第12話 本当の気持ち
「――私にしてほしいことない?」
そう言って和紗が迫ってきたのは、新入生歓迎会が終わってから約一週間後の下校時だった。
いつものように最後まで居残っていた優と和紗はいつものように一緒に帰っていたのだが、突然和紗が何の脈絡もなくそう言う。
「へっ?」
「私のこと、頼ってくれるって言ったでしょ。あれから一回も頼られてないんだけど」
「た、頼りましたよ。僕が少しでも早く妹を迎えに行けるように、生徒会全体の下校時間を調整してくれたじゃないですか」
「そんなの頼られた内に入らないよ」
「えぇ……?」
和紗はいつものような上品な表情を崩し、眉間にしわを寄せる。
その様子はどこか怒っているようにも見えて、優は困惑していた。
軽く流せなかったのは、和紗が本気で怒っているように見えたからだ。
「とは言っても、今のところ会長に頼めるようなことは……」
「本当にないの?」
「……強いて言うなら、ちょっとした家事とか」
「…………」
「って言われても困りますよね。分かってますよ、だから言わなかったんです」
優としても冗談を言ったつもりなので、目を泳がせて明らかに困惑している和紗に慌てて言い訳を並べた。
すると和紗は突然眉尻を下げ、不安げな表情を見せる。
「ご、ごめん。……怒ってる?」
「怒ってはないですけど……何かありましたか? あんまり本調子じゃないように見えますけど」
いつもは八面玲瓏の和紗。
他人と円滑に交際し、良くも悪くもアクションが起きないような距離を保つ。
しかし今の和紗は明らかに空回りをしていた。
一瞬だけ素を見せてくれているのかと嬉しくなりそうだったが、どうにも軽く捉えられる様子ではない。
不自然に元気をなくしたものだから、優は思わずそう問いかけていた。
それを受けた和紗は迷うように口を閉ざしたものの、やがてぼそりと呟く。
「……分からなくて」
「えっ?」
「佐伯くんの言う通り、私はあんまり他人に干渉しないようにしてる。だから、いざ他人に干渉したときにどういう反応をしたらいいのか分からないの」
いつもなら自然と別れるはずの「なかよし」前に着いても、今日は別れなかった。
何となく二人ともその場で立ち止まると、優は気持ちを切り替えるように声の高さをワントーン上げる。
「この前、会長は僕の話を聞いて、最初にどうしようとしましたか?」
「……どういうこと?」
「他人に干渉しないようにしてるなら、僕のことを手伝うなんてことは最初に思わなかったはずです」
「それは……」
和紗が気まずそうに目を逸らす。
優は口元に浮かべていた笑みを深くして、和紗のためになるべく寄り添えるような声で言った。
「大丈夫ですよ。会長が何を言っても怒りませんから、正直に話してください」
また迷うように口を閉ざす和紗。
しかし、その時間は先ほどよりも短かった。
「……正直、話を受け流して帰ろうと思った。そこで一歩踏み込んだら、干渉してしまうと思ったから。でも佐伯くんがあそこまで話してくれたし、見て見ぬふりは出来なくて……」
「無理して僕を手伝おうとしなくていいんですよ。僕だって、会長に負担を強いたいわけじゃないですから」
「でも……!」
和紗の語気が強まる。
振り返って優を覗くその目は、今にも泣きだしてしまいそうなほどに弱々しい。
しかしそれとは逆に、今まさに一歩を踏み出そうとするほど力強くもあった。
「……佐伯くんを助けたいって気持ちは、本当だから!」
その瞬間、何かが壊れたような気がした。
何かは分からない。
自分と和紗との間にある心の壁だと嬉しいと、優は思う。
しかしその気持ちすらもどうでもいいと思えるのは、今この瞬間、目の前で何よりも嬉しいことが起こっているからだろう。
何もかもを明け透けにして、それでも歩み寄ることを選択してくれた和紗に、優は自分のための笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「あ……えと、その……」
不意に和紗が頬を赤らめる。
また違う顔が見られたと、優はまた嬉しくなった。
今度は、嬉しくなってもいいと思った。
「今日だけで、いろんな顔を見せてくれますね」
「なっ……そ、そんなこと言ったら、佐伯くんのこと手伝ってあげないよ!」
「別にいいですけど。僕にとっても願ったり叶ったりなので」
「……バカ」
(やべぇ、めっちゃ可愛い……)
頬を膨らませてそっぽを向く和紗は破壊力抜群だった。
思わず緩みそうになる口元に和紗の見えないところでぎゅっと力を入れて、何とか冷静さを保った優は再び和紗を見る。
「すみません。でも今は本当に何も困ってないんですよ」
「そっか……」
がっかりとした様子で視線を下げる和紗。
もうある程度心を開いているのか、自分の表情を隠す素振りはなかった。
優としては、このまま和紗を返したくはない。
手伝ってほしいことがないのは事実だが、それで和紗を落ち込ませてしまうのも望んでいなかった。
顎に手をやって少しだけ考えると、やがて優は口を開く。
「……じゃあ、一つだけ頼まれてくれますか?」
「えっ?」
「来週の日曜日、生徒会で七星公園の清掃ボランティアに行くじゃないですか。それが終わった後って、予定空いてますか?」
「空いてはいるけど、それと佐伯くんを手伝うことがどう関係してるの?」
その質問を待っていたと言わんばかりに、優はふふんと鼻を鳴らす。
そうして高らかに宣言するのだった。
「会長、一緒に出掛けましょう!」
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