第9話 幼馴染は強し

 ――放課後、優が第一体育館の出入り口をくぐると、右手には既に生徒会メンバーが集まっていた。


「すみません、遅刻しちゃいましたか?」

「いや、私たちも今集まったばかりだから大丈夫よ」

「よかった」


 池鶴の返答を聞いて、優はホッと胸を撫でおろす。


 今朝、和紗によって生徒会のグループLINEにあげられていたのは、翌日に行われる新入生歓迎会の準備に関する詳細だった。

 本来なら二、三年生の生徒会メンバーだけで準備するところを、今年は人数が少ないということで一年生にも手伝ってほしいらしい。

 新入生歓迎会自体も例年なら放課後に行われるのだが、今年は休み時間の中で準備が間に合いそうにないから前日に準備を済ませられる一時間目に移動になったのだという。


「すまないね。一年生のための行事だというのに、一年生に運営を手伝わせてしまうことになって」


 優に気づいた香菜が、申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 その様子に優は微笑みながら首を横に振った。


「いえ、早くから生徒会に加入したのもこうした負担を少しでも減らすためですから」

「よくそんな口を利けるわね、さっきまで生徒会にあるまじき振る舞いをしていたというのに」

「あれ、俺は別に悪くないんですよ!」

「悪くなくても、そういう振る舞いをしていたのは事実でしょ。反省なさい」

「理不尽だ!」


 優が声を荒げると、側の更衣室から短髪の女子生徒が「まぁまぁ。この子にも何か事情があったんだろうし、池鶴も聞き入れなよ」と苦笑交じりに言いながら現れる。

 彼女の突然の登場に、優は思わず目を丸くした。


「あなたは?」

「あぁ、いきなり出てきてごめんね。私はたちばな涼花りょうか。池鶴と同じ二年生で、新入生歓迎会の準備を手伝いに来たんだ」

「涼花は生徒会でもないのに、行事がある時はいつもこうして手伝ってくれるんだ」

「本当は書類仕事も手伝いたいところなんだけど、私そういうのは苦手だから……」


 涼花が苦笑を浮かべると、今度は仏頂面をした池鶴が輪の中に入ってくる。


「別に手伝ってもらわなくても大丈夫だっていつも言ってるでしょ」

「そうは言っても、助かってるのは事実でしょ?」

「それはそうだけど……」

「だったら今はそれでいいじゃん。ほら、早く準備済ませちゃお。まずは一年生の席づくりからだっけ~?」

「ち、ちょっと押さないで……」


 池鶴の背中を押してその場を後にする涼花を見送る中、優はその姿に圧倒されていた。


「あの池鶴先輩が押されてる……⁉」

「幼馴染らしいよ、彼女たち。なんでも保育園時代からの付き合いだとか」

「なるほど、だから強く当たるに当たれないんですね」

「そういうこと」


 その時、優は密かに池鶴の弱点を見つけたような気になっていた。

 気持ちが昂り、思わず頬が緩んでしまう。


(なるほど。涼花先輩のいる前では、池鶴先輩も本調子で俺を咎めることができないのか……)


 極端に言ってしまえば先程のように優が何をしても、それを庇えるだけの理由があれば涼花が庇ってくれる。

 涼花がいれば、不必要に池鶴に怯える必要はないのだ。


(涼花先輩がいてくれれば、池鶴先輩の前で変に気を張る必要もなさそうだな)


 とはいえ優も不必要にふざける真似はしないので、今朝のようなことはなかなか起こらないだろうが。

 とりあえず懸念点が一つ解決されて安心していると、不意に一人、生徒会メンバーが欠けていることに気づく。


「あれ、そういえば会長はどこにいるんですか?」

「和紗なら先生方と明日の打ち合わせ中。生徒会主催とはいえ、流石に先生方の力も借りなきゃいけない場面もあるからね」

「そうなんですか……」


 ようやく和紗と会えると胸を躍らせていた優だったが、彼女との再会はもう少し後だということを知って肩を落としてしまう。

 それだけでなく、一応解決したとはいえ昨日のメッセージのやり取りで和紗の不機嫌を招いてしまったから、彼女が自分に対してどう接してくれるのか些か気になっていたのだ。


 しかし、考えたところで和紗がここにいない事実は変わらない。

 それどころか和紗が向こうで頑張っている以上、ここで立ち止まっているわけにもいかなかった。


「こっちも頑張らないとですね。僕たちは何から準備を始めますか?」


 優が池鶴たちがステージの引き出しからパイプ椅子を取り出しているのを尻目に問いかけると、香菜は顎に手をやりながら考えるそぶりを見せる。


「そうだね……一年生が座るパイプ椅子のセッティングや照明器具が機能するかどうかの確認、セッティングに当日の流れの確認とリハーサルも――」

「ち、ちょっと待ってください! 一つずつ、一つずつ潰していきませんか⁉」


 香菜の呪文詠唱かの如き早口に優が慌てて待ったをかけると、それを待っていたと言わんばかりに香菜は大声を上げて笑った。


「あはははっ! いやーごめんごめん。君があまりにも真剣な表情で言うものだから、思わずからかいたくなっちゃって」

「冗談かどうか分かりづらいからかい方はやめてください」

「ごめんごめん。まずは私たちも池鶴たちの加勢に行こう。次のことは、池鶴たちも含めてまたその時に考えようか。ほら、蒼真もそんなところに居ないで一緒に行こう」


 香菜が呼びかけると、輪の中から少し離れたところで一人佇んでいた蒼真がおずおずと近寄ってくる。


(そういえば、蒼真もいたんだったな)


 あまりに影が薄いものだから、思わず蒼真がここにいたことを忘れそうになってしまった。


(いや、接して気付かなかったわけじゃないんだぞ。ここに来た時だって香菜先輩の影にいたし。ちゃんと気づいてたから)


 何だか蒼真に対して申し訳なくなってしまい心の中でそう言い訳をしていると、蒼真は優に視線を送るなり目をギュッと瞑って深々と頭を下げた。


「ご、ごめん!」

「へっ? ど、どうしていきなり謝るんだ……?」


 突然の謝罪に戸惑う優。

 その姿に蒼真も戸惑ってしまうが、どうにかといった様子でその理由を口にする。


「えっと……け、今朝、佐伯君に迷惑をかけたから」

「迷惑……あぁ、会長とのことか」


 そこで優は思い出す。

 今朝、蒼真の告げ口によって自分が未曾有の危機に瀕していたことを。

 しかし優にとってそれはもう過去の出来事であり、蒼真が自分を裏切ったことなど気にも止めていなかった。


 目の前の蒼真が今にも泣き出しそうな弱々しい顔をしていたので、優は蒼真が安心できるように微笑みながら言う。


「いいよ」

「えっ? ど、どうして……」

「蒼真だって、あいつらに迫られて仕方なく言ったんだろ?」

「そ、それは……」

「だったら蒼真のせいじゃないよ。悪いのはあいつらなんだから。にしても本当にムカつくよな、こっちにだってプライベートはあるのに」


 本当ならこの愚痴を本人らの目の前で言ってやろうかとも思っていたのだが、生憎と敵を目の前にして挑発できるほど優に度胸はない。

 なので情けなく蒼真の前でしか愚痴を吐けずにいたのだが……蒼真はそれを受けるなりぎこちなく、けれど安心したように笑みを浮かべた。


「あ、ありがとう」

「別に感謝されることでもないんだけど……まぁ、うん」


(蒼真が良ければそれでいいか)


 優が苦笑を浮かべていると、蒼真の隣からさり気なく伸びてきた手が蒼真の頭に置かれる。

 そしてすぐさまわしゃわしゃと音をたてながらその頭の上を掻き混ぜた。


「おぉ〜。なんかよく分からないけど、ちゃんと謝れたのは偉いぞ〜」

「か、香菜先輩!? 何してるんですか!?」


 聞いた事のないような大声を上げて慌てる蒼真に、香菜はまさに平常運転といった様子で何気なく言う。


「え、蒼真の頭を撫でてるんだけど?」

「その理由を聞いてるんですけど!?」

「だって可愛いんだもん、心を許した子犬みたいで」

「ぼ、僕は子犬じゃありません! いいから早く頭撫でるのやめてください!」

「えぇ〜もうちょっとだけ〜」


 蒼真が香菜に可愛がられている。

 蒼真も頭に両手を伸ばして抵抗しようとしているが、先輩である香菜の手を乱暴に扱うわけにいかないと葛藤しているのかされるがままになっていた。


 そしてその二人の様子を傍観している優はというと……。


(いたたまれねぇ……)


 目の前でイチャついている様を見せつけられて気まずくなっていた。


「ほら香菜先輩、向こうで池鶴先輩がパイプ椅子四つ抱えて死にそうになってますから、俺たちも早く加勢に行きましょう」

「ん、それもそうだね」

「やっと終わった……」


 池鶴に気が向いた香菜は、蒼真の頭を撫でる手を止めて池鶴のところへ向かう。

 優も涙目で頭を抱えている蒼真を連れて彼女の後を追うのだった。

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