第11話 仲直りと告白
「お疲れ~」
「お疲れ様です」
「お疲れ様!」
「お、お疲れ様です……」
新入生歓迎会の準備が終わり、香菜、池鶴、涼花、蒼真の四人が体育館を後にする。
優は和紗に素っ気なくされたことを未だに引きずっており、帰り支度が周りよりもワンテンポ遅れていた。
(終わった……俺の初恋が……)
顔面は蒼白とし、優にはもはや生気を感じられない。
昨日の生徒会室で和紗に怒られたときはヘラヘラとしていたくせに、恋する乙女ならぬ恋する
パーカーはなんとか着たものの鞄を持ち上げる気力が湧かずに膝をついて落ち込んでいると、後ろから耳馴染みのいい声が優の耳朶に触れる。
「佐伯くんは帰らないの?」
その声にはじかれるように振り返る優。
膝に手をついて自分を見下ろす和紗と目が合った。
「か、会長⁉」
「ど、どうしたの?」
「あ、いや、その……」
丁度和紗のことについて考えていたとも言えず、優は口ごもってしまう。
しかし今後のことを考えれば、いつまでも和紗との間に後腐れを抱えているわけにもいかない。
少しだけ口を閉ざして覚悟を決めた優は立ち上がると、先ほどの蒼真と同じように目をぎゅっと瞑って頭を下げた。
「すいませんでした!」
「へっ? な、何が?」
「昨日、LINEで会長のことを弄ってしまったことです。俺、会長があのことを今でも気にしてたらどうしようって、朝からずっと不安で、それで、その……」
頭に浮かんできた言葉たちを突発的に口に出していたせいで、ふとそれが浮かんでこなくなると何も言えなくなってしまう。
しかし何とかして言葉を紡がないといけないと必死に口を動かしていると、それを聞いていた和紗は首と手を両方振って全力で否定した。
「ち、ちょっと待って! 私、それはもう気にしてないよ!」
「えっ、そうなんですか?」
「じゃなかったら、わざわざ私から話しかけることなんかしないよ」
確かに、もし気にしていたらわざわざ和紗から話しかけに来ることはないだろう。
それによく見てみると、先ほどの素っ気ないオーラが今の和紗にはなかった。
だからきっと彼女の言っていることは嘘ではないのだろう。
そう思いつつも、優は心のどこかである出来事が引っかかっていた。
「じゃあどうしてさっき俺が会長を助けた後、そそくさとトイレに行ったんですか?」
「えっ?」
「あれって、俺に弄られたことを気にしてたからじゃないんですか?」
「そ、それは……」
形勢逆転。
今度は和紗が口角を引き攣らせながら口ごもってしまう。
瞬きの回数が増え、視線を右往左往させている和紗に、どうして会長がそこまで焦る必要があるのだろうと純粋に疑問符を浮かべる優。
しかし、今度は先ほどのようにはいかなかった。
「とにかく、私はもう気にしてないから大丈夫だよ」
「そ、そうですか?」
「うん」
答えをはぐらかされたことに少し思うところがありつつも、今は和紗が怒っていないことが知れて満足したため触れないでおく。
……というのは建前で、本当はまだ自ら和紗の裏に触れに行く覚悟ができていないだけなのだが。
「もしかして、さっきまで暗かったのはそれが原因?」
「え、えぇ、まぁ……」
濁したのはただ単に恥ずかしいからというだけでなく、和紗にまだ自分の好意を気づかせるべきではないと感じたからだった。
気づかせたら、今の関係では和紗に遠ざけられてしまうかもしれない。
優は今の和紗の発言から、和紗が自分の好意に気づいたのかもしれないと思って思わず言葉を濁してしまったのだ。
しかしそんな心配は杞憂だったようで、和紗はどこか安心したように苦笑いした。
「そうだったんだ。だったら早く言ってくれればよかったのに」
「そ、それは……だって、あの話は誰にも言うなって会長に言われましたから」
否、ただ和紗に確認しに行くのが不安だっただけである。
「そういえばそうだったね。約束、ちゃんと守ってくれたんだ」
「そ、それは……」
「ありがとう」
優が口ごもっていると、和紗は後ろで手を組みながら笑顔を浮かべてそう言った。
先ほどの口元だけを曲げた笑みとは違う、目元も笑っている笑顔。
えくぼも先ほどより深くなっており、決して満面とまではいかずとも、それが心からの笑みであることを示していた。
あまりに真っ直ぐな笑顔だったから、優は自分の不誠実な発言に思わず罪悪感を感じてしまう。
しかし……。
「……は、はい」
和紗の笑顔が可愛すぎたため、ここから逆転して言い返すことはできなかった。
◆
「――あれ、今日はここで別れないの?」
帰り際、昨日和紗と別れた地点まで歩けば、じゃあ、と和紗が別れを切り出そうとした。
しかし優がそれを否定したため、いま和紗は頭に疑問符を浮かべている。
「今日は妹の迎えがあるので」
「妹?」
「今年、小学二年生に上がった妹がいるんです。
「親御さんは家に居ないの?」
詳細を話すかどうか一瞬迷ったが、和紗のことを知りたかった優はまず自分のことから話さなくてはと思い立ち、口を開く。
「僕、妹と二人で暮らしてるんです」
「ふ、二人? 二人って、二人きりってこと?」
まるでどこかの偉いさんのような構文染みたことを言う和紗。
しかしそれを茶化すことなく、本当の意味を汲み取って優は頷く。
「ご、ごめんね。そんな話が出てくると思ってなくて、私……」
「気にしなくていいですよ。僕だって話したくて話したんですし」
「……ありがとう」
「聞いてくれますか?」
どこか泣きそうな浮かない表情をしつつも、和紗は頷いた。
それを確認した優は、歩きながら和紗に説明する。
「親が死んだとかじゃないんです、今も実家で元気に暮らしてますし。ただ、こうなった原因は僕が青鸞学園に入学することになった理由にあるんです」
優が青鸞学園に入学した理由は、母親にそれを強要されたからだった。
優の母親は、優が幼い頃からあらゆる場面で優にトップを求め続けた。
常に満点、常に一位。
“どうして出来ないの!? もっとちゃんとやってよ! お願いだから!”
達成出来なかったらヒステリックな声を上げて怒り、父親は見て見ぬふり。
泣きながら勉強や運動に明け暮れる毎日に、優は強要されることの辛さを痛感していた。
「もう、あんな思いはしたくない。それと同時に、妹にあんな経験をしてほしくないとも思ったんです。だから僕は青鸞学園に入学することを条件に、妹を連れていくことを母さんに要求しました。妹を母さんから離すために」
「だから、二人で……」
「父さんがついてこられるような状況じゃなかったこともあったので、結果的に二人で暮らすことになったんですけど」
越してきたばかりで大変なこともあるけど、今は母さんからの呪縛からも逃れられて元気にやってます。
最後そんな冗談を言って場の雰囲気を明るくしようとしたが、和紗の表情は依然として曇ったままだった。
「会長がそんな顔する必要ないんですよ。さっきも言ったように俺は言いたかったから言っただけで――」
「……せて」
「……なんですか?」
視線を向けると、そこに和紗はいない。
少し前に立ち止まったらしく、斜め後ろの位置で俯いていた。
聞き返すと、和紗は歩みを進めながら優に近づき、顔を勢いよく上げて言った。
「手伝わせて! 私にも、何か出来ることがあるかもしれない!」
「…………」
「……な、何?」
訝しげな視線を送ってくる和紗に、優は慌てて固まっていた口を動かす。
「あ、いえ。会長のこと、あんまり他人に干渉しない人だと思ってたので」
「そ、それは……」
言った直後に失敗したと思った。
和紗は孤高の存在として全校に名が知れ渡っている。
それはもちろん、和紗の耳にも伝わっているだろう。
他人との距離に人一倍敏感な和紗が知らないわけがない。
もしかしたら、和紗はそのことを気にしているかもしれない。
しかしまさか「手伝わせて」と言われるとは思わず、ふと口に出してしまったのだ。
優はその気まずさに黙り込み、和紗は優の言葉を気にしているのか、それとも別で思うところがあるのか黙り込む。
二人して長い間黙り込んでいると、やがて和紗がぼそりと沈黙を破った。
「……でも、それに甘えて佐伯くんを見捨てるなんてできないよ」
「会長……」
「だから、少しでも私を頼って。してほしいことがあったら、可能な限り何でもするから」
本音を言うなら、断りたかった。
その誘いを受け入れれば、和紗に負担をかけることになるかもしれない。
いや、もう既に負担をかけていると言ってもいいだろう。
和紗は他人と干渉することを避けている。
だがその誘いは優に干渉する行為だ。
口ぶりから無理をしているのは明らかだし、眉も苦しそうに寄せている。
しかしそれと同時に、和紗は真剣な眼差しを優に向けていた。
身を粉にしてまで親身になっている彼女の誘いを断る勇気が、今の優にはなかった。
「……分かりました。じゃあ何かあったら、頼らせてもらいますね」
負けを認めるように苦笑を浮かべると、和紗が心底安心したように「うん……!」と頷く。
(……会長には、後で俺の下校時間を調整してもらおう)
優はこれも頼っているうちに入るだろうと屁理屈染みたことを自分に言い聞かせ、再度和紗と共に歩みを始めるのだった。
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優も和紗も最初は控えめですが、時間が経つにつれてお互いに遠慮がなくなっていくので、是非とも温かく見守ってやってくださいm(_ _)m
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