?」

「そういう風には見えませんけど……」


 香菜の言葉に池鶴が反応し、それをおっかなびっくりと蒼真が宥める。

 和紗は三人に囲まれて困ったような表情を浮かべていた。


 きっと先の出来事を話せば香菜や池鶴がより盛り上がるに違いない。

 和紗としても、それは望んでいないだろう。


 助け舟を出す必要があると感じた優は、少し強引に感じつつも新たな話題を切り出す。


「そういえば、四人はどうして一緒だったんですか?」

「えっ? あぁ、駅前で偶然会ってね。池鶴と涼花は元から二人でいたみたいで、そこに私と蒼真がばったりと」

「あまりに自然な邂逅だったから、思わず七星じゃなくて駅前で待ち合わせしたのかと思っちゃったよ」


 香菜の話を涼花が膨らませるように話す。

 しかしこの話題を長々と続けても埒が明かないので、優は相槌を打つと清掃ボランティアの話題にシフトした。


「そうだったんですか。全員揃ったみたいですし、もう始めましょうか?」

「そうだね。せっかくの休日だし、みんなも早く終わらせてゆっくり休みたいでしょ?」

「さんせ~い、さっさと終わらせちゃお~」


 優の言葉に香菜と涼花が反応する。

 香菜はともかく、涼花はどうやら優の意図を汲み取って話を合わせているようだった。

 涼花からのさり気ないアイコンタクトによりそれに気づいていた優は、直接言いたい気持ちをぐっと堪え心の中で感謝を告げた。


「というか、会長は大丈――むぐっ⁉」


 再び元の話題に戻そうとした池鶴の首を半ば強引に涼花が脇で抱え、口を手で塞いだ。

 自分の中で暴れ狂う池鶴に振り回されながらも、涼花は何とか笑顔を作って池鶴を宥める。


「むー! むー!」

「大丈夫、大丈夫。会長は元気だから。会長、確か学校からゴミ袋持ってきてくれたんだよね?」

「あ、う、うん」


 涼花の言葉にハッとした和紗は、持ってきたリュックから白いゴミ袋とゴミを取るトングを取り出していく。


「七星公園広いから、二人一組に分かれてゴミを回収していこうと思うんだけど……」

「――ぷはぁ! 私、会長と一緒がいいです!」

「ちょっと池鶴!」


 涼花の手から何とか口を外すことに成功した池鶴。

 涼花は空気の読めない池鶴を咎めようとしたが、和紗がそれに待ったをかけるように言葉を発す。


「大丈夫だよ、涼花。じゃあ池鶴は私と一緒ね」

「やった!」


 心配そうに和紗を見つめる涼花に、和紗は優しく微笑みかける。

 その意図を汲み取ったらしい涼花は、何も言わずにただコクリと頷いた。


「じゃあ、私は蒼真と一緒に回ろうかな」

「わ、分かりました……」

「なら私は佐伯くんとだね。いい?」

「えぇ、もちろん」


 涼花の問いかけに了承を示す優。

 こちらを覗き込むようにして見る涼花は、既にいつもの調子に戻っていた。


 和紗の方も段々と本調子を取り戻してきたらしく、リュックを持って立ち上がると流れるように指示を出す。


「決まりだね。じゃあ、また一時間後にここへ集合。それまでにゴミ回収が終わったら、グループLINEで連絡して。その他に何かあった場合も同様にね」


 各々解散すると、優と涼花もそれぞれゴミ袋とトングを分担して持ち歩き出す。

 他のグループに声の届かない距離まで移動したところで、優は口を開いた。


「さっきはありがとうございます」

「ううん、私も後半は強引になっちゃったし。……そういう類のことは、慣れてると思ったんだけどなぁ」

「心中お察しします……」


 一緒にいる限り、あの池鶴を飼いならさなければいけないのだ。

 それを思うと、優は当事者でないのにも拘わらず気が遠くなるばかりだった。


「んで。会長、何かあったの?」

「へっ? ……あぁ、そういえばそうでしたね」


 あまりにも自然な流れで加勢してきたため、涼花が和紗の事情を何も知らないことをすっかり忘れていた。

 和紗がいないところでは話してもいいだろうし、お礼も兼ねて優は先の出来事を話すのだった。

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